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第三章

68 デート

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「デートなのに……」


 ぶちぶち言うスピネルを引き摺るようにして来た場所は冒険者ギルド。

 死亡フラグが回避された今、私が冒険者として生きていくことはない。公爵家の娘として家を守る事が私の役目だ。


 でもさー、一時は出奔して冒険者になるつもりでいた訳なので、外観を見ただけの冒険者ギルドの中に足を踏み入れて見たかったのだ。


 大人スピネルはいい感じのマッチョで、最初に見たときはうっとりしてしまった。

 ゴリマッチョでも細マッチョでもなく、過不足なく付いた筋肉は見せかけのものではない使うためのもので、まさに私の理想の体だ。


 前世の兄たちのようなゴリラ系や、肉の付いていないヒョロヒョロでなかったことに胸をなでおろす。


 スピネルならゴリラでもひょろでも好きだけど、やはり程よい筋肉質な体の方が目に楽しい。


「冒険者ギルドに来て何がしたいんですか、シシィ」

「何がしたい訳じゃ無いよ。ただ、見てみたかっただけ」


 一応お忍びという事で、私はちょっと裕福な庶民という服装。ガワは公爵令嬢なのでいいとこ嬢のオーラが隠しきれていないが、こういう恰好していれば「お忍びなので気を使わないでね」という暗黙の了解が得られる。


 スピネルは何故かお父様の若かりし頃の服を借りている。わざわざ買うのは勿体ないし、借りるにしてもスピネルの事情を知っているのはお父様とお母様だけなので、下手な相手には頼めないからだそうだ。


 しかし、来客も多いファルナーゼ家では、お客様用に色々なサイズの服を用意していることを私は知っている。だから、お父様の服をお母様が用意したのは多分、ただ面白そうだからってだけだと思う。


 そう言う格好のスピネルにお嬢様と呼ばれるのは周囲の耳によろしくないという事で、彼には名前で呼ぶように言った。嫌がるかと思ったけど、何故か嬉々として名前呼びをしている。楽でいいけど。


「もしかしたらお世話になるかもしれなかった場所だからね、死亡フラグ回避記念?に」


 物見高かっただけともいう。


 ほら、前世の知識があるからさー、冒険者ギルドって一度は見てみたいもんでしょ?


 冒険者ではないので依頼を受ける訳でもなく、もちろん登録する訳でもない。依頼することもないので、まるっと社会見学的なおのぼりさん状態である。ギルドにとっては迷惑かなとも思ったけど、ギルド内の食堂は美味しい事で有名で周辺の一般客も来るというので特に問題は無かった。


 依頼票を見たり、受付さんと冒険者さんのやり取りをこっそりと盗み見したり、売店みたいなところで商品をひやかしてみたりしてから冒険者ギルドを出た。


「満足されましたか?」


 呆れたような、それでいて微笑ましいとでもいうような声でスピネルが尋ねる。


「うん、楽しかった!ねぇ、スピネル。口調をもっと崩してよ。いっちゃんやそうちゃんにはもっとくだけてたでしょ?」


「あいつらには丁寧に話す必要はありませんから」


 手を繋いで街歩きをしながら、いろいろな店をひやかしたり屋台を覗いたりするのが楽しい。お嬢様生活が苦痛と言う訳ではないが、記憶を取り戻してからは少々窮屈に感じることもある。獅子井桜の記憶が、気取らない街の生活を求めているところもある。


「お屋敷とか人目のある所でもなんて無理は言わないから、二人の時だけでいいから」


 私がそう言うと、スピネルは暫く考えたあとに致し方ないといった風情で頷いた。


「無理はしなくてもいいから、出来るだけお願い」


「うん、分かった。シシィが望むなら」


 スピネルが甘い。いや、もともと私には甘かったんだけど……なんだろう、お嫁さんにして発言は撤回して仕切り直しに時間をくれとか言ってたくせに、デートだと言ったり手を繋いだり、今の”私が望むなら”の言い方も、お嬢様と傍付きである今までにも聞いたことのある言葉なのに糖度が違うというか。


 私は求婚問題を棚上げして放置したいのにさせてくれない雰囲気というか、じわじわと包囲網が敷かれている予感とか……手に負えなくなりそうでヤバい。


 スピネルはそんな私の気持ちを察しているのかいないのか、お店で可愛い小物をプレゼントしてくれたり、カフェで隣に座ってあれこれと世話を焼いてくれたりと、甘々エスコートをしてくれて夕方前には屋敷に戻った。


 楽しかったけど疲れた。


 大人スピネルを見たときはうぉー!格好イイじゃんか、いい筋肉付いてるぅ!と思っただけだったけど、いつもと距離感違うし、なんか甘いし……。


 今日のあれこれってアプローチだよね?仕切り直しに時間くれって言ってたのはどうなった!?


 棚上げしたはずの問題が勝手に棚から降りてくるんだけど、私はどうしたらいいんだろうね……?



 ◇◇◇


「シシィ様、ちょっとよろしいですか?」


 スピネルの行動への対処を考えて寝られない――事も無く、しっかりと熟睡した私がいつも通りに学園の教室に入ると、珍しい事にマリア様がいた。

 挨拶も無く話出したマリア様を咎めるようにレナータ様が視線を送っているが、当の本人は気付いていないのか気にしていないのか平然としている。


「お嬢様に何か?」


 私を背に庇うように前に立つスピネルは、完全にマリア様を敵認定しているね。私も思う所がない訳じゃ無いけど、いじめ問題にしろ犯罪者認定にしろ噂の元としてマリア様が疑わしいと言うだけで犯人と確定している訳ではないので、あからさまに敵対するのもなんだかなーと思っている。


「スピネル、大丈夫だから」


 私がマリア様に了承すると、放課後に時間を取って欲しいとの事。今すぐではないのは、始業までの短時間で済む話ではないからか、人目が気になるからか。


 マリア様が、もしも二人きりになった時に直接的に危害を加えようとしたとしても、私は傷を負わせずに対処する自信がある。

 もっとも、学園内でマリア様がそんな事をするとは思っていないけど。



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