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最終話

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「すべて終わったのか?」

 泣きはらした目を濡れタオルで冷やしていると神霊獣に声をかけられた。

「うん、もう終わったよ」

 王子が召喚されるという婚約披露の舞踏会から二年。私はいま神霊山で亮君の姿をしている神霊獣と暮らしている。
 神霊獣は神様に私の言葉をそのまま伝えたそうで、これからは体内に瘴気がたまったら浄化することと、代替わりの時は次代の神霊獣と任期を被せて引継ぎをすることが決まったという。
 これでもう数百年に一度起こるという災害はこの世界から消えた。

 ここ数日、寝ることも出来ずに界覗きで日本にいる亮君をずっと見ていたけれど、それも今日で終わり。

「奥さんと子供さんたちとお孫さんたちに囲まれての最期だったよ。病気になったのは不運だったけど、幸せ者だ、亮君は」
「そうか。少し寝たらどうだ?目の下に隈がある」
「うん、そうする。ありがと」

 神霊獣が、元居た群れの霊獣に頼んでくれて交流がある人間から生活必需品や食料を融通してもらっているおかげで、神霊山の生活に不都合はない。
 知識量を自慢していただけあって、私の為に家まで建ててくれたのは驚いたけど。

 自分の部屋のベッドに転がり目を瞑ると、召喚されてからのことが瞼の裏に浮かんできた。

 あと一週間でずっと大好きだった亮君との結婚式という日に召喚された時の絶望。
 それでも何とかして帰る方法を見つけようと足掻いた日々。
 神霊山で亮君に再会できたと思ったら神霊獣だったこと。その神霊獣に帰還への道を示してもらったこと。

 界覗きで日本をとらえることができたときの喜び。そこからの急転直下。

「まさか自分が浦島太郎になるとは思わなかったなぁ……」

 やっとの思いで亮君を見つけたとき、彼は私が知っている姿よりずっと年上になっていた。

 私の体感的にこちらの一年があちらではおよそ十年から二十年。

 どうやらこちらとあちらの時の流れの関係は一定ではなく不定のようなのだ。こちらで半月経ったときにあちらは季節が二つ進んでいるかと思うと、次の半月で一年過ぎていたりもする。

 神霊獣のおかげで日本に帰れる目途が付いたと思ったときに見えたのは、奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんを愛し気に見ている亮君だった。

 ああ、もう帰れない――そう思った。亮君の隣に戻れないことも私が今浦島になってることも、昏倒して三日も目覚めないほどの衝撃だった。

 そうだよなぁ……結婚式一週間前に新婦となる女性が行方不明になったって、10年もあれば傷も癒えて新しい恋だって出来て、私に向けてくれたような思いを知らない誰かに与えるようになるよなぁ……。家族だって友達だって自分たちが十歳も二十歳も年を取っているのに、行方不明になったときからさほど変わらない姿の私が帰ってきたら驚くどころではないだろう。

 つまり、こちらで一年過ごしてしまったときにはもう手遅れだったのだ。

 私はね、ずっとずっと亮君が好きだったし好きだしこれからも変わらないと思うよ?

 同じを亮君に求めるのは間違っているのは分かってる。

 私の10倍の速度で生きているんだもん。寂しいけど悲しいけど、亮君から見たら私の裏切りなのかもしれないからぐっと堪えて、彼の幸せを祈る。

 しんどいなら見るなって話だけど、私は頻繁に彼の様子を覗いていた。毎晩寝る前に見ていても、向こうの時間ではおおよそ十日に一辺の頻度。奥さんと仲良くしていれば妬けるし喧嘩していたら心配になる。子供の成長は見ていてとても楽しかったけど、なぜ彼の子を産んだのが私じゃないのかと辛くもあった。

 目の当たりにすると胸は痛んだが、次第にそれも薄れていった。亮君が幸せならいいじゃないかと開き直れたのかもしれない。

 誘拐犯たちが再度召喚を行うと聞いた時には腹が立ったが、瞬時に戻せるのなら時間の流れがたとえ違っても問題ないし私がいれば大丈夫だという驕りがあった事を認めよう。

 見覚えのある顔が召喚陣の上に現れたときは心臓が止まるかと思った。
 亮君の面影がある成年。
 日本を……亮君を見るために毎夜行っていた界覗きで生まれたときから成長を見守ってきた子ども。亮君の第一子である男の子をまさかこの世界で見ることができるなんて!

 すぐに還したけれど、本当は話をしてみたかった。出来るわけないことだけれど、私は生きていることを、結婚式から逃げたわけでも日本で事故や事件に巻き込まれたわけではないことを亮君に伝えてほしかったし、亮君のことを彼の息子から聞きたかった。

 召喚の魔法陣から消えていく亮君の息子の驚いた顔は、きっとずっと忘れない。

 その日に行った二度目の召喚の失敗によって命が奪われた瞬間を見て、誘拐犯たちを許してはいけないと思い彼らを異世界に飛ばすことに決めた。
 因果応報、身から出た錆。自分のしたことがどんなことなのか、己の身に降りかからないと彼らは分からないだろう、決して。

 主犯であろ王弟が消えていくときに必要な目撃者に中に私は入ってはいけない。
 王子が消えていくときには、大勢の人の耳目に召喚であることを訴える必要がある。
 実行犯である魔導士長が消えるときには、私はすでに消えていることにする。

 私の計画通りに主犯が消えたときには王子たちに呼び出されて疑われ、王子を華々しい席で王族や貴族たちに召喚するものは召喚されることになるかもしれないと疑念を植え付け、そしてそこから。

「聖女様!」

 王子が消えていった後に私の足元に光った魔法陣。

「そんな、聖女様まで」

 周囲はざわめくも私に向かってくる者はいない。巻き込まれることにでもなったらという恐怖は聖女を救出しなくてはという思いよりも大きい。みんな自分が大事。

「うん、私もどこかに呼び出されるみたいだね?」

 にっこり笑って言う私を、呆れたように兄王子が見ていた。私の力をある程度知っていて、なおかつ元の世界に帰れない事情があることを伝えていたし、兄王子にとってはこれは茶番に見えただろう。

 その通り。

 魔法陣は私が作った、ただ光るだけの偽物だ。

 私は神霊獣に貰って大事にとっておいた石を握る。

 これは、神霊獣が「また遊びに来い」と言って渡してくれた転移石。握って願えば神霊山に転移することができる。受け取ったときは、日本に帰る前に顔を見せに来ようくらいに思っていたけれど、今回の茶番で大事な役割を果たしてくれることになるとは思いもしなかった。

 神霊獣に転移を習えるかな?どこかに行く当てがあるわけではないけれど。

 神霊山へ。
 そう願って石に魔力を込める。
 消える前に、兄王子が頭を下げているのが見えた。なので最後に私が手を振ったのは彼には見えなかっただろう。

「おお、帰ったか」

 突然現れた私を、神霊獣はなんでもないように迎えてくれて生活環境を整えてくれた。事情を聴こうともしないから、私はかえって話したくなった。
 亮君の姿をした神霊獣は、意見を挟むことなく最後まで聞いてくれ「よく頑張ったな。この世界の理のせいで辛い思いをさせてすまなかった」と頭を下げるので、神霊獣のせいじゃないからとこちらが慌ててしまった。

 台無しになった婚約披露からひと月過ぎたころに、実行犯も異世界に送った。

 神霊山に来て二年。相変わらず私は日本を覗いて亮君を見ていた。

 子が育ち結婚し孫が生まれ……すっかりおじいちゃんになった亮君は、相変わらずいい男だ。

 病に倒れ死にゆく亮君から目を離せずに、ここ数日はずっと眠らずに界覗きをしていたがそれも今日で終わり。彼はもう帰らぬ人となった。

 さようなら、亮君。

 彼の中にもう私はいないだろう。それでも大好きだよ、亮君。

 ふふふっ。
 ふふふふふっ。

 あはははははは。

 きっと私はどこか壊れている。

 壊れたまま私は、この世界で生きていく。

 いつか、この命が尽きるまで。



 ◇◇◇

読んでくださってありがとうございましたm(__)m

この話で最終話となりましたが、余談として飛ばされた誘拐犯たちと残された者たちのお話を数話UP予定です。
宜しければブクマを外さずにそちらもご覧いただけたらと思います。





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