上 下
73 / 129
第三章

71 前回と前世と乙女ゲーム 1

しおりを挟む


「第一王子殿下、先ず、これからお話しすることは別の世界で作られたお話であることをお含みおき下さいませ」


 やや強張った表情のセレンハート嬢が、そう前置きした。


「ファルナーゼ嬢からも聞いているので、その辺りは心配をしなくてもいい。人払いもしてあるから、気を楽にしてくれ」




 ファルナーゼ嬢から、内密に話がしたいと言われたのが三日前の事だ。

 多分を憚る話であるという事、セレンハート嬢も同席する――というよりセレンハート嬢からの話が主体であると言う。

 前回、ファルナーゼ嬢の父である宰相に手配りしてもらって茶に招くという形を取った事があるが、今回は宰相にも内密にと言われ、生徒会活動がない日に生徒会室でということにして、今日がある。

 ファルナーゼ嬢とセレンハート嬢だけかと思いきや、ファルナーゼ嬢の傍付きの少年も付いてきた。これは想定内であるが、セレンハート嬢が誰も連れてこなかった事に驚いた。


「殿下、レナには私の事情は話してありますが、殿下の状況は話しておりません。レナはその件に関してお話しできる事があるのですが、胸襟を開いてお話をされてみて頂きたいのです。――あのような悲劇を再び起こさないために」


 あのような悲劇。

 ファルナーゼ嬢が言うのは勿論、私の”前回”の事だろう。だが、セレンハート嬢は前回の出来事に関わりは無かったが……。

 だが、君が「悲劇を起こさないために」と動いてくれたのだ。私に否やは無い。


 そう言ったらきっと君はまた「盲目的に信じてはいけない」と言うだろう。そういう君だから信じているのだけれど。


 ファルナーゼ嬢がチラリとセレンハート嬢を不安げに見やると、セレンハート嬢はファルナーゼ嬢の気持ちなど把握済みだと言わんばかりに宥めるような笑顔を見せた。


「シシィ、言ったでしょう?あなたの事を私は信じておりますもの。あなたが必要だと思っていることなら、私に否やはありえませんわ」


 私が言いたいけれど言えない事を、セレンハート嬢に言われてしまった。そして、私が信じると言った時には苦言を呈したファルナーゼ嬢は、セレンハート嬢の言葉で万感胸に迫ると言った風情になっている。何故だ。言っていることは同じような事だと思うのだが。


 腑に落ちない気持ちながらも、私はセレンハート嬢に”前回”の話をした。


 前世のあるファルナーゼ嬢ならともかく、誰が聞いても妄想としか思えないような私の話に、だが、セレンハート嬢は真剣に耳を傾け、時折質問を挟みつつも最後まで混ぜっ返す事も疑うこともなく聞いてくれた。


「なるほど……。ええ、シシィ、貴女がなぜ私と第一王子殿下の対話を望んだのかは分かりました。そうね。きっと、私は役に立てると思うわ」

「そうよね?私では駄目だけれど、レナなら分かるでしょう?」

「ええ、大丈夫よ、シシィ。私に任せて」


 セレンハート嬢が宥めるようにファルナーゼ嬢の背を撫でていると、その背後にいるファルナーゼ嬢の傍付きが憤懣やるかたないといった目で二人を見ている。この少年はファルナーゼ嬢とセレンハート嬢の交友が気に入らないのだろうか。

 そう思ったのが顔に出たか、傍付きは表情をさっと消した。


 後々知ったことだが、傍付きのスピネルはファルナーゼ嬢至上主義で、彼女に近づく者は老若男女すべからく気に入らない男だった。本人から聞いたのだから間違いない。側付きとしてそれはどうかと思うが、ファルナーゼ嬢がそれを受け入れて良しとしているようなので、嘴を突っ込むような真似はしないことにしている。


「殿下、今のお話に出てきた令嬢はマリア様ですわね?」


「え!?マリア様!?ヒロインちゃんって高等部で留学してくるんでしょ?マリア様は中等部に入学してるよ!?」


 どちらから驚けばいいのか。

 マリアの名前が出たことか、ファルナーゼ嬢の口調が乱れたことか。


「シシィ、その辺りはこれからお話しさせていただくわ。いい子だから黙って聞いてちょうだい?」


 ――それと、口調。崩れているわよ?

 セレンハート嬢に言われ、ファルナーゼ嬢は慌てて口を押えてこちらを見たが、もう言葉は口から出ているので取り返しは付かない。流石にこの近距離で聞こえなかった振りも難しい。


「あー、公の場では問題があるが、他人の耳が無ければ口調は崩しても構わない。ファルナーゼ嬢はそちらが素なのだね?」


「しっ失礼いたしました。レナと話しているとつい……。レナが余りにも驚かすのですもの」


 私に気安い口をきくのはやはり抵抗があるのか、言葉を正したファルナーゼ嬢に苦い笑いが零れる。


「第一王子殿下、先ず、これからお話しすることは別の世界で作られたお話であることをお含みおき下さいませ」


 そう話し出したセレンハート嬢の紡いだ物語は、巻き戻りと言う誰が聞いてもあり得ないと言われるだろう経験を持つ私でも、にわかには信じがたい事だった。


 だが、この話を飲み込まないと未来にはまた悲劇が待っているのであろうことは理解が出来る。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

(完結)親友の未亡人がそれほど大事ですか?

青空一夏
恋愛
「お願いだよ。リーズ。わたしはあなただけを愛すると誓う。これほど君を愛しているのはわたしだけだ」  婚約者がいる私に何度も言い寄ってきたジャンはルース伯爵家の4男だ。 私には家族ぐるみでお付き合いしている婚約者エルガー・バロワ様がいる。彼はバロワ侯爵家の三男だ。私の両親はエルガー様をとても気に入っていた。優秀で冷静沈着、理想的なお婿さんになってくれるはずだった。  けれどエルガー様が女性と抱き合っているところを目撃して以来、私はジャンと仲良くなっていき婚約解消を両親にお願いしたのだった。その後、ジャンと結婚したが彼は・・・・・・ ※この世界では女性は爵位が継げない。跡継ぎ娘と結婚しても婿となっただけでは当主にはなれない。婿養子になって始めて当主の立場と爵位継承権や財産相続権が与えられる。西洋の史実には全く基づいておりません。独自の異世界のお話しです。 ※現代的言葉遣いあり。現代的機器や商品など出てくる可能性あり。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ

Kouei
恋愛
 夫が寝言で女性の名前を呟いだ。  その名前は妻である私ではなく、  私の義姉の名前だった。 「ずっと一緒だよ」  あなたはそう言ってくれたのに、  なぜ私を裏切ったの―――…!? ※この作品は、カクヨム様にも公開しています。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...