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第四章

110 狂乱 4

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 突然現れた王子様は置いておこう。

 私はマリア様の持つ小刀に目を奪われていた。


「マ……マリア様……」

「ファルナーゼ嬢、下がって。助けを呼びに行くんだ。クスバート嬢は常軌を逸している。下手に逆らわずに逃げ……」

「殿下っ、邪魔ですっ!」


 不敬だろう、おそらく王子さまは気にしない――と思いたいが。


「ファルナーゼ嬢っ!私のことはいい、君は逃げ……」

「マリア様!それ、魔法剣ですか?魔法剣ですねっ!?」


 王子さまの言葉を遮るのも不敬だろうが、それどころではないのだ。


 マリア様が鞘から抜いた小刀は、青白い炎を纏っている。色から見てかなりの高温だろうに銀色の剣身は溶ける様子も砕ける様子も無い。私が剣に火魔法を帯びさせると必ず溶けるかひびが入るかで、下手したら砕けるかしたのに。特別な剣なの?それともマリア様は魔法剣の研究でもしていて、私より先んじているとか?


 そうならそうと言ってくれれば、もっと仲良くなれていたかもしれないのに。


「なっ……なによっ」


 あ、マリア様が引いた。スミマセン、ちょっと興奮しました。


「……ファルナーゼ嬢?」


 王子さまも胡乱な目で私を見て一歩後ずさった。……ドン引きですか。


「そ……それちょっと見せてください。触らせて。使わせて。頂戴とは言わないから。言いたいけど」

「……」


 あれ、駄目?私じゃ壊しちゃう?

 マリア様ってば、無言で私から距離を取るように下がり、小刀を背に隠した。いいじゃん、取らないから!それをちょっと貸してくれたら、マリア様の事を”嫌い”から”普通”に格上げするから。もし――もしもそれを私にくれたら”好き”になっちゃうかもしれないよ?え?迷惑?


 後ずさったマリア様が急に地団駄を踏み始めた。私に引いてちょっとだけ正気に戻ったかと思ったんだけど、そうでもなかったらしい。


「何でっ!アンタはっ!」


 何でって言われても……何が?


「なんでアンタだけ幸せそうで……楽しそうで……ズルイ……ズルイ……ズルイ…ズルイ…ズルイズルイ…ズルイ…」


 本格的に壊れてきたっぽくてヤバイ。目が虚ろになって、なのに魔力が急激にマリア様の体から洩れてきている。

 元々Aクラスなだけあって魔力制御は優秀だった筈。制御は精神が乱れると同調して魔力も乱れるが、これは早いところ抑えないといけないだろう。


「魔力が……殿下、マリア様は魔力量は平均的といった程度でしたよね」

「ああ、特に多くも少なくも無かったと記憶している」


 滲むように漏れ始めた魔力は、みるみるうちに堰を切ったかのように膨大な量となり、飛瀑された滝口のように飛散している。もともとの魔力量から考えればあっという間に枯渇しそうな勢いだというのに、尽きる様子も無い。魔力以外の力を無理やりに魔力に変換しているように思われる。


 これでは、魔力だけではなく体力や精神力、挙句に生命力まで尽きてしまう。


 とりあえず落とすしかない。強制的に意識を刈り取り魔力の放出を止めなくては。


 そう思った時、マリア様の持っていた小刀が変化した。


 するすると剣身が伸びていき、固いはずのそれの姿が靄のように不安定となり、鞭のようにしなり蛇のようにうねうねと曲がりながら私に向かってきた。

 なにこれ、欲しい!


「ファルナーゼ嬢っ!」


 王子さまが私に向かって手を伸ばした。これはハッキリ言って邪魔以外の何物でもない。伸ばされた手を掴んで位置を入れ替え、王子さまを安全圏に投げ飛ばす。


 つっ。


 王子さまを庇ったせいで、剣が右手の甲をかすった。傷口自体は大きくないが、炎を纏っている剣だったために甲全体に火傷を負ってしまった。


 不覚だ。


 元々が剣の修行をしたこともなければ扱いにも慣れていない上に、魔力の暴走で思考能力が極端に低下しているマリア様が振るう剣なんて、私やスピネルは勿論、ミーシャだって平気でいなせる程度で、ある程度の実力を持つものから見れば児戯に等しいってのに傷を負うなんて。


「下がって!」


 邪魔だから!


「下がらない!君こそ下がりなさい!ここは私が食い止めると言っただろう!?」


 ――今の君に背負わせるつもりは無いが、私は”シシィ・ファルナーゼ”をこの身、この命を懸けて守ると決めたのだ!


 そう叫ぶ王子様。

 あー、うん、そっか。前回の事が尾を引いているんだね。うんうん。


「……アンタ……ばっかり……」


 王子さまのその態度はどう見ても逆効果のようですよー。


 まあいい。私が彼女を取り押さえれば王子さまも落ち着くだろう。


 そう思って一歩前に出ると、悲壮な顔の王子さまがまた叫ぼうとした。その瞬間。


 突風が私たちを襲ったかと思ったら、突然に日が陰る。ゴウゴウと吹きすさぶ風は周囲の木をなぎ倒し、植物を土ごと空に舞わせた。


 立っていられなくなった私たちの頭上には黒い竜。


 羽ばたき一つで周囲を破壊しつくす強大で圧倒的な力を持つもの。


「……暗黒竜」


「……ま……てぃ……あーしゅ、さま」



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