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52 勇者も城を出るという

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「あたし、了承してないけど?」


 翌朝、ガーラントにアポイントを取り向かうハニー・ビーに、翔馬もくっついて歩く。ハニー・ビーは渋面だが、翔馬は気にせずニコニコと笑っている。


「気にしない、気にしない。俺はビーちゃんの求婚にいつでもYes!と答えるから!」

「にーさんが気にしてよ。ってか、馬鹿な事言ってないで、ちゃんと考えなよ。神脈の見方も魔導具の作り方も習得が早かったし、ガーラントに誘われてたでしょ?せっかく、ここで生きていく基盤?みたいのが出来つつあるのに。にーさんも、この世界を見たいのかもしんないけど、今じゃなくてもいいでしょ?」


 ハニー・ビーが城を出る決意をした裏側には、聖女三人と勇者がこの城に馴染み、立ち位置が決まってきたことがある。

 聖女たちはもちろん下にも置かぬほどの好待遇であるし、翔馬だとて自分が使える人間であることを証明した。


 一番年の若いハニー・ビーが心配することではないのかもしれないが、彼女はそれを確認したからこそ、城を出ても問題なしと判断したのだ。


「俺があれこれ学んだのは、ここで生きていくためじゃない」


 翔馬は、いつものにやけた顔でなく、真剣な表情でハニー・ビーに向けて言葉を繋ぐ。


「俺は、ビーちゃんが、ビーちゃんの世界に誘ってくれた時に決めた。ビーちゃんの足手まといにならないよう、ここで学べることは何でも学ぼうと思ってやってきた。勇者補正かもしれないし、向いてたのかもしれないし、それは分かんないけど、ガーラントさんにスカウトされるくらいには励んできたよ。正直、まだ時間があると思ってたからわざわざ言わなかったけど。だから、ビーちゃんには突然の事だとおもわれるだろうけど、俺は、もう決めてた」


 そこまで言って少し不安そうになった翔馬に、ハニー・ビーは先を促すように視線を送る。


「だから――連れてって、くれる、よね?ビーちゃんの世界に」

「にーさんが、それを望むなら」


 翔馬が「自分は役立たず」だと荒れた日に言ったことは嘘ではない。彼が望むなら自分が帰るときに連れて行こうと、本気で言った。

 それは、ここに居場所が作れなかったら――という意味だったのだが、居場所が作れそうな今でも、その言葉を反古にする気は無い。


 ハニー・ビーは、翔馬の本気を見て取って笑って頷いた。躊躇せずにハニー・ビーが答えてくれたことに、翔馬はホッとした。自分を連れて帰ることに、ハニー・ビーのメリットは何もなく、純然たる好意だと分かっているから。


「ありがと、ビーちゃん」


「でも、まだ、帰らないよ?この世界を見て回るっての、ホントだよ?」


 だから、まだ、この城にいてもいいのではないかと言われ、翔馬は慌ててぶんぶんと首を振る。


 言葉にされたわけではないが、この城を出て世界を見て回り満足したハニー・ビーは、きっと、別れの言葉も継げずに元の世界へ帰るだろうと、翔馬はそう思っている。確かに、ハニー・ビーは王に言ったようにこの世界とフェードアウトするつもりでいるので、翔馬の予測は正しいのだ。


 それでも、帰るときに連れて行くと約束したからには、ハニー・ビーはそれを違えるつもりは毛頭ないのだが、翔馬の不安も分からないではない。仕方ないなぁ……と、受け入れることとした。


◇◇◇


「わ……私が何かしましたか?魔導省にお誘いした事でしょうか?それとも、気付かぬうちにショーマの気に障ることをしましたか?私が嫌いになりましたか?だから出て行くなんて言うんですか!?」


「わ、めんどくさ」


 ガーラントに別れの挨拶をしたところ、彼はハニー・ビーには目もくれず翔馬に縋りついていかないでくれと訴えた。それを見たハニー・ビーは関わり合うのは面倒とばかりに距離を取る。


「え、いや、違うよ、ガーラントさん」


 二人は一緒にハニー・ビーに魔法や魔道具作成を習ってから、それ以外でも交友を深めて仲良くなったらしい。


「あのね、ビーちゃんがこの世界を色々と見て回るって言うから、じゃ、俺も付いて行こーって思ってね、ガーラントさんがどうとかじゃないし、気を悪くするようなことも無いから」

「魔女殿ですか――魔女殿のせいですか。魔女殿がショーマを奪い去っていくのですね……」


 召喚の儀を行った時の生真面目なガーラントは何処へ行ったのか、瘴気浄化の成功で肩の荷を下ろしてから、彼は他にもいろんなものを落としたらしく、希曰く「翔馬の影響で残念な男になってしまった」そうである。


 翔馬は言い掛かりだというし、多分に影響は受けたにしても、やはりガーラントもランティス人で、もともとが生真面目一辺倒な人間ではなかったという事だろう。酔っぱらった時にもその片鱗は見せていた。 

 ……箍が緩んだというか、外れというか。


 本人は認めないだろうが、ハニー・ビーに「夏虫は雪を知らない」と己の小ささを揶揄されてから、この国の頂点の魔導士であるという重圧を知らぬ間に脱いでしまったらしい。自分はまだまだだ、瘴気の問題が解決した後には魔法を使えるものは増えるのだから、全てを自分が負うことはないのだと、肩ひじ張ることなく等身大の自分を認めたのだ。


 だが、こんな残念な人間にならなくてもいいだろう――彼を知るものはそう思ったものの、口には出さなかったという。


 出て行くと告げる翔馬に縋りつくガーラント。


 この様子を見ていた魔導省の面々が「ああ、だから、ガーラント長官には婚約者もおらず、浮いた噂も無かったのだな」そう納得して、生温い視線を送っていることに、ガーラントは気付いていない。


 いっぽう気付いた翔馬は、どうやって誤解を解いたらいいんだろう……と考え、あ、いや、誤解されても俺はもう出て行くんだから、ガーラントさんの自業自得でいいんじゃね?と思い直した。


 このあと、ガーラントの両親による彼の婚約者探しが難航を極めることとなったのも、身から出た錆と言えよう。本当に彼に男色の気は無いのだが。


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