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残された者たち
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「やはり陛下と第一王子殿下が正しかったのだ。召喚はすべきではなかった」
「いや、それでも召喚によってこの国が救われたことに変わりはない」
「召喚の儀式を敢行するからには己が他の世界へ連れていかれる覚悟が必要だということか」
第二王子が光の陣とともに消え、聞こえてきた声から彼がどこか知らない世界に召喚されてしまったと知った者たちは、今日の集まりが婚約披露のためであることも忘れて喧々囂々のありさまとなった。
もっとも、召喚されてしまった王子が今日の主役であったために会の目的である婚約披露は全く意味のないものになってしまっていたのだが。
「どうして……」
取り残された、もう一人の主役であるキャスリーンは、座り込んだまま呆然としている。
口からこぼれるのはなぜ、どうして、どうしたら……といった意味のない言葉ばかりで立ち上がる気力すらない様子で、我に返ったキャスリーンの両親が慌てて傍にやってきたことにすら気が付いていない。
「キャスリーン!しっかりするんだ!」
「ああ、なんてかわいそうなキャスリーン。神よ、いったいなぜこんな仕打ちを私の娘になさったのですか」
「仕打ち……?」
キャスリーンが涙でぼろぼろになった顔を母親に向けて首を傾げる。
「ええ、ええ、なんてことでしょう。こんなに敬虔な使徒に惨い仕打ちをなさった神の御心を疑うわ」
そうなのね……。
キャスリーンは聖女との会話を思い出して自嘲した。
あの時、自分は挙式直前に召喚された聖女に何を言ったかを思い出して、どれだけ人の心が分からぬ驕り高ぶった人間であったかを理解したのだ。
持てる者の義務?何の関係もない世界に勾引された人間が、それまでの人生と未来をすべて奪われて何が義務?
「では……聖女様も、聖女様の婚約者の方もご家族も……惨い仕打ちをされた方なのね」
娘の言葉に両親は慌てた。聖女はこ神がこの国に使わしてくれた救世主だから話が違うと、聖女という地位を得て皆に感謝と敬意を捧げられていると。
「殿下を呼んだ誰かも――勇者と言っていましたわ」
聖女だろうが勇者だろうが本人の意思を無視して召喚すればそれは誘拐ではないか。
身勝手に召喚された聖女に自分はなんと無分別な言葉を投げつけ、心無い仕打ちをしたのか。
その立場になって初めて聖女の言っていた意味が分かる。
キャスリーンが今更ながらに彼女への行いを後悔していたそのとき、またも会場がざわめいた。
光る魔法陣の中心にいるのはまごうことなく聖女。彼女は「うん、私もどこかに呼び出されるみたいだね?」そう言って消えていった。
「聖女様……まで?」
国の危機は去ったが、それを成した聖女という偶像はまだ必要とされている。
彼女のもたらすこの世界にはない斬新な発想と知識は国の発展に役立つだろうともされていたのに、それが泡と消えてしまった。
聖女は自ら姿を消したのではないか、やはり王弟と第二王子の召喚は聖女の仕業ではないか。
それからひと月後、魔導士長が召喚されたとの知らせが入るまでキャスリーンは疑っていた。
◇◇◇
「お兄様!お兄様が!!お兄様が!!」
魔導士長である兄が目の前で消えていくのをベリンダはただ見ていることしかできなかった。
この国一番の魔導士で、聖女召還を行うほどの知識と力を持った兄が抵抗できないのに、自分にいったい何ができるというのだろうか。ただそう嘆いて兄を呼ぶだけだった。
「行かないで、お兄様!お願い、お兄様を連れて行かないで!」
泣き叫ぶベリンダを宥めるように魔導士長プラディジャスは微笑み首を振る。それを見た両親は息子は覚悟を決めたのだと感じた。
『最後の召喚で、俺は人の命が消えるところを見ました。召喚の失敗で……俺が殺してしまった女性の直視をためらうほどの無残な死体を見ました』
召喚失敗の後、長く寝込んでいた息子が回復後に言った衝撃的な言葉をドレイク夫妻は重い心で受け止めた。
『王弟殿下も第二王子殿下も召喚されたと聞いています。そして聖女殿も』
夜に昼に幻影と幻聴に悩まされてやつれたプラディジャスの目は静謐で、ドレイク夫妻はかける言葉も見つけられず頷くのみ。
『俺もきっとどこかの世界に飛ばされることでしょう。己の行いが返ってくる……考えてみれば当然のことのようですが、召喚するときには思い至らなかった浅はかな自分を恥じます』
諦観した息子は、それでも確かにこの国を救ったのだ。彼の行いが人道に悖るとしても自分たちだけは責めることはすまいとドレイク夫妻は話し合って決めている。ただ遠からずこの世界からいなくなってしまうのではないかと思うと寂寥が身を焦がす。
何も言わず自分を抱きしめる両親に、気持ちが伝わっていることを確信してプラディジャスは「ありがとう」とだけ、万感の思いを込めて伝えたのだった。
「お兄様!お兄様!お兄様!」
ベリンダは両親のように達観はしていない。なぜ自分の兄がこんな目に合わないといけないのかと神を罵り酷な運命を嘆いている。
キャスリーンのように自省することもなく、ただただ己の身に降りかかった不幸を認められずにいた。
そう、己の不幸、なのだ。
召喚される兄ではなく、兄が召喚されてしまう自分が可哀想で悲しくて悲嘆に暮れている。
「聖女が悪いのよ!お兄様の召喚に聖女が応じなければ、お兄様が召喚されることもなかったんだから、何もかもあの女のせいでっ!」
理不尽極まりないベリンダの言葉を、もちろん兄も両親も肯定することはない。ただ錯乱しているベリンダが落ち着けば自分の不条理さを理解するだろうと思っている。
残念ながらそのような日がやってくることはないのだが。
プラディジャスは最後まで落ち着いたさまで光とともに消えていった。
◇◇◇
王弟の姪であるアガタは自分の寝室で一人震えていた。
「私も召喚されてしまうのではないかしら……」
アガタは叔父や王子の召喚を聖女の仕業だと思っている。これは彼女の報復なのだと。
「髪を切られても平然としてらしたもの。きっと聖女様にとってはあれはたいして痛痒となることではなかったに違いないわ。だから大丈夫。私の事なんて聖女様は歯牙にもかけてらっしゃらない。他所の世界に行かされるなんてことはないわ、きっと大丈夫」
自分に言い聞かせるようにアガタは呟く。
アガタはこれといった根拠はないままで聖女が召喚者たちに報復をしていると決めつけているが、それが正しいことを知るすべはない。いまはただ疑心に苛まれ、彼女にした仕打ちが自分に返ってくるのではないかと怯えている。
「ああ、でも、私は召喚には関わっていませんもの。大丈夫、きっとだいじょ……え、けれど髪を切られでもしたらどうしたら」
貴族女性に短髪はあり得ない。聖女のように短くされてしまったら、今の長さに戻るまでどれだけの年数を必要とするのかと考えて、アガタは青くなる。
「聖女様、ごめんなさい。お願いします、報復はなさらないで下さいませ」
アガタは震える手を組んで一心に祈る。
聖女の眼中に自分が無いことも知らずに祈り続ける。
◇◇◇
「貴女はまさしく聖女だった」
叔父が消え、弟も消えた。これで次代の王になることが確定した、今は唯一となった王子は月明かりの差すソファにもたれるように座って、欠けのない月を見ている。
「この国に平和をもたらし、未来にも起こるはずだった危機的状況まで一掃してくれた。そして、その元凶である叔父上と弟の処分まで。ああ……しかし、これで私はキャスリーンを娶らねばならなくなった」
弟を真実愛している女性を己の妻に――未来の王妃として不足はないが……。
結婚相手の件以外では自分にとって最善といってもよい状況で、王子の心は晴れずにいる。
「貴女がしてくれたことは忘れない。だが、私たちは貴女に何を返せるのか。何を返したらいいのか分からない」
王子はこの世界で唯一、聖女の持っている力と行使した術に関して知っている者である。公衆の面前で弟も消えたことも、それに先立ち叔父が行方不明となったことも彼女の所業であることを確信している。
「私にとって文句のつけようのない状況ではあるのだが」
王子は他人の前では決して見せない、歪んだ表情でつぶやく。
「私は貴女がそばにいてくれれば、それで良かったのに……」
決して聖女には届かない言葉。
この言葉を他の誰かに聞かせることもない彼を、ただ月だけが見守っている。
「いや、それでも召喚によってこの国が救われたことに変わりはない」
「召喚の儀式を敢行するからには己が他の世界へ連れていかれる覚悟が必要だということか」
第二王子が光の陣とともに消え、聞こえてきた声から彼がどこか知らない世界に召喚されてしまったと知った者たちは、今日の集まりが婚約披露のためであることも忘れて喧々囂々のありさまとなった。
もっとも、召喚されてしまった王子が今日の主役であったために会の目的である婚約披露は全く意味のないものになってしまっていたのだが。
「どうして……」
取り残された、もう一人の主役であるキャスリーンは、座り込んだまま呆然としている。
口からこぼれるのはなぜ、どうして、どうしたら……といった意味のない言葉ばかりで立ち上がる気力すらない様子で、我に返ったキャスリーンの両親が慌てて傍にやってきたことにすら気が付いていない。
「キャスリーン!しっかりするんだ!」
「ああ、なんてかわいそうなキャスリーン。神よ、いったいなぜこんな仕打ちを私の娘になさったのですか」
「仕打ち……?」
キャスリーンが涙でぼろぼろになった顔を母親に向けて首を傾げる。
「ええ、ええ、なんてことでしょう。こんなに敬虔な使徒に惨い仕打ちをなさった神の御心を疑うわ」
そうなのね……。
キャスリーンは聖女との会話を思い出して自嘲した。
あの時、自分は挙式直前に召喚された聖女に何を言ったかを思い出して、どれだけ人の心が分からぬ驕り高ぶった人間であったかを理解したのだ。
持てる者の義務?何の関係もない世界に勾引された人間が、それまでの人生と未来をすべて奪われて何が義務?
「では……聖女様も、聖女様の婚約者の方もご家族も……惨い仕打ちをされた方なのね」
娘の言葉に両親は慌てた。聖女はこ神がこの国に使わしてくれた救世主だから話が違うと、聖女という地位を得て皆に感謝と敬意を捧げられていると。
「殿下を呼んだ誰かも――勇者と言っていましたわ」
聖女だろうが勇者だろうが本人の意思を無視して召喚すればそれは誘拐ではないか。
身勝手に召喚された聖女に自分はなんと無分別な言葉を投げつけ、心無い仕打ちをしたのか。
その立場になって初めて聖女の言っていた意味が分かる。
キャスリーンが今更ながらに彼女への行いを後悔していたそのとき、またも会場がざわめいた。
光る魔法陣の中心にいるのはまごうことなく聖女。彼女は「うん、私もどこかに呼び出されるみたいだね?」そう言って消えていった。
「聖女様……まで?」
国の危機は去ったが、それを成した聖女という偶像はまだ必要とされている。
彼女のもたらすこの世界にはない斬新な発想と知識は国の発展に役立つだろうともされていたのに、それが泡と消えてしまった。
聖女は自ら姿を消したのではないか、やはり王弟と第二王子の召喚は聖女の仕業ではないか。
それからひと月後、魔導士長が召喚されたとの知らせが入るまでキャスリーンは疑っていた。
◇◇◇
「お兄様!お兄様が!!お兄様が!!」
魔導士長である兄が目の前で消えていくのをベリンダはただ見ていることしかできなかった。
この国一番の魔導士で、聖女召還を行うほどの知識と力を持った兄が抵抗できないのに、自分にいったい何ができるというのだろうか。ただそう嘆いて兄を呼ぶだけだった。
「行かないで、お兄様!お願い、お兄様を連れて行かないで!」
泣き叫ぶベリンダを宥めるように魔導士長プラディジャスは微笑み首を振る。それを見た両親は息子は覚悟を決めたのだと感じた。
『最後の召喚で、俺は人の命が消えるところを見ました。召喚の失敗で……俺が殺してしまった女性の直視をためらうほどの無残な死体を見ました』
召喚失敗の後、長く寝込んでいた息子が回復後に言った衝撃的な言葉をドレイク夫妻は重い心で受け止めた。
『王弟殿下も第二王子殿下も召喚されたと聞いています。そして聖女殿も』
夜に昼に幻影と幻聴に悩まされてやつれたプラディジャスの目は静謐で、ドレイク夫妻はかける言葉も見つけられず頷くのみ。
『俺もきっとどこかの世界に飛ばされることでしょう。己の行いが返ってくる……考えてみれば当然のことのようですが、召喚するときには思い至らなかった浅はかな自分を恥じます』
諦観した息子は、それでも確かにこの国を救ったのだ。彼の行いが人道に悖るとしても自分たちだけは責めることはすまいとドレイク夫妻は話し合って決めている。ただ遠からずこの世界からいなくなってしまうのではないかと思うと寂寥が身を焦がす。
何も言わず自分を抱きしめる両親に、気持ちが伝わっていることを確信してプラディジャスは「ありがとう」とだけ、万感の思いを込めて伝えたのだった。
「お兄様!お兄様!お兄様!」
ベリンダは両親のように達観はしていない。なぜ自分の兄がこんな目に合わないといけないのかと神を罵り酷な運命を嘆いている。
キャスリーンのように自省することもなく、ただただ己の身に降りかかった不幸を認められずにいた。
そう、己の不幸、なのだ。
召喚される兄ではなく、兄が召喚されてしまう自分が可哀想で悲しくて悲嘆に暮れている。
「聖女が悪いのよ!お兄様の召喚に聖女が応じなければ、お兄様が召喚されることもなかったんだから、何もかもあの女のせいでっ!」
理不尽極まりないベリンダの言葉を、もちろん兄も両親も肯定することはない。ただ錯乱しているベリンダが落ち着けば自分の不条理さを理解するだろうと思っている。
残念ながらそのような日がやってくることはないのだが。
プラディジャスは最後まで落ち着いたさまで光とともに消えていった。
◇◇◇
王弟の姪であるアガタは自分の寝室で一人震えていた。
「私も召喚されてしまうのではないかしら……」
アガタは叔父や王子の召喚を聖女の仕業だと思っている。これは彼女の報復なのだと。
「髪を切られても平然としてらしたもの。きっと聖女様にとってはあれはたいして痛痒となることではなかったに違いないわ。だから大丈夫。私の事なんて聖女様は歯牙にもかけてらっしゃらない。他所の世界に行かされるなんてことはないわ、きっと大丈夫」
自分に言い聞かせるようにアガタは呟く。
アガタはこれといった根拠はないままで聖女が召喚者たちに報復をしていると決めつけているが、それが正しいことを知るすべはない。いまはただ疑心に苛まれ、彼女にした仕打ちが自分に返ってくるのではないかと怯えている。
「ああ、でも、私は召喚には関わっていませんもの。大丈夫、きっとだいじょ……え、けれど髪を切られでもしたらどうしたら」
貴族女性に短髪はあり得ない。聖女のように短くされてしまったら、今の長さに戻るまでどれだけの年数を必要とするのかと考えて、アガタは青くなる。
「聖女様、ごめんなさい。お願いします、報復はなさらないで下さいませ」
アガタは震える手を組んで一心に祈る。
聖女の眼中に自分が無いことも知らずに祈り続ける。
◇◇◇
「貴女はまさしく聖女だった」
叔父が消え、弟も消えた。これで次代の王になることが確定した、今は唯一となった王子は月明かりの差すソファにもたれるように座って、欠けのない月を見ている。
「この国に平和をもたらし、未来にも起こるはずだった危機的状況まで一掃してくれた。そして、その元凶である叔父上と弟の処分まで。ああ……しかし、これで私はキャスリーンを娶らねばならなくなった」
弟を真実愛している女性を己の妻に――未来の王妃として不足はないが……。
結婚相手の件以外では自分にとって最善といってもよい状況で、王子の心は晴れずにいる。
「貴女がしてくれたことは忘れない。だが、私たちは貴女に何を返せるのか。何を返したらいいのか分からない」
王子はこの世界で唯一、聖女の持っている力と行使した術に関して知っている者である。公衆の面前で弟も消えたことも、それに先立ち叔父が行方不明となったことも彼女の所業であることを確信している。
「私にとって文句のつけようのない状況ではあるのだが」
王子は他人の前では決して見せない、歪んだ表情でつぶやく。
「私は貴女がそばにいてくれれば、それで良かったのに……」
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