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第四章

103 浮気?

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 神様のポカのとばっちりで苦労している勇者は、真っ当なだけに不憫だ。

 そして、そのお気の毒な勇者が疲れている原因は、何とマリア様だった。


「前に話してくれたイっちゃってる前回の記憶持ちの女性って、マリア・クスバートって言う人です?」

「あ……ああ、そうだが、勇者殿がなぜ彼女の事を?」

「ああ、やっぱり。えーと、王城に来る途中で話しかけられたんですよ」


 そうだと予想しつつもそうじゃないと良かったのにと、諦念を滲ませた勇者が語る。


「今回は挨拶だけだと。きっと覚えていては貰えないだろうけど、次……は無理だろうけど何回か後には一緒に暗黒竜退治に行くから宜しくって。――俺は話を聞いていたから、ああこの子かと思っただけだけど、何も知らなかったら頭か心かに病がある子だと判断したと思う」


「それは……我が国の者が失礼した」


 王子さまが小さく頭を下げる。王族として自国の者が勇者に無礼を働いたのだから、頭を抱えたくもなるだろう。勇者は首を横に振って謝らないで欲しいと言った。


「で、彼女を視ましたよ。やっぱり”巻き戻りの弊害:記憶残存”と”前世の記憶残存”の称号ありました」


 想像はしていたけど、確定かぁ。ま、その二つが無ければマリア様の問題行動は起きまい。


「あ、大丈夫ですよー?そう言ったからには彼女は俺に近づく気は無いんでしょうし。――でも、神託が降りた後、どうするんでしょうね?」


 うん、それが怖いです。今までの行いを反省して更生してくれればいいけど、自棄のやんぱちになったらどうしよう。


 それよりも、神様は迅速に神託を降ろしてくれるんだろうか?不安になって勇者に聞くと「俺も神様のうっかりは身に染みてるから、傍についているキチンとしてるっぽい人にお願いしておいた」だそうで、近々神託が降りることだろう。


 ◇◇◇


 明日から新学年という日。まだ神託の話は聞こえてこない。降りていないのか、降りているけれどまだ発表を見合わせているのかは分からない。神託が降りているならお父様はそれを承知だろうけど、家族にとは言え機密を漏らす人ではない。


「シシィ、兄に呼ばれたので今日は留守にする」

「また来たの?うん、分かった」


 スピネルのお兄さんは、初めましての時に一週間ほど我が家に滞在した。その後も2~3ヶ月に一度くらいの頻度でスピネルに会いに来る。距離が縮まったのかどうかは分からない。ほぼ関わりがないからだ。


「今回も挨拶とか要らないからね?」

「はーい」


 スピネルの敵だと認定した彼の兄だが、スピネルがどうでもいいと言うので私も復讐云々を言うのはやめた。心の中ではまだ敵認定しているけど、それをスピネルには言わない。

 スピネルがどうでもいいと言うのを尊重しているからだが、ではなぜ関わりがないかというと、スピネルが嫌がるから。その一事に尽きるのだ。安定の焼き餅スピネルである。


 焼き餅焼きなのに塩梅が上手いと言うか、スピネルは私が好きな人との交流は阻止したりはしない。レナのお泊りの時もそうで、後で甘えたにはなるけれどその場での妨害はしないのだ。なので、お兄さんとの交流を止め立てするのは私がお兄さんと交流したがってはいないという事を承知しているから、なのだ。


 絶妙なさじ加減のヤキモチであると思う。


 私は前世の時と違って脳みそ的には優秀なのだが、そういう心の機微?とか察するとかがあまり得意ではないので、スピネルのそういう部分を尊敬している。


 スピネルがお出かけしたので、私は常世の森でいっちゃんそうちゃんと遊んだ。

 また明日から学園が始まるので忙しくなるだろうし、あまり遊びに来る間が空くといっちゃんたちが拗ねるのだ。


 一緒にアップルパイを食べ、いっぱいお話しして気が付けばもう夕方。いっちゃんそうちゃんに挨拶をして森から家に戻ろうとしたとき、スピネルの姿が見えた。

 スピネルは一人ではなかった。


 一緒にいる相手がお兄さんなら、また押しかけてきたなと思うだけだった。


 ねぇ、スピネル。

 隣にいるその女の人は誰?


 おそらく竜族だろう。スピネルやお兄さんと同じ褐色の肌と銀の髪。遠くて目の色までは分からないけど、笑顔でいることは分かる。


 お兄さんに呼び出されたんじゃなかったの?


 私に背を向けているスピネルの表情は分からない。けど、隣の女性の手が腕に触れることを許している。


 これって、浮気――だろうか?

 それとも、本気だったりするんだろうか。


 私は、スピネルが私のことを想っていると疑いもしなかった。

 私からスピネルに返す気持ちが同じ熱量を持っていなくても、スピネルはずっと私のことを好きでいてくれるのだと思っていた。


 冷静に考えたらそんなわけないじゃん。


 一方的に好きって、きっと辛いと思う。いまさらだけど。


 返ってくる想いが無ければ、愛情も薄れていかない?


 まさに今、そういう状況なんじゃないだろうか。


 お兄さんに会いに行くと言って、女性と一緒にいるってそういうことだよね?


 寂しい、

 悲しい。

 辛い。


 見なかった事にしたいけど、そうもいかない。スピネルの気持ちが私から離れているのなら解放しないと駄目だ。――嫌だけど。


 私が真っすぐスピネルとその女性に向かって行くと、すぐに私に気付いたスピネルが傍らの女性を紹介してくれた。


「シシィ、ただいま。こちらは兄上の性格を矯正して教育してこれからも舵を取ってくれると言う得難い人で、兄上の番だ」


 ………お兄さんの番の人?

 恥ずかしいっ恥ずかしいっ恥ずかしいっ。


 私、さっき何を考えていた!?


 スピネルの気持ちを疑って、自分が身を引かねばならぬみたいな悲劇のヒロインぶって?


 穴があったら入りたいってこういう気持ちなんだ……。


「はじめまして、スピネルの婚約者のシシィ・ファルナーゼにございます」


 穴を掘りに行きたい気持ちで一杯一杯だったけど、令嬢の仮面でご挨拶させてもらった。





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