27 / 43
26
しおりを挟む
式典からひと月、私は概ね怠惰に過ごしている。
最初はこの城を出ようと思っていたが考えを改めた。
いくらこの後は余生だと言っても自ら命を捨てることはしかねるし、生きているなら衣食住は必要だ。働くことも考えたが、私にできる仕事もわからないしそもそもやる気が起きない。
国が私に恩があると言うのなら一生分の衣食住を保証してもらおう。
概ねというのは、時折りはた迷惑な招かれざる客が来るからだ。
「聖女様、噂がすごいことになってますよ」
お茶を入れてくれたメイドのアイシャがニマニマと笑いながら言う。
このアイシャは、式典のあともずっと付いていてくれるミゼラ女官長の御推薦だ。
ミゼラ女官長に「女官長って偉いんだよね?じゃ、忙しいだろうにずっと私についていていいの?」と聞いたら「まあ、聖女様のお傍付きなんて栄誉を戴いたばかりか、これほど手のかからないお方に仕えて楽をさせてもらっておりますのに、私を追い立てるとおっしゃる?」と言われた。
いやいやそうじゃない。というか、私はずいぶんと手がかかっただろうに。失神して三日も目が覚めず、その後は食事療法やら理学療法士バリに付き添って世話を焼いてくれた。
「何をおっしゃいますやら。どこそこの御令嬢が新しいドレスを作ったから負けたくないだの、あちらの御婦人が外国から取り寄せた香水よりももっと良いものを手配しろだの、要望通りにお出ししたお茶を気分じゃないから下げろだの、そんな気まぐれは何一つおっしゃらない。それどころか何気ないこともお礼を言ってくださり、気遣い労わって下さる」
いや、それは私は生粋の庶民だからで、そんな我儘を我儘とも思わず口から出せるような生活をしていなかったからで。
そう考えると、女官長だってお貴族様なんだろうに、超一般人に仕えさせるのは申し訳ないというか。
「私から聖女様付きという誉れと気持ちよく過ごせるお勤めを奪わないでくださいませ」
そう言って優しく笑うミゼラ女官長だったけれど、自分ひとりでは手が回らないから幾人か付けましょうとメイドの手配をしてくれた。
私は自分のことは自分でできるし、お世話してもらうのが当然の育ちではないからと固辞したんだけど、丸め込まれて三人だけということで承知してしまった。最初は10人もつけると言われたので減らすべく頑張った。
日本に帰るためにこの世界の人とは誼を結ばないと肩ひじ張った私だったが、帰れないことになった今は積極的に交友関係を良好に保とうという気持ちまではないものの、態度はだいぶ緩くなっていると思う。
でも、それを加味してもミゼラ女官長の話術が達者すぎて私は流されてしまったのだ。
誘拐犯たちもミゼラ女官長の半分でも人の気持ちに沿う話し方ができれば……いや、違うな、帰れる望みを持っていたころだったら、ミゼラ女官長の言葉も心に届かなかっただろう。私が頑なすぎたから。
ニマニマしているアイシャもそういう経緯で私の世話をしてくれるメイドだ。
表ではビシッとしているのに、私が堅苦しいことを嫌うと知って部屋ではさばけたお姉さんっぽい感じにしてくれている。美人なのに気取ったところが無い、私が楽にお話しできる相手だ。
ミゼラ女官長の人選凄い。
「噂って?」
「聖女様がだれを選ぶかですよ」
「ん?誰を選ぶ言って何の話」
「魔導士長様か王子殿下お二人のどちらかか王弟殿下か」
何の話なのかさっぱり分からない。
「魔導士長様は、自分が喚んだ聖女様なのだから最後まで自分が責任を取るために娶るとおっしゃる。王子殿下たちは聖女様を娶ることが王への近道としてアピールなさっている、王弟殿下は聖女様を教会に連れて行って猊下公認にしてご自身が後ろ盾になろうとしてらっしゃる」
そんな馬鹿な。
「……噂って怖い。そんな事実無根な話が出回っているとは。あ、第二王子は婚約者いるじゃん。第一王子だっているんじゃないの?魔導士長だっていい年なんだから婚約者なり恋人なりいるだろうし、私はもう聖女として国に認められているんだから、教会公認にしてどうすんの」
大体、私は誘拐犯たちが嫌いだしそれを隠さず前面に押し出している。そんな女と結婚しようと思うもの好きはいないだろうし、扱いにくい私の後ろ盾になってどうするという話だ。
「今日も魔導士長さまからお花が届いておりまーす」
「え、要らない」
実行犯は、なぜか毎日のように花を届けてくる。最初はお見舞いだろうと思ったんだが、全快して式典にも出たのに、それでも毎日届けてくるのだ。花は嫌いじゃないけど特に好きというわけではなく、さらに言うなら誘拐犯から花をもらって喜ぶような心持にはならない。
「モテる女は辛いですねぇ。第二王子殿下には確かに婚約者様がいらっしゃいますが、第一王子殿下にはいらっしゃいません。いえ、過去には婚約を結んだ方がいらしたんですけど、そのお方は真実の愛に目覚めて駆け落ちなさったそうです」
うわ、兄王子は逃げられ男だったのか。お気の毒に。
「王弟殿下は信心深い方でいらっしゃいますし、現教皇猊下とはお親しいと伺っております。王家と教会とは親しく交わることはございませんが、互いに敬意をもっての距離感です」
政教分離となっているが、主犯は王族であるにもかかわらず教会寄りのスタンスか。私のことを小生意気だと思っている主犯だけど、政治的な思惑があるのなら後見するのもやむなしかもしれない。
……面倒くさい。
「それと」
「まだあるの?」
「第二王子殿下の婚約者様からお茶会のお誘いが」
…………面倒くさい。
「お断りで」
「はい、畏まりました」
最初はこの城を出ようと思っていたが考えを改めた。
いくらこの後は余生だと言っても自ら命を捨てることはしかねるし、生きているなら衣食住は必要だ。働くことも考えたが、私にできる仕事もわからないしそもそもやる気が起きない。
国が私に恩があると言うのなら一生分の衣食住を保証してもらおう。
概ねというのは、時折りはた迷惑な招かれざる客が来るからだ。
「聖女様、噂がすごいことになってますよ」
お茶を入れてくれたメイドのアイシャがニマニマと笑いながら言う。
このアイシャは、式典のあともずっと付いていてくれるミゼラ女官長の御推薦だ。
ミゼラ女官長に「女官長って偉いんだよね?じゃ、忙しいだろうにずっと私についていていいの?」と聞いたら「まあ、聖女様のお傍付きなんて栄誉を戴いたばかりか、これほど手のかからないお方に仕えて楽をさせてもらっておりますのに、私を追い立てるとおっしゃる?」と言われた。
いやいやそうじゃない。というか、私はずいぶんと手がかかっただろうに。失神して三日も目が覚めず、その後は食事療法やら理学療法士バリに付き添って世話を焼いてくれた。
「何をおっしゃいますやら。どこそこの御令嬢が新しいドレスを作ったから負けたくないだの、あちらの御婦人が外国から取り寄せた香水よりももっと良いものを手配しろだの、要望通りにお出ししたお茶を気分じゃないから下げろだの、そんな気まぐれは何一つおっしゃらない。それどころか何気ないこともお礼を言ってくださり、気遣い労わって下さる」
いや、それは私は生粋の庶民だからで、そんな我儘を我儘とも思わず口から出せるような生活をしていなかったからで。
そう考えると、女官長だってお貴族様なんだろうに、超一般人に仕えさせるのは申し訳ないというか。
「私から聖女様付きという誉れと気持ちよく過ごせるお勤めを奪わないでくださいませ」
そう言って優しく笑うミゼラ女官長だったけれど、自分ひとりでは手が回らないから幾人か付けましょうとメイドの手配をしてくれた。
私は自分のことは自分でできるし、お世話してもらうのが当然の育ちではないからと固辞したんだけど、丸め込まれて三人だけということで承知してしまった。最初は10人もつけると言われたので減らすべく頑張った。
日本に帰るためにこの世界の人とは誼を結ばないと肩ひじ張った私だったが、帰れないことになった今は積極的に交友関係を良好に保とうという気持ちまではないものの、態度はだいぶ緩くなっていると思う。
でも、それを加味してもミゼラ女官長の話術が達者すぎて私は流されてしまったのだ。
誘拐犯たちもミゼラ女官長の半分でも人の気持ちに沿う話し方ができれば……いや、違うな、帰れる望みを持っていたころだったら、ミゼラ女官長の言葉も心に届かなかっただろう。私が頑なすぎたから。
ニマニマしているアイシャもそういう経緯で私の世話をしてくれるメイドだ。
表ではビシッとしているのに、私が堅苦しいことを嫌うと知って部屋ではさばけたお姉さんっぽい感じにしてくれている。美人なのに気取ったところが無い、私が楽にお話しできる相手だ。
ミゼラ女官長の人選凄い。
「噂って?」
「聖女様がだれを選ぶかですよ」
「ん?誰を選ぶ言って何の話」
「魔導士長様か王子殿下お二人のどちらかか王弟殿下か」
何の話なのかさっぱり分からない。
「魔導士長様は、自分が喚んだ聖女様なのだから最後まで自分が責任を取るために娶るとおっしゃる。王子殿下たちは聖女様を娶ることが王への近道としてアピールなさっている、王弟殿下は聖女様を教会に連れて行って猊下公認にしてご自身が後ろ盾になろうとしてらっしゃる」
そんな馬鹿な。
「……噂って怖い。そんな事実無根な話が出回っているとは。あ、第二王子は婚約者いるじゃん。第一王子だっているんじゃないの?魔導士長だっていい年なんだから婚約者なり恋人なりいるだろうし、私はもう聖女として国に認められているんだから、教会公認にしてどうすんの」
大体、私は誘拐犯たちが嫌いだしそれを隠さず前面に押し出している。そんな女と結婚しようと思うもの好きはいないだろうし、扱いにくい私の後ろ盾になってどうするという話だ。
「今日も魔導士長さまからお花が届いておりまーす」
「え、要らない」
実行犯は、なぜか毎日のように花を届けてくる。最初はお見舞いだろうと思ったんだが、全快して式典にも出たのに、それでも毎日届けてくるのだ。花は嫌いじゃないけど特に好きというわけではなく、さらに言うなら誘拐犯から花をもらって喜ぶような心持にはならない。
「モテる女は辛いですねぇ。第二王子殿下には確かに婚約者様がいらっしゃいますが、第一王子殿下にはいらっしゃいません。いえ、過去には婚約を結んだ方がいらしたんですけど、そのお方は真実の愛に目覚めて駆け落ちなさったそうです」
うわ、兄王子は逃げられ男だったのか。お気の毒に。
「王弟殿下は信心深い方でいらっしゃいますし、現教皇猊下とはお親しいと伺っております。王家と教会とは親しく交わることはございませんが、互いに敬意をもっての距離感です」
政教分離となっているが、主犯は王族であるにもかかわらず教会寄りのスタンスか。私のことを小生意気だと思っている主犯だけど、政治的な思惑があるのなら後見するのもやむなしかもしれない。
……面倒くさい。
「それと」
「まだあるの?」
「第二王子殿下の婚約者様からお茶会のお誘いが」
…………面倒くさい。
「お断りで」
「はい、畏まりました」
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜
蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。
レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい……
精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!
近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに!
どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…?
幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り
後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが
他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています
※完結しました!ありがとうございます!
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
SSS級宮廷錬金術師のダンジョン配信スローライフ
桜井正宗
ファンタジー
帝国領の田舎に住む辺境伯令嬢アザレア・グラジオラスは、父親の紹介で知らない田舎貴族と婚約させられそうになった。けれど、アザレアは宮廷錬金術師に憧れていた。
こっそりと家出をしたアザレアは、右も左も分からないままポインセチア帝国を目指す。
SSS級宮廷錬金術師になるべく、他の錬金術師とは違う独自のポーションを開発していく。
やがて帝国から目をつけられたアザレアは、念願が叶う!?
人生逆転して、のんびりスローライフ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる