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最終章

エピローグ

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「お父様、お母様、ただいま帰りました。ご報告があります」

「ご無沙汰しております、公爵様、侯爵夫人様」


 スピネルと旅をすること三年。久しぶりの帰郷だ。

 家を出てからも折々に手紙を出していたので、両親は私たちが元気にやっていることを知っている。けど、私たちは一か所に定住するのではなく転々としていたため、返事を貰うことは出来なかった。なので、国の情勢や家の状況などは噂程度でしか知らない。

 国の大きな話題は他国でも知ることが出来たが、さすがに一公爵家の噂話などは拾いようがなかったので、ファルナーゼ家の事に関しては全く分からない。


 三年分、たっぷり喋るぞー。喋ってもらうぞー。


 スピネルと繋いだままの手に、お父様とお母様の視線がアツい。お母様はあらあらまあまあって感じで微笑まし気だけど、お父様は前蹴りを出そうかどうしようか迷っているような、忌々し気な視線だ。

 手を繋いでいるくらいでそれじゃ、報告したらぶっ倒れるか暴れるかするかもしれない。

 手紙で伝えた方がよかった?いや、自分の口で報告したかったしなぁ。


 ちょっと居心地が悪くて手を引き抜こうとしたら、スピネルは逃がさんとばかりにぎゅっと力を入れてくる。うん、ごめん。離しませんので力を緩めてください。


「わー、懐かしい」


 三年前まではお父様とお母様、スピネルと一緒によくお茶をしていたサロンは、その当時のままだった。

 出されたお茶も茶菓子も懐かしい味がする。


「レナと王太子殿下は婚約されたんですよね?」


 この二人の話題は他国でも聞けた。ヘタレ好きレナとヘタレ属性の王子さまがくっつけばいいなーと思っていたので嬉しい。家格や年齢の釣り合いも取れているから、レナの趣味嗜好とは無関係に既定路線だっただろう。


「ええ、殿下が18歳になった時に立太子と同時に婚約をされて、来年には挙式の予定よ」


 もう、レナとか呼べないな。レナータ妃殿下とお呼びしなくては。

 お父様とお母様は、私が帰宅の連絡をする前から色々と情報を集めてくれていたらしく、級友たちのその後の話も聞けた。


「わっ、セバスチアーナ様とミーシャ……じゃなくてレオナルド様は卒業後に救結婚して、セバスチアーナ様は妊娠中!おめでたいですねー。え?テレーザ様は小説家!?本の虫ではありましたけど、まさか、ご自身で書かれているとは驚きです。ヴィヴィアナ様はファルナーゼ家に養子に入ったフィデリオ様と婚約!?まぁ……。では、ヴィヴィアナ様は私のお義姉さまになるのですね」


 前回と乙女ゲームの世界では、私が王子様の婚約者となりフィデリオがファルナーゼの後を継ぐために養子に入ったが、今回においては王子さまとの婚約も無く私が継嗣だったため、フィデリオとの接点は無かった。

 けれど、私が教会を破門され出奔した為にフィデリオがこの家に養子に入ったそうだ。


 死亡フラグの事を知っている両親が、少し心配そうに私を見ているが問題ないよー。既に死亡フラグは粉々で、冤罪だの毒杯だのは私の人生に無関係だし、フィデリオ自身に遺恨はこれっぽっちも無い。彼が優秀だというのなら、ファルナーゼ家を盛り立てて貰おうじゃないか。


 ただ、フィデリオの属性がヤンデレだった事を考えると、ヴィヴィアナ様が彼を受け止められるかだけが心配だ。


「シシィ、お前はもうすっかり聖女として知られているよ」

「何故!?三年も留守にしていたら、私のことなんて忘れられていると思ったのに!」


 去るもの日々疎し、人の噂も七十五日。ほんの一時の話題を提供しただけで、すでに風化しているだろうと思っていた聖女の話題がまだ残っているとは。


「マリア・クスバートだが……」


 神様へのおねだりが伝わった事は、勇者から聞いている。異例ではあるが、神自らの采配でマリア様は衰弱による自然死を装った神による魂回収により、もう既にこの世にはいない。魂の浄化と別世界の輪廻もうっかり神の傍に居る人が請け負ってくれたので、間違いなく敢行されている筈だと勇者は言った。

 神様、勇者に信頼されてない。


「シシィが国を出てしばらくした後に、原因不明で死亡」


 え、あれ?魔力暴走後の衰弱によるものじゃないの?


「聖女を害そうとした為に神罰が下ったと言われている。そして、もう一つの神罰だが」


 いやいやいや、神罰とかじゃないし!


「故なき破門と召喚をした教会の大聖堂が半壊。これも、聖女に無体を強いた為だと言われている。三年前にいた面々は行方知れずだ」


 それ、神罰じゃないです。スピネルといっちゃんとそうちゃんの力(物理)です。行方知れずってのは……と、スピネルを伺うと笑顔で何も知りませんといった風情だが、何かしたでしょ?そのおかげでファルナーゼ家に言い掛かりをつけてくるような輩はいなかったようだから不問にするけど。


「破壊兵器も魔法も使われた痕跡はなく、人の力であの大聖堂を壊そうとしたら時間と人数が必要だが、誰の目にも触れずに短時間で崩壊したのは……」


 やったのは人間じゃないからね。


「と、いう事でシシィに危害を加えるものはもういないと思うよ?」


 神罰怖いもんね。――って、ちがーう。私は聖女じゃないっ。


「だから、旅はもういいんじゃないかな、シシィ」

「ええ、もう問題ないと思うわ」


 ああ、なるほど。私の身は安全だから帰って来いと。神罰が怖くて、私が出来もしない治療や解呪を強制してくるものもいないだろうと。気持ちは有難いし、私の帰宅を待ちわびてくれていたお父様とお母様に申し訳ない気持ちもある。


 でも――。


「ごめんね、お父様、お母様」

「……シシィ」


 なんで?という顔をしているお父様とお母様に重大発表!


「子供が出来まして。私は竜族になりまして。でもって竜の育て方は分からないので竜王国へ行こうと思いまして」


 え、あれ?フリーズ?孫が出来たんだよー。おじいちゃんとおばあちゃんになるんだよー。


「はあっ!?スピネル、どういう事だ!?嫁入り前の娘に傷一つ付けるなと言っただろう!?」


 あ、お父様がオコです。


「我慢できなくて」

「シシィ!?」


 あ、はい、そうです。我慢できなかったのはスピネルじゃなくて私。律儀にお父様との約束を守ろうとしていたスピネルを、私が美味しくいただきました。


「竜王国で儀式をする前にそういうことになると、長命種の方に合わせて種族が変わるらしくて、私は竜人になりまして」


 このへんは私の確認不足とスピネルの知識不足。種族を選ぶとか、その覚悟とか全くする暇も無かった。


「身籠ったはいいのですけど」

「よくないっ」

「まあまあ、あなた、御目出度いお話じゃないですか」

「めでたくないっ」


 うん、ごめん。泣かないでお父様。


「えーと、身籠り期間は三年で、産むのは卵だそうです。孵化までは個人差が大きいけれど半年から二年くらい」


 このあたりは、竜王国へ行ったときにスピネルのお兄さんの婚約者さんに聞いた。


「人間の国では何かあったときに対処できないので、出産(?)と孵化が終わるまでは竜王国に滞在したいと思ってます。なので、孫の顔を見せに来るのは4~5年先くらいになっちゃいますが」


「シシィ……」


 お父様涙目。お母様はニコニコ。温度差が凄い。


「必ずシシィを幸せにします。竜族になったので、千年は生きると思いますが決して離しませんし離れません」

「スピネルぅぅぅ」


 ああ、お父様が号泣。


 そんなお父様をお母様と一緒に宥め、私とスピネルの旅を話をし、ファルナーゼ家に入ったフィデリオの話、王子さまとレナの話、言葉が尽きることなく三年ぶりの家族の会話を楽しんで。


 十日ほど滞在したのだけれど、お父様はお仕事を休んでずっと一緒にいて下さった。お母様も社交に出る事なく傍にいて下さった。


 そして、家を出る日。


 お父様は安定の大号泣。目が溶けるんじゃないだろうか。

 お母様も目を潤ませて私の手を握って下さる。


「また来ます」

「いつでも帰ってらっしゃい」

「シシィぃぃぃぃぃい」


 孫の顔見るのを楽しみに、元気で長生きしてねっ。


 私はスピネルに手を差し出す。


「行こう、スピネル。何処までも一緒に」

 ずっと一緒に……。

 ◇◇◇

 後の竜王国で語られる。

 疎まれ放逐された第二王子が、人間の聖女を伴い竜王国に帰国したとき。
 聖女の御力で王太子との和解が整い、竜王国の平和が約束された、と。

 第二王子は聖女を娶り、二男三女を儲け千余年の間、仲睦まじく過ごしたという。

 スピネルと改名したマティアーシュ王子は、妻が死の川を渡った翌日に息を引き取った。
 子等孫等は言った。

「一日たりとも離れていられない二人でしたから」

 きっと今も狭間で睦まじく過ごしているでしょう、と。





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