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第四章

104 四年前のお礼

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 自覚した。

 私はスピネルが好きだ。いや、好きは最初から好きなんだけど、と……特別な意味で好きだ。


 スピネルが女の人と一緒なのを見たときに悲しくなった。冷静に考えれば、もしも浮気なり本気なりの相手が出来たとしても、ファルナーゼ家に連れてくるわけがない。連れてきた時点で疚しい気持ちはないだろう。実際、お兄さんの番を紹介したかっただけだったのだし。


 そんな事に気が回らない位に衝撃を受けた自分に驚いた。


「シシィ、どうした?」


 高等部二学年の初日、学園へと向かう馬車の中でスピネルが様子のおかしい私を心配してくれるが、ちょっと待って。

 まだ、昨日のショックが尾を引いていて立ち直れていない。


「どうもして――なくはないんだけど、ごめん、ちょっと待って。自分がヨレヨレのゆらゆらで立てなおす時間が欲しい」


 もちろん、こんな説明でスピネルが納得する訳もなくあれこれと話しかけてきては世話を焼いてくるのを、ちょっと待ってとしか言えない自分が情けない。


 いやさ、弁解させてもらえれば、これが、その、初恋――なんですよ、私。

 自分の気持ちなのに、いったいいつからスピネルのことをそういう意味で好きになったかも分からないし、どうしてスピネルのことを好きになったかも分からない。自覚してしまったらこれまで通りの態度が取れなくなってるし、これからどうしたらいいのかも分からない。


 誰か助けてー!


 納得しないスピネルに拝みこんで、ちゃんと後から説明するからとちょっとだけ一人で考える時間を貰ったけれど、自分から頼んでおいて距離を取られるのが寂しいってどういう事だ。

 頭のなか桃色かっ。お花が咲いてるか!?


 自分の事なのに、思うようにならなくてもどかしい。

 好きな人が出来ると、みんなこんな風になんの?恋って大変……。


「ファルナーゼ様!」


 レナに相談しようにもどういう風に説明していいのか分からず、一人で中庭のベンチに座っていると突然声をかけられた。

 新入生かな?知らない子だ。


「やっとお目にかかれました、ファルナーゼ様。あの時は危ういところを助けて頂きましたのに満足にお礼も申し上げず失礼いたしました」


 ……誰?


「私、貴女を助けたことがございまして?」


 身に覚えがない。


「はい、あの、四年前なのですが、私が拉致されそうだった所をファルナーゼ様と従者だった方と……今は婚約されていらっしゃるんですよね?お二人に助けて頂きました。あのまま攫われていたら今の私はおりません。本当にありがとうございました」


「あ、あの時の!」


 コウドレイ侯爵による人身売買組織に誘拐されそうになった子か!


「はい、そうです。あの時ファルナーゼ様に助けて頂いた者です」


 でも、あれ?あの時の女の子は、貴族じゃ無かった筈。確かにこの学園の生徒の二割は平民だけど、この子は貴族らしさがある。手入れされた髪や肌、控えめだけれど上質な装身具、取った礼も貴族令嬢としてのそれだった。


「私、ミシェル・カロリングと申します。あの事件のあと、私が幼い頃に誘拐されたカロリング家の娘であることが判明いたしまして、カロリング家に引き取られたんです」


 そりゃビックリだ。


 ミシェル様がいうには、物心つく前にカロリング家に勤めていた年配のメイドの手により攫われたそうで、彼女は自分を育ててくれたその老メイドを実の祖母だと思っていたらしい。両親は死んだと聞かされ、祖母と孫として市井でくらしていたそうな。


 老メイドには結婚した娘が一人おり孫娘も生まれていたので、近々カロリング家から身を引いて娘家族の家に身を寄せる予定だったところに、一家三人が事故で死亡したとの連絡が入り、それに耐えられずに心を病んでしまい、ミシェル様を自分の孫と思い込んで攫ってしまった。


 時間薬で心の病は癒えていったが、自分が犯した罪の重さと孫として育てたミシェル様との生活への未練とで名乗り出る事も出来なかった老メイドは、ミシェル様誘拐未遂事件でこのままではいけないとカロリング家に出頭したそうだ。


 カロリング家ではずっと娘の行方を追っていたそうで、ミシェル様はご両親と弟に温かく迎え入れてもらい、その後の四年間で貴族としての教育を施され今年、高等部に入学。

 カロリング家からファルナーゼ家へのお礼はあったらしいが、私は聞いていなかったので、まさかあの時に助けた子が貴族令嬢になって学園で再会するなんて思いもしなかった。


 老メイドは、カロリング家の聴取に素直に全てを語り、法の裁きを受ける前に蝋燭の火が燃え尽きるようにその生を終えたそうだ。


「そうだったんですの……。大変でしたわね、ミシェル様」

「ありがとうございます、ファルナーゼ様。冥界へ旅立ったからと言う訳ではありませんが、私はあの時の暮らしも楽しかったですし、愛されて育てられたと思っておりますので恨んだりする気持ちは湧かないのです。お父様やお母様、弟に言ったりは出来ませんけれど」


 愛されていたなら良かった。けど、まあ、カロリングの家族にそれは言えないね。


 ミシェル様はそれから何度も何度もお礼の言葉を連ね、私も同じ学園生としてよろしくと今後の厚誼を約束した。


 去って行ったミシェル様の背中を見て、彼女の方が生い立ちのドラマティックさからヒロインちゃんっぽいなぁと思ったりしたのがフラグだったか。心の中で思っただけなのに噂をすれば影が差すってことなのか。ヒロインちゃんことマリア様が現れて、般若のような形相で私を指さしてこういった。


「またアンタのせいでシナリオが狂ったじゃないのっ!ダミアンも改変されてて、今回攻略する相手がいなくなっちゃったじゃないっどうしてくれんのよ!?」


 知らん。

 ダミアンって誰さ。





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