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第四章

101 婚約者とその兄のこと

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 帰りの馬車の中、誘拐されているときに邂逅して後回しにしたスピネルのお兄さんについて話す。


「スピネルー、お兄さんにどうやって復讐する?」

「復讐?」


 だってそうでしょ。スピネルは散々お兄さんに虐められて、薬を盛られて暴力を振るわれて捨てられて、危うく暗黒竜になるところだったんだ。

 お兄さんが何しに来たのか知らないけど、ここであったが百年目(初めましてだけど)。恨み晴らさでおくべきか。


「ああ、その話は異母兄の預かり知らぬところだったらしいよ」


 そう言ってスピネルはお兄さんから聞いた事を話してくれた。

 でもさ、お兄さんが知らないところでお兄さん派?の人たちが勝手にした事だから関係ないってことはないと思うんだ。下のモンがやったことは上のモンが責任とるべきだ。少なくともお父様なら、家門の誰かがしでかしたことを「知らなかった」で済ましたりはしないと思う。


「問題ないよ」

「あーりーまーすーっ」


 問題だらけだわっ!そもそもお兄さんがスピネルを虐めてたのは実際にあった事だという。もしも、お兄さんがスピネルを庇護してくれていればこんなひどい目に遭ったりしてなかっただろう。

 それをいうならスピネルに関わってこなかったという竜王もそうだ。

 子どもに無関心になるなら子ども作らなきゃいい。立場上もあって子を儲けることが義務であったのなら、自分の代わりにちゃんと育てて守ってくれる人を付けろ。

 王様なんだからそれくらい余裕で出来ただろっ。


「だって、それが無かったらシシィに会えなかった」

「あー……うー……」


 いや、確かにね?それが無ければ私とスピネルが出会うことはなかったと思う。けど、それとこれとは別というか、私の気持ちの収まりがつかないというか。スピネルがずっと竜王国にいたら作れただろう人間関係も出会いもあった筈で……とか考えたらムカムカしてきた。


 これはあれか、嫉妬とか独占欲とかそういうものか?


 ということは私はスピネルのことがそういう気持ちで好きなんだろうか。


 んー、難しい。例えばお父様やお母様が出会わなかったとして、それぞれ別の相手と結婚して子どもを儲けていたらと考えらたらやっぱりムカつくし。

 独占欲であることは間違いないけれど、それが何に由来して起きた感情なのかを判断するのが難しい。


 みんな、どうやって愛だの恋だの理解するんだろう?


「スピネルはお兄さんの事を恨んでないの?」

「特に、何も」

「いいの?」

「ああ、どうでもいいな」


 ああ……これはお兄さんがちょっとだけ気の毒になる。スピネルが言うには、お兄さんは番との出会いがあり、その番な彼女の影響で自分が弟にした仕打ちを後悔し謝罪に来たのだという。番さんはよっぽど出来た女性なんだろう。お兄さん的には自分を鑑みる機会と成長する機会を貰ったんだから、女神として讃えるべきだ。


 と、それはともかく。


 ”どうでもいい”って結構きつい言葉だと思う。

 お兄さんを擁護する気持ちは全くないけど、どうでもいいと言われるくらいなら恨み言を言われた方がよっぽどいいだろう。加害者側が償う機会を与えられずに放置されたら、罪はいつまでも薄れずに澱となるだろうから。


 ……これは、王子さまにも言えることだろうか。

 王子さまは”前回”のシシィ・ファルナーゼに冤罪を被せ断罪した。前回の王子はそれを冤罪と知らず、罪を犯したシシィ・ファルナーゼに罰を与えたつもりでいて、彼女の死後にそれが冤罪だと分かった。

 償おうにも、償いようのない醜行。

 巻き戻ってやり直しの人生で償おうにも、前回のシシィ・ファルナーゼとは別人となった私がいる。


 王子さまの罪は生涯彼について回るのだ。


 なんだ、そう考えたらお兄さんはラッキーなんじゃん。王子さまと違って、謝罪をする相手は生きている。例え「どうでもいい」と言われようが歯牙にもかけてもらえなかろうが、お兄さんにはこれからとれる行動があるだろう。


「そっか、どうでもいいのかぁ」

「そう、どうでもいいな」

「じゃ、私もそう思う事にする」


 お兄さんが許されることはないかもしれない。だって、スピネルはお兄さんの行いを責めていないのだから。

 無関心って、罵倒よりキツイとはおもうが仕方ない。私はどうあってもスピネルの味方しかできないからね。


「私が大事なのはシシィ。そして、シシィが大事にしているもの。それ以外はどうでもいい」


 うん、諦めたんだよ、もう。スピネルが周囲に目を向けるのも私の為。ファルナーゼ家を大事にするのも私の為。レナやヴィヴィアナ様に友好的なのも私の為。それを本人が良しとしているので私にはどうもできない。


 こんな愛の重い婚約者を持った私が出来ることは、真っ当に生きること。


 私が道を踏み外したら暗黒竜出現!なんてのは、己を正す抑止力として最強じゃなかろうか。


「ごめんね、愛が重くて?」


 うん、諦めた。


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