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第四章
106 神託
しおりを挟むスピネルへの気持ちを自覚してから四日。
まだ、平静に戻れない。それどころかさらに悪化した。
理由も言わずに距離を置いていたら誤解されてしまうと思い、自覚した翌日に手紙を渡した。面と向かってしまったら言葉が上手く出てこない気がしたので手紙にしたのだが、すぐに後悔した。
夜に手紙書いちゃいけないって誰かが言ってたよね。うん、それを十二分に理解した。
自分の気持ちをつらつらと書き、そのまますぐにスピネルに渡したのは間違いだった。せめて、翌朝に冷静になってから渡すかどうか考えるべきだった。
確か、夜は副交感神経が優位になるから理性があまり仕事をしてくれないので、情動的になったり照れが無くなって恥ずかしい位に心情を吐露する……と聞いた事はあったけど、それを実感として感じたことがなかったので深く考えてなかった。
とにかく、スピネルに誤解されたくない、嫌いで避けているのだと思われたくない一心で気が逸ってしまったのだ。それはスピネルの闇落ちフラグな気もするし。え?自惚れ?いや、そうかもしれないけどさ……。
記憶から抹消――しようにも無駄に性能のいいこの脳は忘れることを許してくれない。仕方がないので棚上げして忘れた振りをしておこう。
スピネルが私からの手紙を他人に見せたり吹聴したりすることはないだろうから、私が黙っていれば……って、ああ、スピネルが読んだことが一番恥ずかしいんじゃないかよぉ。いやいやいや、棚上げ棚上げ。
手紙効果かスピネルが離れてくれているので、私は学園でも一人歩きである。もしかしたらどこかから見ているかもしれないけど。
ちなみに行き帰りの馬車は一緒だ。私をそっとしておいてくれるスピネルは口を開くことはないんだけど、目は口程に物を言うという諺を体感できました――という事で察してください。
「ファルナーゼ嬢、神託が降りたよ」
王子さまが、きっとまだ内密であろう情報を私にくれた。いいのかな?ダメじゃない?私、公爵令嬢とは言え機密を知る立場にはないぞ。
私がそう思ったのが分かったのだろう、王子さまは苦笑して肩をすくめた。
「君が周囲に言いふらす心配はしていないよ。すぐに発表もされるだろうしね。ただ、君とスピネルには心の準備が必要かな」
知らせは嬉しい。勇者から聞いた神様の性格的に、神託が降りるのがいつになるか読めなかったし。けど、心の準備?マリア様対策に関しては、もう、手の打ちようがないので放置なんだけど。
「ファルナーゼ嬢は聖なる乙女、スピネルは乙女に恭順して闇から救い上げられた竜という事になってる」
「……はい?」
何がどうしてそうなった。
「苦肉の策……だと思うよ。まさか、神様がうっかりしたせいで闇落ちは無かったことになりましたと言う訳にもいかないだろう。壮大な戯曲のような物語になっている」
王子さまが言うには。
◇◇◇
”前回”暗黒竜に立ち向かうも敗北した勇者。
神は命を落とした勇者と蹂躙されるであろう民を憐れみ、一度だけ”時間を巻き戻す”御業を振るった。
おそらく”前回”の記憶を持った者も数は多くないがいるだろう。その者たちは二度目の時間を繰り返すという、通常ならあり得ぬ経験に己や周囲に疑問を持った者も多いだろうが、この世界を救う為に発揮した二度はない神の意思として受け入れてほしい。
再度暗黒竜に立ち向かうべく仲間を募る勇者。
勇者の無私の心に感服し、暗黒竜の呪いを解くべく自ら立ち上がるは聖なる乙女。
傷つけられ闇に落ちた竜も、聖なる乙女の福音により哀憐身に染み浄化された。
この世界を襲ったであろう暗黒竜の脅威はすでにない。互いに慈しみ合う浄化された竜と聖なる乙女は、世界の平和を願うであろう。
この世界に生きる全ての者よ。
脅威は去った。
勇者を讃えよ。聖乙女を崇めよ。聖乙女に救われし竜を受容せよ。
◇◇◇
ね……ねつ造が過ぎるっ。
誰だよ、聖乙女って。――私だよ、多分。勇者の無私の心に感服?いやいやいや、初めましての時、スピネルが闇落ちしていないんだけどどうしようって話だったんだけど?
そう、そもそもスピネルは闇落ちしていない。なので救い上げるも浄化するも無かったって。
……互いに慈しみ合うってなんだ。神様、私とスピネルが、その、想い合ってるってこと知ってんの?
いや、大丈夫。
スピネルが竜だと知っているのはほんの一部だから。そしてその一部の人たちは暗黒竜云々にかんして心得ているし、この聖なる乙女とか言う戯言を鵜呑みにしたりしない。
むしろ笑うだろう。
あ、でも、その一部の中にヤバい人が……。
「殿下……その壮大な作り話を聞いて、マリア様はどう思われるでしょう?」
マリア様は神様の出鱈目を信じちゃうだろうか。信じていいのは「巻き戻りが神の業」だってことと「二度はない」って事だけなんだけど。あ、あと「脅威は去った」もか。そもそも神様のうっかりのせいで脅威は訪れていなかったんですけどね。
「死に戻りが彼女の思い込みだったという事が分かればヘタな事はしないと思いたいが……身辺には十二分に注意をして」
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