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第三章

56 公爵令嬢は見た! 2

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 王子様からの召集だか訪問のお知らせだかをビクビクしながら待っている間、またもやマリア様の奇矯な行動を目にした。


 マリア様は相変わらず日替わりメニューの男子と仲良くしつつ、子熊にちょっかいを出しては逃げられているらしい。

 女子を一括りにしていた子熊も、流石にマリア様を個別認識するようになった。私のように友達枠に入れた訳ではなく「触るな危険」「発見し次第逃走」と残念な方向ではあるが。


 女子相手にキツイ事も言えないし、鬱陶しいからって実力行使で排除する訳にもいかない。そのため、彼に出来ることは関わり合いにならないように、遠目に発見したら道を変えるとか一人にならないようにして話しかけられる隙を極力減らすとか、消極的ではあるがそれしか手段がないという状況のようだ。


 なぜそれを知っているかと言うと、本人から愚痴を聞いているからである。


「レオナルド様がクスバート嬢を引き受けてくれれば楽になるんですが」

「ちょ、おい、スピネル、それ、人身御供ってやつだろ!?勘弁してくれよ」

「お美しい方ではないですか、伯爵家という事で家格も釣り合いが取れています」


 子熊のミーシャは伯爵家の三男坊。マリア様は伯爵家の養女。確かに釣り合いは取れていると言える。

 ミーシャは将来的に騎士となり、いずれは騎士爵も得られるだろう。武功を立てればもっと上の爵位を叙勲されるかもしれない。


 学園内でのミーシャの評判は上々だし、マリア様だけでなく狙っている女子は多そうだ。


「……なんか、あの女コワイ。話しかけられると逃げたくなる」


「へぇ?一学期の終盤からはあまりお話はしなくなったけど、その前までは結構お喋りしてたし、その時はいつも穏やかに微笑んでいる、如何にもご令嬢って感じに思えたけど」


 ミーシャは女の子慣れしていないから、グイグイ来られると逃げたくなるのかも。あと、他国育ちで、ちょっと常識にずれがあるみたいに思えるときもあるし。


「あ、でも、ターゲット変えたみたいだし!」


 ミーシャが言うターゲット変更に関しては、私も心当たりがある。

 というか、現場を見たのだ。



 ◇◇◇


 あれは先週の事。


 放課後に行った図書館で随分と時間を使い、帰ろうとした頃にはもう生徒はまばらになっていた。


 校舎沿いに門へと向かっていた私とスピネルは、窓越しに廊下の曲がり角で何かを待っている様子のマリア様を発見し、何をしているのかと足が止まった。


 マリア様は私やレナータ様達に教室外で会うと、唇を噛んで俯き、身を震わせるような態度を取るようになってしまっていたので、私たちAクラスの女子はなるべく距離を取るようにしている。


 いったい、彼女はどうしちゃったんだろうね?怯えられる理由が分からない。学園では暴れん坊お嬢様モードじゃなく令嬢モードでいるのに。


 なので、近寄らずに遠くから彼女の姿を見るにとどめる。そのまま立ち去らなかったのは、彼女の挙動が不審だったからだ。


 チラチラと曲がり角から顔を出しては引っ込める姿は、誰かを待ち伏せしているように見える。傍から見たら不審者っぽい。


「何をしているんでしょうね?」

「ワカリマセン」


 いや、マジで。


 そのまま様子を見ていると、マリア様はびくんと体を震わせたあと壁に寄り掛かり、手鏡を出してそれを覗きこみ始める。


「身だしなみチェック?」

「いえ、あれは顔を出さずに、向こうからやって来るあの人を映して見ているのでは……?」


 スピネルにそう言われて視線を向けると、マリア様が待機している曲がり角に向けてやってくる男性が一人。知らない顔だが、落ち着いた様子と雰囲気から先輩っぽく思える。


「なるほど。マリア様はあの人を待ち伏せていた、と」

「……恐らく」


 スピネルと話している間にも先輩らしき男性が近づいてくる。


 と、思ったら……


「きゃっ」


 マリア様が勢いよく飛び出して、男性にぶつかった!


「えー……と、クスバート様は、いったい何をなさりたいのでしょう?ぶつかられた方は存じませんが、もしも高位貴族だった場合、問題になるのでは――?」


「いや、学園内でぶつかった位で問題にはならんでしょ。悪意をもってとかならともかく、あれは偶然を装ってるんだし」


 これはあれか?印象的な出会いを演出したかったのか?

 パンを咥えて「いっけなーい、遅刻しちゃうー」と走っている女の子が曲がり角でぶつかった男の子と運命の出会い的な。だが惜しい、パンは咥えていない。

 いや、貴族のお嬢様がパンを咥えてドタバタ走っていたら、運命の出会いで胸キュンどころか「何、コイツ……」と忌避されるだろうから、この場合はパンを咥えていなくて正解か。


「ご……ごめんなさい。急いでいて前を見ていなくて――。あの、大丈夫ですか?」


 マリア様は両手で口元を抑え、眉を八の字にして上目遣いで男性を見つめている。勢いよくぶつかったように見えたが、助走をつけていた訳ではなし双方に物理的ダメージは無いようだ。

 これを、暴れん坊令嬢がやったら相手を吹っ飛ばしてしまうかもしれんな、うん。


「問題ありません。これからは気を付けるように」


 あー、やっぱりパンを咥えていないからか、運命の出会いではなくただ単に不注意な令嬢にぶつかられムッとした感じかぁ。


 注意だけして立ち去った男性の背中を見るマリア様は、先ほどまでの怯えた小動物の可愛らしさを何処かへ吹き飛ばして舌打ちして、小声で何かつぶやいている。


 デジャヴ。


 以前に見なかった事にした、マリア様と子熊の会話とその後と同じじゃないか。


「これも……見なかった事にしますか?」

「うん。相手は知らない人だし、マリア様に関わると、こっちにとばっちりが来そうだし」


 スピネルと頷き合って、何もなかったこととした。



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