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第三章

閑話 さしすせそ

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「あーっ、やっとか!遅いよ、クソジジイ!」


 勇者が闇落ち回避した竜であるスピネルと、その婚約者シシィ、巻き戻りの弊害で前回の記憶を持つアルナルド王子との邂逅を果たしてから一年。

 闇落ち回避の事は神託で告げてもらうしかないと判断した勇者は、茶番だと思いつつも各国を回ってパーティメンバーの選出行脚を続けていた。


 選ばれた方もいい迷惑だよな。


 自身が迷惑を被っているにもかかわらず、勇者は申し訳なさでいっぱいになる。


 だったら選ばなければいいというようなものだが、訪れた国でだれ一人選ばなかったらそれはそれでその国のメンツを潰す事となる。行脚を辞めようにも、これだけ注目されている勇者がぱたりと動かなくなっては周囲の不安と憶測を呼んでしまう。


 にっちもさっちもいかない状態で、勇者はただひたすら神からの連絡を待っていたのだ。


「やほー、勇者くん。儂じゃよ儂、みんな大好き神じゃー」


 待ち焦がれた神からの第一声がこれでは、勇者も悪態をつくというものだ。


「えー、勇者くんったらぁ、儂からのラブコール待ちじゃったのぉ?ゴメンねー。儂ぃ、決して勇者くんの事をー焦らそうとかしてたわけじゃなくてぇ」


 この悪ふざけは勇者の怒りの導火線に火をつけたが、ここで神のノリに付き合っていては話が進まぬと、ぐっと堪忍袋の耐久力の限界に挑戦する。


「暗黒竜になる予定だった人が闇落ち回避してるんだけど、神様、何かやった?」

「……は?」


 素で間抜けな声をだした様子から、どうやら神の仕業ではないらしいと理解した勇者は、かの国の者らから聞いた話を伝えた。

 暗黒竜が出現しないなら勇者の必要も無い。しかし、大々的に神託が降りたこの一件を勇者とはいえ自分一人の言葉で覆すことも難しい。なので、脅威は去ったとかなんとかそれらしい神託を降ろしてほしいとも。


「えー、あのぉ、ちよっと……確認しないと、なんとも……」


 尤もである。


「待ちます。今すぐ、火急速やかにさっさと確認してください。迅速に――神様なんだから神速?にパパッとすぐさま確認してください」


「……勇者くん、怒ってる?」


 怒っているか怒っていないかと聞かれたら、それは当然怒っている。だが、それは竜が闇落ち回避して自分が馬鹿を見たことにではない。神が勇者を選定しておいて、その裏で暗黒竜に何かしていたなら腹も立つが、どうやら神の与り知らぬ事情があるようだ。自分を嵌めた訳ではないのなら、闇落ち回避はむしろ朗報といえる。


 怒りの大元は、久々に連絡してきた神のふざけた台詞である。


「怒ってないんで、さっさと確認してください」


「嘘じゃー。怒ってるのに―、怒ってないって……ぐほっ」

「神様、ウザいんですケドー」


 神の言葉が中途半端に切れた原因は、その後に口を挟んできた誰かの鉄槌でも下ったせいだろうか。勇者は口に出さず心の中で「もっとやれー」とエールを送る。”ウザい”に関して、全面的に同意している勇者である。


「勇者くんー。今すぐ神様に仕事させるんで、ちょっと待っててほしいんですケドー」

「あ、はい、待ってます」


 勇者としても、ここでまた後日なんて話にされたら、どれだけ待たされるかもしれないと了承する。なんせ、この神様はうっかりが過ぎるので、次の連絡はまた数年後に「忘れちゃってた、ゴメンね?」とでも言いかねないのだ。


 幸い、今は一人で旅の途中だ。何処かの国でメンバー選出している最中でなくて良かった。

 勇者は腰を下ろし、携帯している食料で昼食にすることとした。


「お待たせしましたー、勇者くん」


 間延びしているのかテキパキしているのか分からない口調の持ち主からの声が届いたのは、食事が終わってすぐだったので、たいして時間はかかっていない。きっと、この声の人物が神様のお尻を叩いてくれたんだろうと、勇者は心の中で感謝する。


「確かに、闇落ち回避を確認したんですケドー。勇者くんが言うように、巻き戻し前との差異が結構出ているんですケドー、それもこれも神様のせいなんですケドー」


「いやんっ。勇者様、さすがー。神様の儂でも知らなかったことを突き止めるなんて、凄いですぅ。センスある勇者様ならではって言うかー。やっぱ、勇者様ってそうなんだーって思ってぇ」


「……は?」


 堪忍袋耐久テストはまだ続いているらしい。


「神様、ウザいんですけどー」

「え、男に喜ばれるのは「さ・し・す・せ・そ」じゃろ?」

「さしすせそって何なんだ、くそじじぃ!?」


 神曰く、男を喜ばれるさしすせそとは「さすが」「知らなかった」「すごい」「センスある」「そうなんだー」だそうだが、勇者には意味が分からない。


「古いんですケドー、いまは「あ・い・う・え・お」なんですケドー」

「え、それ知らないんですケドー」

「真似しないでほしいんですケドー。そもそも、可愛い女の子がするならともなく、草臥れたじじぃがやっても意味ないんですケドー」


 男を落とす女子のモテテクだという「さしすせそ」。確かに、神様がしても意味はない――どころか勇者の心を荒ぶらせ煽り立てると言う意味で逆効果はあるようだ。


 神との対話では埒が明かないと、勇者は話しかける相手を変える。


 それによれば、巻き戻しの時点でそれを拒否する魂があり、その魂は前世からの転生で必要な処置がされずに傷だらけであった事、浄化に時間がかかる為に狭間にいた魂を代替とした事、その魂の持ち主が暗黒竜となる筈だったスピネルを救ったシシィ・ファルナーゼである事が判明したと言う。


 そもそも魂が傷だらけであったのは神様のせいだし、代替を指示したのも神様だ。原点に戻って考えれば、巻き戻しをせねばならぬ事態になったのは、勇者選定から三日で暗黒竜を倒せといった神様の無茶ぶりのせいだ。


「確かに。なにもかもクソジジイのせいですね」

「そうなんですー。勇者くんには申し訳ないんですケドー、お仕事無くなっちゃたんですケドー」

「あ、それは構いません。むしろ幸運でした。またあの竜と対峙することになるのは怖かったですし。なんで、神託を降ろしてもらえますよね、神様?」


 さすがに神託を降ろすのは神でなくてはならないだろう。


「任せるのじゃー。っていうかー、儂がちょーっとミスしたせいで、竜を闇落ちから救えたんだから褒められても良くないー?」

「結果論なんですけどー」

「いいじゃんっ、結果オーライじゃっ」


 勇者は、神にこの騒動のさなかにいるかの国の者たちに事情を説明する許可を貰い、それが伝わってから神託を降ろすということとなった。神様にそれを依頼しても果たされるかどうか分からなかったので、傍に居る名も知らぬ人物と時期の相談をし、絶対に神のうっかりを見逃さないでくれと懇願した。


 神は最後まで「闇落ち回避は儂のおかげじゃー」と叫んでいたが、二人とも絶賛スルー中で相手にして貰えなかった。


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