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 式典は三か月後に決まった。

 随分先だなと思ったら、各所に招待状を出してその返事をもらうにも時間がかかること、招待状を受け取った側にも準備期間を設けなくてはならないこと、大々的な式典なのでこちらの準備も大がかりであることを説明された。さようか。

 社交をする気ゼロなので、お披露目の時間は極力短く他者と交わらず挨拶するだけということにさせた。これでも譲歩に譲歩を重ねてのことだ。
 私が主役とか言ってたけどどうせ、誘拐犯たちのための式典でしょ?顔出すだけでもありがたいと思え。

 ドレスのための採寸をされながら、三か月後にはいないかもねー、いやむしろいない筈なんだけどと声に出さずに愚痴る。

 ふふふっ。神霊獣に教わった界渡りの最初の一歩が昨日やっと踏み出せたのだ。
 苦節42日。頑張ったぞ、私!

 とはいえ、日本への道はまだまだ遠い。

 世界が一つだけでないことは召喚された身として嫌というほど分かっていたが、これほど多いとは思わなかった。

 神聖獣に教わった通り、先ずはこの世界を感じることから修練は始まった。
 世界を感じる?なにそれ?という感じだった私に、神聖獣は自分が世界に同化するようなイメージで……と手を取って世界の見方を教えてくれた。これは神聖獣だけでなく神に近いものならだれでもできるらしい。

 見た目が亮君なので神聖獣に触れられた時はちょっとドキドキしたけど、浮気じゃないから!

 そして界渡り。

 同化した状態で他の世界を感じるのが第一歩。他の世界っていうのも全然ぴんとこなくて大変だったけど、42日かけてそれがうっすら分かるようになった。

 言葉にするのは難しいけど、蜃気楼のような陽炎のようなものが目の端に映るようになった。ああ、目の端と言ったけれど実際には目で見ているわけではない。けれど、チラリとこの世界ではないものの気配を感じるようになったのだ。

 これを感じるためにこの世界との同化が必要だったのだと思い当たる。

 気配を感じてそちらを注視しようとすると逃げる。

 逃げ水のようなそれが私の勘違いや思い込みでないことを祈る。


「大分はっきり見えるようになってきたんだけどなぁ……」

 始めの一歩からひと月。見つけると逃げるような感覚だった別世界をはっきり感知できるようにはなってきているが、いまだに元の世界は見つからない。いくつもの世界を俯瞰するような目線は自分が上に立つもののように思えて恐ろしさに体が震える。

「これってひょっとして神目線では?」

 考えると怖くなるが、日本に戻れば元の平凡な人間に戻るだろうと頭の中から追い出す。

 召喚を行うのってこの世界だけじゃないことに驚いた。元の世界だったら召喚と言えば悪魔を呼び出すもののイメージだったが、いくつもの世界を覗いたことで異世界人を召喚し使役しようとしたり助けを求めたりという、今までの人生では有り得ない現場を目撃している。

 召喚の失敗も見た。喚べないだけならいいほうで、スプラッタな結末もあった。

 実行犯の腕が良かったのは幸いだった。いや、召喚できないほどに低能だったらもっと良かったけど、スプラッタなことにならなくて良かった。

「世の中にこんなに世界を超えた誘拐がまかり通っているとは思わなかった……」

 実際のパーセンテージは分からない。けれど、自分が誘拐された身だからか、界覗きをするときに魔力の大きな動きが目に付くからか、召喚シーンは幾度も見ている。

 他力本願が過ぎると言いたいところだけど、この世界に召喚され国を救った?経験を持つ身からは「どこの世界もガラパゴス的進化をするのだろう」と考える。
 別の世界から見たら何でもないことが、ある世界では重大な危機をもたらすものになっている。
 視野狭窄とまではいわない。今まで育った世界の価値観や常識を壊すどころか疑うことさえ難しいものだと思うから。


 
「あ……」

 式典まであと半月を切って、これはいよいよ本当に出なくてはならないのかと思いつつも修練に励む日々。ようやく、元の世界らしき光景が見えた。

 日本に帰るためにずっと頑張っていたのに、いざその気配を感じると思ったよりも動揺してしまって集中力が乱れ、最初のころのようにその世界が遠のいていこうとしたのでさらに慌ててしまった。

「アンカー……アンカー打たなきゃ」

 あまたある世界の一つを無作為に続けて拾い上げる事は難しい。
 そのため、見つけたら印をつけるのだと神霊獣は言っていた。一度目の遭遇ですぐに界渡りすることは難しいだろうからと。

「……帰れる。帰れるよう、亮君」

 今日は泣いてもいいと思う。やっと、やっと亮君の所に帰れる望みが見えたんだから。

 召喚されて1年近く経つ。亮君は待っていてくれるだろうか。私のことを怒っていないだろうか。嫌いになっていないだろうか。

 亮君の所に帰れる。

 界覗きの途中で精神が乱れたからか、魔力がもう残り少ない。今日はもう無理だ。
 でも、明日には帰ろう。

 あ、誘拐犯たちへのお礼返しがまだだ。

 どうしよう?ま、いっか。

 聖女を召喚した功績で舞い上がっている彼らが式典直前に「聖女がいなくなりました」という非常事態にあたふたすればいい。私はいま気分がいいからそれで勘弁してあげる。


 そう思っていた。
 亮君にところに帰ると……帰れると思っていた。

「ああああああああああ!」

 痛い。胸が張り裂けそうに痛い。なんで!?私、頑張ったよ!?なんでこんなことになるの!?

 ふと亮君の姿をした神霊獣の前での慟哭が思い出された。
 あの時に感じた痛みが絶望なのだと思っていた。

 けれど違う。

 あの時の私は本当の絶望を知らなかった。

 あああああああああ!

「聖女様、どうなさいましたか?ドアの結界を説いてくださいませ。聖女様!」
「魔導士長さまをお呼びしろ。我らではこのドアは破れぬ」
「お願いです、聖女様。ドアを開けてください」

「ああ……ははははは。ふふっ……あははははは。ははははははははっ」

「聖女様、何があったのですか!?魔導士長さまはまだか!?殿下にもご報告を!」
「お願いです、ドアを!」

 はははははは。
 頑張って頑張って頑張った、その結果がこれ?

 あははははははは。




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