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第三章
67 スピネルくんに質問
しおりを挟む土下座で謝罪をし、あっさりと許された私は求婚の件はとりあえず棚上げして、記憶が戻っていたというスピネルに話を聞いている。
私はスピネルが入れてくれたお茶をソファで飲んでいるのに、スピネルは私の横に立ったままだ。一緒にお茶をしようと言っても頷かない頑固者である。
「え……マジ?」
「はい、私は97才になります」
「おじーちゃん……」
先ずは年齢――と気軽に聞いてみたはいいけど、なんとびっくり97才。
「いえ、竜はおよそ百歳で成人と認められますので、おじいちゃんではありません」
真面目くさって言っているから本当の事だろう。
弟のように思っていたスピネルが祖父……どころか曽祖父のような年だったのにも驚いたが、その年になってもまだ未成年というのも衝撃だ。
「あと三年で成人ですので、換算すれば私とお嬢様は同じ年ですね」
「換算していいもんなの?」
「何か問題でも?」
問題ないのか?何か拙い事もとっさに浮かばないから問題なしでいいか。
「あ、記憶を取り戻したなら名前は?」
スピネルという名は私が記憶の無い彼の為につけた名だ。思い出したなら、本名に戻すべきだろう。
きっと、彼の親御さんが愛情持って付けた名前だろうし。
「スピネルです」
「いや、それは私が付けた……」
「スピネルです」
「そうじゃなくてさ、本当の名前……」
「スピネルです」
何このブロークンレコード。
「私はお嬢様の付けて下さった名前を手放すつもりは未来永劫ありません。なので、この先ずっとお嬢様のスピネルなんです」
「お……おう」
不覚にもきゅんとしてしまった。あ、いやいや、駄目だ。駄目でしょ。
「で、でもね?元の名前もきっとお父様かお母様がスピネルを思って付けてくれた名前でしょ?――って、そうだ!スピネル、お家に帰らなくていいの!?」
例え百歳近くてもまだ未成年なんだよね?家族が心配してる!
「ああ、もう、何で記憶が戻った時に言わないかな、もう。私のことを心配してくれたのは嬉しいけど、スピネルの事を心配している人……じゃなくて竜?の事も考えないと!」
お父様とお母様はどうして「元の場所に」って言わなかったんだ?はっ。お父様とお母様が帰るように言わなかったって事は、スピネルには戻る場所がないのかも!?
「成人は百と言っても、それほど意味はないんですよ。私はまぁ色々とあって家に居づらくなりまして、一人立ちしたのが50歳をいくつか超えたあたりでしたから」
「成人の半分?人で言うと8歳位じゃない」
成人年齢から考えると早すぎるような気もするし、50歳にもなってりゃそりゃ一人立ちするよなーとも思う。
「竜族では普通です」
「そう?ならいいんだけど」
竜族は頑強な肉体と、人とは比べ物にならない治癒力を持つ種族なのだそうだが、私と出会った時にはトラブルがあって心身ともに限界だったのだという。トラブルの内容は気になったが、スピネルが話す気はなさそうなので、尋ねることは憚られた。
「お嬢様に助けて頂けなかったら、私はもうこの世にいなかったかもしれません」
「良かったー。あの時に森に行って。あ、成長を止めたのも竜の力?」
スピネルは学園に先に入学するの嫌さに「成長を止める」と言って本当に止めてしまった男だ。
その時は「異世界だからねー」と流したが、12歳にもなれば成長を止めるなんてことが異世界あるあるではないって事くらい分かる。
「竜の力と言えばそうですね。お嬢様に拾ってもらった時、私は消耗が激しすぎて本能で幼体へと変化していたんです。体が小さい方が必要とする精気の熱量が少なくて済みますから。ファルナーゼ家で過ごさせていただくうちに本来の体に近づいていたんですが、お嬢様を離れて学園に入学するなんて有り得ないので、今度は自分の意思で幼体姿を取るようにしました」
「へぇ。竜って凄いだねー……じゃない!スピネル、今の姿は本当の姿じゃないの!?」
スピネルはビックリ箱だ。聞くこと聞くこと驚きの連続で、驚愕の事実をひとつふたつスルーしてしまいそうになる。
「千年の寿命を持つ竜族は成人まで百年。そのあと八百年は青年期で外見の成熟は非常にゆっくりです。最期の百年でようやく中年から老年になるくらいなので、今、元の姿に戻しますと人で言うとそうですね……二十歳を超えたくらいに見えるかと思います。それじゃお嬢様が学園に行くときに付いていけませんので」
うぉう。弟どころじゃなかった。ちょっと年の離れたお兄さんか。あ、でも、そこから私が死ぬまで老化しない感じっぽいからすぐに追い抜きそうだな。――妹に見える年からお姉さん、お母さん、おばちゃん、おばあちゃんへと変化していっても、スピネルはほぼ20代の青年のまんま。
そう考えると種族の違いって大きな壁に思える。
考えると悲しくなりそうだったので、その件からは目を逸らす。今はまだ子供同士でいいじゃないか。
「えー、見たいなー、見たいなー、スピネルの本当の姿を見たいなー」
わざと手を打ってはしゃいで見せる。いや、見たいのも本当だけれども。
「いま元の姿に戻しますと、服が破れます」
あっさりと断られた。
確かに、12歳から二十歳過ぎに一気に成長したら服のサイズは合わないだろう。じゃ、脱いでからというと「破廉恥」と言われた。
確かにお嬢様が傍付きの男の子に「脱げ」というのは破廉恥以外の何物でもないと気づき、ちょっと頬が熱くなる。やらしい意味で言ったんじゃないのに!!
話し合いの結果、服を用意してからでないと無理という事でスピネルの本当の姿を見るのはまた後日、次の週末に町にお出かけしがてらという事になった。
何でお出かけ?と聞いたらデートだと。
ええぇぇぇぇ。二十歳過ぎの男性が12歳の少女連れてデートって――と思いもしたけど、私も大人と一緒の方が都合がいい事もあるので了承する。
大人スピネルってどんな感じかなー。
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