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第三章

54 王子と王太后

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「あなたから聞いていた”前回”とはずいぶん違ってしまったようね、アルナルド」


 おばあさま――皇太后陛下の私室で、人払いをして二人きりの状態で言われ、私は頷いた。

 違ってしまったことのいくつかは、自分から変えたことだ。


 シシィを婚約者にしない。シシィだけではない。私は婚約者の選定を18歳になってからにすると押し通した。

 父である国王、母である王妃は反対したが、おばあさまが私の味方になってくれたことで、渋々ながらも了承してくれた。


 巻き戻って10歳になった私に使える力など大して無い。だが、シシィの事は必ず守らなければならない。迷った末におばあさまに助力を求めた。


 二度目の生であることを、おばあさまにだけは打ち明けてある。なぜおばあさまだけかと言えば、国王と王妃である両親はシシィとの関わりが深すぎたからだ。おばあさまは面識はあるものの、そこまでシシィとの交流は無かった。感情的にならずに私の経験を理解して裁量してくれるだろうと判断した。


 最初はまるで信じてもらえなかったが、立太子した後に教えられた王家の口伝を諳んじて見せると、その面に驚愕の色を浮かべつつも「今度は間違いたくない」という私の味方になって下さった。



 前回は高等部で留学してきたマリアが、今回は中等部に入学した事。隣国の王の子としてではなく、養子に入ったクスバート伯爵家の娘として。


 時期が大分早いが、彼女の手口は前回と変わらない。


 「可哀想な私」を演出し、周囲の同情を買って敵と定めた対象者を貶める。


 私に婚約者がいたらその者がターゲットになったのだろうが、今回は婚約者がいない。そこで選んだのがクラスメートの女子全員だと言うのだから、いったい何を考えているのか。


 前回のシシィは王子妃教育もあり、特定の者と親しくすることなく周囲とは一定の距離を保っていたので、彼女の人となりを知る者も少なく個人的な友人もいなかった。だから、人の懐に入り同情を買うのが得意なマリアの作戦は上手くいってしまった。


 前回のシシィを一番よく知っていた私とフィデリオがそれを看破せねばならなったのだ。他にシシィを王子の婚約者をしてではなく、シシィ・ファルナーゼという一女性として見る者はいなかったのだから。


 しかし、今回は違う。前回にはいなかった毛色の変わった従者はシシィを敵としたものに対して容赦はしないだろうし、セレンハート嬢らとの交誼も深いものとなっている。クラスでも彼女の人となりが知られていて、彼女の味方は事欠かない。


「コウドレイ侯爵家ですが」


「はい、おばあさま、証拠は集まりましたでしょうか?」


 私には前回の記憶と言うアドバンテージがある。私がシシィに押し付けた冤罪の内容を知っているのだから。

 シシィの罪として挙げた人身売買の本当の犯人はコウドレイ侯爵家。

 おばあさまに巻き戻りを打ち明けた直後から彼らには監視が付いている。シシィの冤罪問題がなかったとしても犯罪者であることが分かっているのだから放置はできない。


「ある程度の証拠が集まったので、そろそろと思ったのですけれどねぇ」

「――なにか、問題が?」


 おばあさまが悪戯っぽく、片目をつむって笑った。


「これも前回とは違ったことの一つね。……ファルナーゼが動きましたよ」


 ファルナーゼが!?何故、ここにファルナーゼの名前が出るのだ。


「宰相が――ですか?」


 いったい何処からコウドレイ侯爵家の情報を掴んだのだ。


「そうね、実際に動いたのは宰相ですけれど、初手はシシィ嬢だったそうよ」


 聞けば、シシィが攫われそうになった少女を救い、犯行に及んだ者どもを捕縛したという。


 シシィが前回と違い過ぎる。


 毛色の違う従者もそうだが、ユニコーンやバイコーンを発見し友誼を結んだり剣や魔術を習ったり。かと思えば犯罪者を捕縛する!?


 私が婚約者を定めない事もマリアが中等部に入学したことも些細な事に思えるほどに、前回のシシィと今回のシシィの差が大きすぎる。

 何度も考えたことだが、私がシシィを婚約者として求めたせいでシシィは将来の王子妃、未来の王妃としていしか動けなくなっただけで、今回は本来のシシィなのかもしれない。


「これで、シシィ嬢の冤罪案件は一つ消えたわね」


「はい。何がどうあろうとも、シシィ……ファルナーゼ嬢を冤罪で落とす事など決して許しません」

「今回は私も付いていますからね」

「ありがとうございます。おばあさま」



 ◇◇◇


 夏季休暇明けにシシィを貶める噂が流れだした。


 犯罪者と縁があるというその噂は、前回であった誘拐・人身売買に関するものだろう。


 前回よりも随分と早いが、組織に関してはすでに関係者を捕縛しコウドレイ侯爵の聴取も始まっている。

 罪のありかはファルナーゼ家にではなくコウドレイ家だということは、幾らもせずに周知されるだろう。


 しかし、なぜこんなに早く噂を撒いたのだろう。


 三階の廊下を歩いているときに何の気なしに窓の外を見ると、シシィが一人でふらふらと校舎の裏手の方へ足を向けていく姿が目に入った。


 前回のマリアは直接的に攻撃するようなことはなかったが、今回と前回との違いが大きすぎて今回も無いとは言い切れない。


 彼女に直接関わるのは避けていたが、万が一の時は陰ながらでも危険を阻止しなくては。


 そう思って校舎を出て彼女の行った方向へ進んで行くと、旧温室から声が聞こえてきた。


「大体、婚約もしていないのに冤罪からの断罪への道筋立つのおかしくないか!?そもそも、冤罪発生が早すぎないか!?アレは17歳の時の筈でしょーがっ。私はまだ12歳だっつーのっ!王子のクソッたれーっ!」


 シシィ……君には前回の記憶があったのか?


「ファルナーゼ嬢……、いや、シシィ。君も覚えていたんだな、私が君を死に追いやったことを――」


 陰ながら彼女を守るつもりだったのに、気が付けば私は温室に入ってシシィに声をかけてしまっていた。


 私の顔を見た途端に真っ青になって崩れ落ちた彼女を見て思った。


 やはり、彼女は私が犯した罪を覚えている。


 お茶会の時に昏倒したのも、いま崩れ落ちたのも、彼女に記憶があるのなら理由は明らかだ。認めたくなくとも。


 私は、彼女にとって恐怖の対象なのだ。


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