上 下
114 / 129
第四章

111 狂乱 5

しおりを挟む
 王子さまとマリア様が頭上にいる竜を”暗黒竜””マティアーシュ”と呼んだが……ごめん。あれはただの黒龍で私のスピネルです。


 闇落ちしてないよー。暗黒ではありません。ただ黒いだけ。

 あ、見た目だよ!?中身じゃないよ!?


 二人が呆然としているうちに――と、スピネルが停止したことで止んだ風を幸いにマリア様に近寄り頸動脈を圧迫して落とす。これで魔力漏れも無くなるし、狙っている攻略対象者を見て騒ぐ事も出来ない。静かにしていてくれないと面倒くさくてかなわない。


「殿下、あれは暗黒竜ではありません。スピネルです」

「いや、だが、そのスピネルだろう、暗黒竜になると目されていたのは」

「大丈夫です。闇落ちしていません。ただの黒龍です」


 安心させるようににっこりと笑ったら、何故か引きつった王子さまが「た……ただの……黒龍につく修飾では……」とブツブツ言っているが放置。


 宙に浮かんでいるスピネルに大きく手を振り、降りておいでと手招きする。すると下降してきたスピネル――黒龍の輪郭がぼやけ始めて、地面に立った時には人間姿の馴染みのあるスピネルになった。


 服は着ている。あ、いや、裸で出てこられても困るけど、竜になった時に服が破れたりしていないの?異世界って不思議だ。


「シシィ、怪我をしたな」


 スピネルが私の右手を掬って傷に口付けた。

 治してくれてありがとう。でも、キスする必要ないよね?ああっ、舐める必要はもっとないぞっ。


「お……おう。ありがと。でも、大したことないから大丈夫。ってか、どうして竜になってたの、スピネル」

「おかしな魔力の気配がして、シシィが怪我したからチンタラ歩いている余裕がなくて飛んできた」

「……はい?」


 うん、文字通りだね、飛んできた。

 おかしな魔力の気配ってのが分かるのも凄いけど、なんで私が怪我したって分かるの?何?離れていても私の状態が分かるとか、服とか装飾品とかに何か仕込まれてる!?まさか体内に……。



「え、と、コワイから追及しないけど、あ、そうだ、学園長……」


 そういえばスピネルは学園長に呼ばれてたんだ。それはどうなったのかを聞こうとしたら――。


「聖なる乙女だ!」

「シシィ・ファルナーゼさまよね?あの方が聖なる乙女だったなんて!」

「……暗黒竜」

「恐れることはない。聖なる乙女であるファルナーゼ嬢が宥められた」

「忠誠の口づけを……」

「あの方、ファルナーゼ様の婚約者ですわよね?神託にあった通り”互いに慈しみ”あっているのねぇ……素敵」

「聖なる乙女と同じ学園に通っているなんて、俺たち凄くね!?」


 気が付けば周囲にわらわらと人が集まっていた。


 そりゃそうか。

 突然竜が現れたら野次馬も集まる――いや、取りあえず逃げるべきなんじゃないだろうか?学園の生徒たちは物見高いのか。


 と言うか、聖なる乙女はやめて――っ。あと、スピネルは暗黒竜じゃないから、ただの黒龍だから。忠誠の口づけじゃなくて、傷と火傷の治療だから。私は聖なる乙女じゃないし、同じ学園にいることが誉れになったりしないから。


 穴……幸いにも(?)スピネルがヤンチャしたのであちこちに穴ぼこがある。居たたまれないので入ってもいいですか?埋まってもいいですか?


 人は増える一方だしマリア様は失神してるしでどうしたらいいやら。まあ、マリア様を失神させたのは私なんですが。


「殿下……、私たちがここにいると収拾がつかないかと思われますので、というか居たたまれないので殿下にお任せして帰ってもいいですか」


 野次馬もマリア様も丸投げで。


「マリア様に関しては、鎮痛剤か何か与えるか、とりあえず目覚めないように処置するかした方がいいと思うます。目が覚めたときに私がいたらまた激昂するでしょうし」


「あ……ああ、そうだな。ここは私に任せておくがいい。クスバート嬢の事に関しては後で話を聞かせてほしいが」

「はい、それは勿論。では、失礼します。――スピネル、帰ろう」


 今すぐに、さっさと、至急速やかに帰ろう。ハイ、撤収――――!


 周囲に愛想笑いを振りまいて、私はスピネルと一緒にその場を後にした。

 流石に竜と聖なる乙女とされている私たちを無理に引き留めようとする輩はいなかったが、拍手やら熱い視線やら敬礼やら最も格式の高い辞儀やらで見送られるに至っては、愛想笑いが引きつってしまっても致し方ない仕儀だったと思う。


 それでも何とか笑みを絶やさずにいた私はエライ。公爵令嬢の仮面バンザイ。私は女優。千の仮面は無いけれど。



「さっき聞きそびれちゃったけど、学園長の話は何だったの?」

 まさか、更なるトラブルとか?それはご遠慮したい。


「嘘だったよ、シシィ」

「うそ?」

「うん、そう。私を呼びに来た男は私とシシィと引き離すために大方あの女に使われたんだろうと思う。顔はしっかり覚えているから、後でゆっくり話をさせてもらおうか。あの男のせいでシシィがしなくてもいい怪我をしたんだから」

「あー、うん、しっかり反省してもらおうか。でもさ、前世の言葉で”目には目を 歯には歯を”ってのがあって、されたことと同等の報復はいいけどやり過ぎちゃダメって意味なんだよ。その辺りは宜しく」

「善処する」


 はっきり言うと、私の怪我は王子さまのせいなんだが、それはスピネルには言わない方がいいなぁ……。


 この時はそう思ったけど、後日スピネルの知るところとなり私まで説教を食らったのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ

Kouei
恋愛
 夫が寝言で女性の名前を呟いだ。  その名前は妻である私ではなく、  私の義姉の名前だった。 「ずっと一緒だよ」  あなたはそう言ってくれたのに、  なぜ私を裏切ったの―――…!? ※この作品は、カクヨム様にも公開しています。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...