70 / 129
第三章
68 デート
しおりを挟む「デートなのに……」
ぶちぶち言うスピネルを引き摺るようにして来た場所は冒険者ギルド。
死亡フラグが回避された今、私が冒険者として生きていくことはない。公爵家の娘として家を守る事が私の役目だ。
でもさー、一時は出奔して冒険者になるつもりでいた訳なので、外観を見ただけの冒険者ギルドの中に足を踏み入れて見たかったのだ。
大人スピネルはいい感じのマッチョで、最初に見たときはうっとりしてしまった。
ゴリマッチョでも細マッチョでもなく、過不足なく付いた筋肉は見せかけのものではない使うためのもので、まさに私の理想の体だ。
前世の兄たちのようなゴリラ系や、肉の付いていないヒョロヒョロでなかったことに胸をなでおろす。
スピネルならゴリラでもひょろでも好きだけど、やはり程よい筋肉質な体の方が目に楽しい。
「冒険者ギルドに来て何がしたいんですか、シシィ」
「何がしたい訳じゃ無いよ。ただ、見てみたかっただけ」
一応お忍びという事で、私はちょっと裕福な庶民という服装。ガワは公爵令嬢なのでいいとこ嬢のオーラが隠しきれていないが、こういう恰好していれば「お忍びなので気を使わないでね」という暗黙の了解が得られる。
スピネルは何故かお父様の若かりし頃の服を借りている。わざわざ買うのは勿体ないし、借りるにしてもスピネルの事情を知っているのはお父様とお母様だけなので、下手な相手には頼めないからだそうだ。
しかし、来客も多いファルナーゼ家では、お客様用に色々なサイズの服を用意していることを私は知っている。だから、お父様の服をお母様が用意したのは多分、ただ面白そうだからってだけだと思う。
そう言う格好のスピネルにお嬢様と呼ばれるのは周囲の耳によろしくないという事で、彼には名前で呼ぶように言った。嫌がるかと思ったけど、何故か嬉々として名前呼びをしている。楽でいいけど。
「もしかしたらお世話になるかもしれなかった場所だからね、死亡フラグ回避記念?に」
物見高かっただけともいう。
ほら、前世の知識があるからさー、冒険者ギルドって一度は見てみたいもんでしょ?
冒険者ではないので依頼を受ける訳でもなく、もちろん登録する訳でもない。依頼することもないので、まるっと社会見学的なおのぼりさん状態である。ギルドにとっては迷惑かなとも思ったけど、ギルド内の食堂は美味しい事で有名で周辺の一般客も来るというので特に問題は無かった。
依頼票を見たり、受付さんと冒険者さんのやり取りをこっそりと盗み見したり、売店みたいなところで商品をひやかしてみたりしてから冒険者ギルドを出た。
「満足されましたか?」
呆れたような、それでいて微笑ましいとでもいうような声でスピネルが尋ねる。
「うん、楽しかった!ねぇ、スピネル。口調をもっと崩してよ。いっちゃんやそうちゃんにはもっとくだけてたでしょ?」
「あいつらには丁寧に話す必要はありませんから」
手を繋いで街歩きをしながら、いろいろな店をひやかしたり屋台を覗いたりするのが楽しい。お嬢様生活が苦痛と言う訳ではないが、記憶を取り戻してからは少々窮屈に感じることもある。獅子井桜の記憶が、気取らない街の生活を求めているところもある。
「お屋敷とか人目のある所でもなんて無理は言わないから、二人の時だけでいいから」
私がそう言うと、スピネルは暫く考えたあとに致し方ないといった風情で頷いた。
「無理はしなくてもいいから、出来るだけお願い」
「うん、分かった。シシィが望むなら」
スピネルが甘い。いや、もともと私には甘かったんだけど……なんだろう、お嫁さんにして発言は撤回して仕切り直しに時間をくれとか言ってたくせに、デートだと言ったり手を繋いだり、今の”私が望むなら”の言い方も、お嬢様と傍付きである今までにも聞いたことのある言葉なのに糖度が違うというか。
私は求婚問題を棚上げして放置したいのにさせてくれない雰囲気というか、じわじわと包囲網が敷かれている予感とか……手に負えなくなりそうでヤバい。
スピネルはそんな私の気持ちを察しているのかいないのか、お店で可愛い小物をプレゼントしてくれたり、カフェで隣に座ってあれこれと世話を焼いてくれたりと、甘々エスコートをしてくれて夕方前には屋敷に戻った。
楽しかったけど疲れた。
大人スピネルを見たときはうぉー!格好イイじゃんか、いい筋肉付いてるぅ!と思っただけだったけど、いつもと距離感違うし、なんか甘いし……。
今日のあれこれってアプローチだよね?仕切り直しに時間くれって言ってたのはどうなった!?
棚上げしたはずの問題が勝手に棚から降りてくるんだけど、私はどうしたらいいんだろうね……?
◇◇◇
「シシィ様、ちょっとよろしいですか?」
スピネルの行動への対処を考えて寝られない――事も無く、しっかりと熟睡した私がいつも通りに学園の教室に入ると、珍しい事にマリア様がいた。
挨拶も無く話出したマリア様を咎めるようにレナータ様が視線を送っているが、当の本人は気付いていないのか気にしていないのか平然としている。
「お嬢様に何か?」
私を背に庇うように前に立つスピネルは、完全にマリア様を敵認定しているね。私も思う所がない訳じゃ無いけど、いじめ問題にしろ犯罪者認定にしろ噂の元としてマリア様が疑わしいと言うだけで犯人と確定している訳ではないので、あからさまに敵対するのもなんだかなーと思っている。
「スピネル、大丈夫だから」
私がマリア様に了承すると、放課後に時間を取って欲しいとの事。今すぐではないのは、始業までの短時間で済む話ではないからか、人目が気になるからか。
マリア様が、もしも二人きりになった時に直接的に危害を加えようとしたとしても、私は傷を負わせずに対処する自信がある。
もっとも、学園内でマリア様がそんな事をするとは思っていないけど。
0
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる