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47 勇者の憂鬱

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「へぇ……ビーちゃん、凄いっ!」

「ホント、ビーちゃんって目茶目茶スゴイ魔女だね」


 瘴気発生の原因とそれを防ぐ術をハニー・ビーの知恵によりもたらされたとの報告に、翔馬も希たちも称賛の声を惜しまなかった。


 もちろん、嫁云々の話は割愛してある。


「ガーラントのおバカがいなけりゃ、こんな面倒な頼みごとに”うん”とは言わなかったのにさー。ほんっとガーラントのせいで!」

「誠に申し訳ありません、魔女殿」


 謝罪を口にするも満面の笑みが言葉を裏切っている。


「――こんなにこやかなガーラントさん、初めて見た」

「いっつもこの世界の悩み事を一身に背負ってますーみたいな顔してんのにね」


 翔馬と希がこそこそと話をしている。

 二人が言うのも尤もで、これまでのガーラントは召喚の責や瘴気の鎮静化への状況など悩みは尽きなかった。そこにこの朗報である。憂いが晴れた彼は、よもや双子の兄弟か、顔が似ているだけの別人かと問われてもおかしくないほどに上機嫌だ。


「良かったね、ガーラントさん」


 ガーラントに声を掛ける翔馬は、笑顔ではあったがほんの少しだけ苦いものを口にしたような、傷ついたような色を目に浮かべていた。


 ◇◇◇


「ショーマにーさん、どうした?」


 聖女たちがお披露目の打ち合わせに出た後、ハニー・ビーは元気のない翔馬の様子が気になって声を掛ける。


「えー?どうもしてないよー。ビーちゃん」


 翔馬の態度は空元気であることがありありと分かるが、相手は12歳も年下の少女だ。体裁を付けるのは自然。若いといえ相手は女性だから、男の矜持というものもあるだろう。


 まだ夕飯が済んで幾らも経たないのに、そろそろ休む時間だと翔馬は挨拶をして部屋を出た。


 それを見送ったハニー・ビーはしばらく考え、独り善がりのおせっかいかもしれないが、放っておきたくないと彼を追ってみることにした。ガーラントの訝し気な視線は気が付かなかったことにする。


 翔馬は部屋へ戻る通路とは全く違う回廊で、一人、夜空を見ていた。ハニー・ビーがつられたように視線を上に向けると、雲は無く、二つの衛星がくっきりと円を描いて寄り添うように輝いている。自分が知っている夜空とは違うが、満天の星空は美しい。翔馬もハニー・ビーもここは今まで生きてきた場所とは全く違う世界だな――と改めて思った。


「にーさん」


 ゆっくりと近づいて翔馬の背中に声を掛けると、彼もハニー・ビーが傍に来たことに気付いていたのだろう。驚く様子もなく言った。


「んー?どうしたの、ビーちゃん。え!?逢引きのお誘い!?いやー、俺、ロリコンじゃないけど、ビーちゃんが相手ならちょっと考えちゃうなー」


 お道化て言う翔馬の背中にハニー・ビーが軽く拳をくれる。


「なんだよー。ビーちゃんが俺の魅力に気付いたのかと思ったのにさー」


 振り向いて「さあ、恥ずかしがらずに飛び込んでおいで」と両手を広げて笑う翔馬の腹にハニー・ビーの拳が入る。


「うぉぉおお」


 軽く当てただけなのに、大仰に呻いて腹を抑えて見せた翔馬にさらに追撃を加え「アホたれ」と呆れたように言うハニー・ビー。翔馬は苦く笑って、ハニー・ビーの頭を撫でた。


「心配かけてごめんね?俺は大丈夫。グダグダ考えるのは今日だけにして、明日はいつも通りに戻ってるからさ。ビーちゃん、気にしてくれてありがとう」


「詰まんない事考えてんでしょ?」

「だね。自分でもそう思う」

「にーさんはにーさんでいいんだよ?」

「あー、何を考えてグダってるかもバレバレ?」


 ばれないと思った悪戯が見つかった子供のようにバツの悪い顔をする翔馬に、ハニー・ビーは肩をすくめて頷く。聖女たちによる浄化の成功や異形化した人々の治癒は「聖女だから」と思いつつ「役に立たない勇者」の自分を嘲るだけで済んだ。

 しかし同じく「聖女ではない被召喚者」である魔女が、瘴気の原因究明と解決法を提示したことで、自分の「使えなさ」が際立ってしまった。役立たずは翔馬一人だと。


「ま、あの話の流れだしさ、分かるよ」


 何もかも飲み込んだかのように言うハニー・ビーの言葉が、翔馬の抑えていた苛立ちに火をつける。


「ふーん。俺一人役立たずだーって拗ねて僻んでる情けない男を慰めに来てくれたんだ?」


「……にーさん?」


 ハニー・ビーが、普段の翔馬らしからぬ棘のある言葉に眉を顰める。


「ビーちゃんは凄いよねー。元々自分で言っちゃうくらいの優秀な魔女様だし、別の世界に来たって今まで誰も出来なかった偉業を達成しちゃうしねー」


「ん。あたしは優秀な魔女だからね。どこかの役立たずと違って」


 とりあえず喧嘩は買ってみることにしたハニー・ビーの言葉に、翔馬は嗤う。


「あー、凄い凄い。ブラボー!ワンダホー!ファンタスティック!」


 自棄になった自分の言葉を、明日はおそらく穴を掘って埋まりたくなる位に後悔するだろうな――と、どこか冷静に考える自分を感じる。一回りも下の女の子に八つ当たりしてんじゃねーよと頭の中で声がする。二度三度と大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。


「――ごめん、ビーちゃん。いまちょーっと冷静じゃないんで、明日ちゃんと謝るから一人にしてくれないかな?」


「謝んなくていいーよ、にーさん。何でにーさんはそんなに我慢しちゃうかなぁ。にーさんの事を役立たずだと思ってんのはにーさんだけだからね?たとえ、本当に役立たずだとしたって、それがどうしたっつーのよ。勝手に呼ばれて、でも聖女じゃないからって勝手に落胆されて、それでどうして落ちこんでやるかな。違うでしょ?にーさんはさ……」


 頬を膨らませてハニー・ビーは言う。


「怒ればいいんだよ」




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