上 下
57 / 129
第三章

55 不敬

しおりを挟む


 王子のクソッたれーっ……クソッたれーっ……たれーっ……。


 自分の発した言葉のエコーが脳内に響いている。そのせいで王子様が何か言ったようだけど聞き取れなかった。

 ヤバい。本人に面と向かって言った訳ではなくとも、どう考えてもこれは不敬。え?死亡フラグって向こうからやって来るんじゃなくて、自分で立てちゃったって事か、コレ。


 不敬罪で断罪されても冤罪じゃない。まごうことなく私の口から出た言葉だものな。


 お父様、お母様、スピネルごめんなさい。


 あれだけ悪役令嬢だの婚約は死亡フラグだの冤罪で断罪だのと言っておいて、死因は自業自得の不敬罪でした……チーン。


 なんで王子のクソッたれ何て言ったんだ自分。神様のイケズでも海のバカヤローでも良かったじゃないか。ああ、クソッたれなんて言葉を吐いた時点で令嬢失格。淑女試験落第。学園も退学で、あ、冒険者になれんじゃね?いや、違う違う。不敬罪だってーの。


 そもそも、接点のない王子様を罵倒するのが悪い。うん、分かってる。王子様、私に何もしていないもんなー。ただ、記憶を取り戻してからずっと「王子様さえいなけりゃ、死亡フラグなんて関係なしに、剣と魔法の世界で第二の人生を謳歌していたのに、キーッ!」という憤り――いや、逆恨みか、そういう理不尽な感情が私の中にあったのだ。


 それはともかく、この場をどうやって切り抜けよう。切り抜けられるのか?


「シシィ……本当に申し訳なかった。謝って許される事ではないが、それでも謝罪することだけは許してほしい」


 王子様、頭下げちゃったよ!?

 何してんですか王子様。クソッたれ呼ばわりされて頭を下げるとか、なにか特殊な性癖でもお持ちでございましたりするの!?


「第一王子殿下にご挨拶申し上げます。お久しぶりにございます。シシィ・ファルナーゼ、殿下のご尊顔を拝謁し光栄至極にございます」


 震える足を叱咤し、どうにかこうにか立ち上がった私が礼を取ると、王子様は何故かさっきよりも痛みを感じているかのような顔つきになっている。


「……ファルナーゼ嬢、丁寧なあいさつ痛み入る。しかし、ここは学園だ。過度な儀礼は必要ない」


 うん、そうだよね。

 王子様に会った人間がみんなこんな挨拶をしていたら、王子様は学園生活をまともに送れまい。


 でもね、さっきのクソッたれ発言を「あれ?何かの勘違いかな?聞き間違いかな?」って思ってもらえるくらいに、しっかりと令嬢のガワを見せないと、ほら、不敬罪とかね?

 聞き間違いという事でスルー宜しく!


「殿下の寛容なお言葉に感謝申し上げます」


 さて、ここからどうやって逃亡しよう。流石に王子様に話しかけられて「じゃ、これで!」と手を振って去っていくわけにもいくまい。

 ゆっくりと時間を稼ぎつつ頭を上げる。


 と、そこに救世主登場!


「お嬢様、もう、昼休みも終わるお時間です。そろそろ教室にお戻りになられませんと」


 スピネルー!エライ!良くここが分かったね?でも、王子様をスルーはイカンぞ。


「第一王子殿下、こちらは私の傍に仕えております、スピネルにございます」


 私が紹介する声に合わせ、スピネルが王子様に深く礼を取る。


「殿下にお会いできて誠に光栄でございましたが、授業の時間もございますのでここで失礼いたします」


 学生万歳!授業があるって言えば立ち去ってもおかしくない。


「ファルナーゼ嬢。先ほどの話の続きをするために時間を取ってくれないだろうか?」


 これはお願いっぽく聞こえるけど「時間を取れよ」っていう命令だよね、王子様だしさ。断れる立場には無いよ、臣下の娘には。


「殿下の思し召しにございますなら、いつなりと」


 嫌だけど!


 辞去の挨拶も済んだことだし、すたこらさっさと逃げ出す私たち。あ、もちろん比喩だよ。ダッシュしたい気持ちを抑えて、しずしずと令嬢の見本のようにゆったり優雅に去りました。



「スピネルぅー、ありがと、来てくれて。でも、よくあそこにいるって分かったね?」


 スピネルと二人になった事で淑女の仮面は剥がれ、もう、半泣きだ。


「ど、どうされたのですか、お嬢様。あの男がよもや不埒な真似を!?」


 気色ばんで言うスピネルの腕を宥めるようにポンポンと叩いて、私は首を横に振った。


「不埒は私……っていうか不敬?」


 温室の出来事を離すと、スピネルが深いため息をついた。


「とりあえずお咎めがあるような雰囲気ではありませんでしたが、話の続きをという事でしたね」

「うん。クソッたれ呼ばわりをスルーしてくれた……ような気もするけど、お話の続きって言われても、実のある話はしてない。私の暴言を聞いて殿下が私に謝ることを許してほしいって言って……」


 うん、訳わからないね。


「落ち着いて考えると、殿下の様子から私を不敬罪で処罰する意思は見えなかった――と思う」

「第一王子殿下から話をしたいと言われて断れるわけも無し、旦那様に相談いたしましょう」

「そうだね。不敬罪がないならお話しするくらいは仕方ない」


 なるべく近づきたくはなかったけど。

 そういえば、スピネルはどうして私の居場所が分かったのかの答えを貰ってなかった。再度聞いてみる。


「匂いで、です」

「え!?スピネル、魔法で遮断しているんじゃなかったっけ?って、どこまで私の匂いが届いてんの!?そんな強烈な匂い放ってて周囲に迷惑かけてんの!?」


 8歳の頃は五歩離れれば大丈夫だったはず。その後、匂いを遮断する魔法をマルク先生に教わりながら構築したはず。匂いは体臭じゃなくてフェロモン的な何かだったはず……。


「あ、そういえば、クスバート様に声をかけられまして」

「え!?な……なんて!?」

「私に兄はいないか、兄ではなくとも似ている同族はいないかと」


 スピネルの家族に関心があるのだろうか。彼の出身国も分からないのに、マリア様は知っているのか?


「私が”8歳の時に記憶喪失になりまして”と言ったら興味を失われた様子でした」


 だよね。記憶喪失の人間に家族親族の事を聞いても答えは無い。

 ただ……マリア様がなぜスピネルにそんな事を聞いたのかが気になる。


 匂いの話を誤魔化されたと気づいたのは、その夜ベッドに入ってからだった……。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】10引き裂かれた公爵令息への愛は永遠に、、、

華蓮
恋愛
ムールナイト公爵家のカンナとカウジライト公爵家のマロンは愛し合ってた。 小さい頃から気が合い、早いうちに婚約者になった。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

転生幼女ノアは、今日も異世界を満喫する

眠り猫
ファンタジー
鈴本 燐はこの日亡くなった。そして、転生した!イエ~イ!死んだのは悲しいけど異世界に転生出来たからまっいいや~!そして、私の名前はノアにする。鈴本 燐いや、…ノアは今日も異世界を満喫する! はい!(≧∀≦)ちょっと、前の作品が進みにくなったのでこちらも書き始めました! まぁ、まだまだ初心者ですがよろしくです!   あと、ノアの絵募集中です!可愛いけど知的な難しい顔ですがよろしくです!

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

ありがとう婚約破棄!捨てられた転生令嬢は素敵な人生始めます。

ぽんぽこ❤︎たぬき
恋愛
この作品を見て下さりありがとうございました。最終話まで公開が終わりましたので完結としました。作者のゆるふわな設定に難しく考えず読んで下さった方に感謝!感謝!です。 腕っぷしの強い女騎士アニエス。 彼女は日本からの転生者だった。 騎士団に入団したのを機に彼女の活躍が始まる。 前世の関係する人物から言い寄られたり、騎士団長と怪しくなったり。 忙しい毎日なのです。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...