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第四章

109 狂乱 3

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 マリア様が右手に持っている細長い包みが気になるけど、聞いても応えてはくれないだろう。私は目線をまっすぐにマリア様に向けて言う。


「言いがかりはお止めくださいませ、マリア様。それよりもお体はもう大丈夫なのですか?お休みが続いておりましたけれど」


 我ながら白々しい。

 休んでいたのは病気ではなく神託の衝撃からだと分かってて言ってみた。だって言えないよね。死に戻り出来ないこと分かってショックだっただろうけどもう大丈夫?なんて。


 そもそも私は一度、リセットをかけると言うマリア様にもう巻き戻りが起こらない事を言った筈だ。リセット=死ぬって事だから、さすがにスルー出来なかった。


 信じてもらえるとは思わなかったし、実際に信用されなかったわけだけど。


「アンタのせいで私が……どんなことになってるのか分かってるくせに……」

「言わせていただきますけれど、私のせいにしても状況は変わりませんのよ?逆恨みもほどほどになさいませ。見当違いの恨み言を私にぶつける時間があるなら、これからの事を考えた方が有意義ですわ」


 言っても聞かないだろうけど。


「アンタのせいに決まってる。アンタがアルナルドの婚約者にならなかったせいで、こんなに変わってるんだ。聖なる乙女なんかゲームに出てこない。マティアーシュ様が闇落ちしていなかったら勇者にだって会えない、それもこれも全部アンタのせいなんだからっ」


 支離滅裂だ。まぁ、聖なる乙女とやらは神様の創作なんですが。認めない、認めないぞ!私が聖なる乙女役だなんてっ。


「……マティアーシュ様は何処?」


 狂気に満ちた目でマリア様が私に聞いてきたたが、マティアーシュなる人物はもう存在しない。マティアーシュだった人は今はスピネルと言う名で、これからもずっとスピネルだ。


「私には最初からマティアーシュ様だけ。アルナルドだってマティアーシュ様に会うための踏み台。――もう次がないのなら、攻略方法なんてどうでもいい。全部……マティアーシュ様に会えればどうにかなるんだからっ」


「マティアーシュという方は存じません」

「嘘つきっ。ヴィヴィアナとアンタとアンタの従者と一緒にいるところを見たんだからっ」


 誘拐事件の帰り道で一緒にいたのは、スピネルのお兄さんです。マティアーシュじゃありませーん。ついでに言うとマリア様が私の従者と呼ぶスピネルが、昔はマティアーシュと言う名前だったんですが。


「マリア様が仰る殿方はケラヴノス様ですわ。マティアーシュと言う名ではございません」

「……違う。マティアーシュ様だ。きっとアンタは偽名使われたんだ」

「あり得ません。ケラヴノス様はお国ではやんごとない身分でいらっしゃり、詐称するような方でも状況でもございません」


 次期竜王となる竜王国王太子だからね。


「違うっ違うっ違うっ違うっ違うっ」


 マリア様がどんどんヤバくなっていく。

 やつれた頬が紅潮し目も血走っている。幼い子供のように地団駄を踏み両手を振り回して、今にも泡を吹いて倒れそうだ。


 これ以上激昂したら、脳の血管でも切れるんじゃないだろうか。取り押さえて保健室なり治療院なりに連れて行くべきかもしれない。


 そこまでする義理は無い気もするが、ここでスルーして冷たくなったマリア様を誰かが見つけるなんて羽目になったら、見つけた人に申し訳ないしな。


「マリア様、落ち着いてくださいませ。冷静にお話を致しましょう?ケラヴノス様でしたら、月に一度か二月に一度はファルナーゼ家にいらっしゃます。その時で宜しければお目にかかれるかどうかお伺いを立てさせていただきます」


 本人から名前を言われれば納得して……くれるかな?ケラヴノス様に丸投げする訳にもいかんし――いや、スピネルから言ってもらえば何でもオッケー出しそうだな、あの人。


 ああ、これも言っておかないと。


「その前にマリア様に申し上げておきますが、ケラヴノス様には番と定められた女性が居らっしゃいます。ああ、ヴィヴィアナ様ではございませんよ?もちろん、私でもありません。同国の方でとても仲睦まじくいらっしゃいます」


「嘘……」


「嘘ではございません」


「信じないっ!マティアーシュ様の番になるのは私なんだからっ」


「あの方はケラヴノス様です」


 そして、マティアーシュだったスピネルの番は私なので。これは譲れませんので。


「リセット……」


 ああ、どうしてこんなにも乙女ゲームに固執しているんだ。死亡フラグに振り回されていた私が言えることじゃないかもしれないが、マリア様はヒロインなのだから命の危険なんかは無かっただろう。ならば、ゲームとは全く関係のない人生を歩めたはずなのに。


 死に戻りという妄想に縋りついてまだリセットをかけたいと言うのか。神託を聞いたうえでそれでもそこにしがみつくのか。


「だって……神様はリセットかけたって言った……。ああ、そうだ。聖なる乙女とかいうバグを取り除けばいいんだ。そうしたら、きっとまたやり直しが始まる……」


 いやいやいや。神様は一回きりだって言ってたよ。聞いたよね?


「聖なる乙女がいなくなれば……バグを消せば……きっとマティアーシュ様は……。でも、その前に」


 マリア様が持っていた包みを解くと、出てきたのはあったのは小刀だった。


「アンタも死んじゃえ」


 マリア様が不慣れな様子で鞘を外して投げ捨てる。小次郎破れたりとか言ってもいいトコ?私は二刀流にすべき?


 そんな馬鹿な事をつらつらと考える位には余裕があった。だって、ほら、私は暴れん坊お嬢様だし。しかし、その余裕は、マリア様が小刀を振りかざしたときに消え去った。


「クスバート嬢っ何をする!?」


 なぜこんな所に王子さまが。

 それでもって、なぜ王子さまが私を庇うように立ちふさがってる。


「マリア様っ!!」




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