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 聖女を讃える長ったらしい挨拶を私は壇上にある幕の後ろで聞いている。

 日本でもそうだったけど、どうして式で挨拶をする偉い人って話が長いんだろう?偉い人だから当たり前なのかもしれないけど、上から目線で訓示垂れてやるって感じだ。

 倒れたのは式典の一週間前。
 三日も目が覚めず、覚めた後も回復食からはじめたもんだから式典用に用意されたドレスが緩くなってしまい、メイドやデザイナーや針子に迷惑をかけた。
 彼女らは目は口ほどにものを言いという言葉を体現したかのように私を咎めるように見た後、ドレスを体に合わせてくれた。
 ドレスのことはよくわからないけど、ちょいと摘まんで縫えばいいというものではないらしい。徹夜だったそうだ。ごめん。

 それでも間に合わせるんだからすごい。謝ってお礼を言ったら血走った目の女性たちに吃驚された。なぜだ。

 ミゼラ女官長のおかげで回復は早かったと思う。おなかに優しい食事はもちろんのこと、ゆっくり体を起こすことから歩くこと、入浴の時期まで彼女の采配通りに過ごしたらスムーズに体力も戻った。まるで理学療法士のようだ。彼女の言うがままになって過ごすことはとても楽だった。

 あ、挨拶が終わるらしい。出番だ。

 ゆっくり上がっていく幕の向こうに人がいっぱい。日本にいたころに大勢の前で挨拶するなんてことになったら緊張して逃げ出したいと思っただろうけど、今の私は何も感じない。
 ただ、眩しい。

 この城は割と金ピカ主義できらっきらだし、ご婦人方の衣装の色もビジューも眩いばかりだ。

 幕が上がりきったあと、私は事前に言われた通り壇の上を進み、淵から少し手前で止まる。

「国に垂れこめた暗雲はもはや晴れ、洋々たる未来を眼前に煌々たる世界を寿ぎ、民の安寧と国家の発展を祈り聖女よりの挨拶といたします」

 短く、とにかく短くと言って作ってもらった挨拶の草稿をさらに大幅に端折って口にした。お辞儀はしない。頭は下げるなと言われたから。
 けど、挨拶した後に礼を取らないというのは普段から頭を下げる挨拶が当たり前の日本人にはやりづらい。

 挨拶も終わってやれやれと思っていたら、壇上に知らない男性が上がってきた。こんな予定は聞いていないぞ、なんなんだ。

 引っ込むにもタイミングを逃してその男性を見ていると、そばまでやってきた男性が私の手を取って甲に口付ける。
 いや、あの、私は日本人ね?日本にはこういう習慣ないね?だから慣れてなくて吃驚するね?

 思考が片言になるくらい引いた。ドン引きだ。

「聖女殿、我が国を救っていただいたこと誠にありがたく存じる」

 我が国ときたか。では、はじめましてのこの人は王族で、年齢からいって多分王子のお兄さん。……って変な言い方だな。この人だって王子だろうし。

「だが、そのために貴女はこれまでの人生とそのまま続くはずだった未来を奪われてしまった。深く陳謝するとともに、望みのままに責任と取らせていただきたい」

 私を見つめて話していた兄王子(仮)はそこまで言うと会場を見渡して高らかに言う。

「この国に住まうも全て者のは関わらず聖女殿へ感謝をささげよ。一人の女性が不当に己の生涯を不当に狂わされたことを忘れること許さぬ。これは王家の意思である」

 会場にいる貴族や使用人たちが一斉に頭を下げた。うーん、私に下げたわけじゃないけど壮観だ。
 あ、誘拐犯たちは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。ということは、兄王子(仮)のスタンドプレーか、これは。誘拐犯たちが株を上げたから王位の継承とかよくわからないお家問題があるんだろうけど、私を使われてもなぁ……。

 けどまあ、誘拐犯たちがぐぬぬ……って顔しているので溜飲が下がったから良しとしてやろう。
 ただ、こっからどうやって退出する?みんなが頭下げてるから見ていないだろうと言うことで、私は兄王子(仮)に小声で「退出したい」と囁いた。私の望みをかなえてくれるそうなんでよろしく。
 そもそも退場のタイミングを蹴散らかしたのはこの人のせいだし。

「皆の者、聖女殿の功績を讃え今日は存分に楽しむがいい」

 私のささやきに頷きを返した兄王子(仮)はそう言って頭を下げている人たちを直らせると握ったままの私の手を恭しく握った。
 ん?これはエスコート的な体勢だろうか?されたことないから分からない。だから、私は日本人ね?こんな習慣も経験もないね?

 こういうときどんな顔するべきか。そうだ、有名な「笑えばいいと思うよ」という言葉があるじゃないか。

 私は何も言わずにっこりと笑って、さあ早く出ようと兄王子(仮)の手を傍目から分からないように軽く引く。
 すっごく大変な思いをしてドレスを直してくれた彼女たちには申し訳ないが、お披露目はここまでだ。

 このドレス、誰かにお下がりっていうわけにはいかないんだろうか。ほんの数分だけのお披露目でお蔵入りなんてもったいない。それに携わった人たちの労力も報われない。

 日本人のもったいない精神と私の貧乏性ゆえにドレスの先行きを考えている間に、兄王子(仮)はジェントルなエスコートで会場から私を連れ出してくれた。
 ふう、終わった。
 お疲れ様、私。

「聖女殿、先ほどの言葉は私の本心だ。私で出来ることなら何でも言ってほしい」
「あ、いえ、特にないんで」

 間髪入れずに断ると笑われた。なんで?わがまま言われるよりいいでしょう。

「話に聞いていた通りの方のようだ。華美を好まず贅沢を嫌い地位を欲することもなく慎ましやかな方」

 ……それ、私と違う。

「してもらいたいことも欲しい物もないんでお気になさらず。私は部屋に帰るのでどうぞ会場に戻って下さい」

「いや、式典は弟や叔父上が仕切るだろうから私は用無しなんだ。せっかくお会いできたのだから部屋に送るまでの間だけでもお話しさせていただきたい」

 あ、やっぱり王子のお兄さんか。兄王子(仮)から兄王子(確定)にチェンジだね。

「私は何のお役にも立ちませんよ?」

 王位の継承とか王位の継承とか王位の継承とか。

「貴女はすでに国のために力を尽くして下さった。これから役に立ちたいと希うのは私たちのほうだよ」

 にっこり笑ってるけど、私のためというなら放っておいてほしいと思うのだ。




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