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第三章
51 新学期
しおりを挟む問題をお父様に丸投げした私がすることと言えば、そりゃ当然夏休みを謳歌することだ。
犯罪者捕縛という褒められてもいい筈の行いは、何故かお父様とお母様に説教されたのだが、スピネルの強さを知らしめることが出来た為に、彼が付くのならばとお忍びで街に出ることを許されたのでラッキーだと思おう。
両親のスピネルに対する信頼度の高さと、私に対する信頼の無さが浮き彫りになった事は気にしない。外出できることになったのだから、そんな些末な問題は棚上げだ。
もちろんスピネルに否やはある筈もなく、夏休みの間は二人で彼方にふらり此方にふらりと歩き回り、だいぶ街を知ることが出来たと思う。
私が作ったレースや刺繍を買い取ってくれている店を見れたのも嬉しかった。
作者だと名乗ることはせず、お客様として店に入って自分が作った物が売られている様子を見ることが出来たのも、あの犯罪者たちのおかげだろうか。――いや、スピネル様のおかげだね。
ひとつ言わせてもらえるなら、私だってあの程度の男たちを倒せたよ?そりゃ、スピネル程手際は良くないだろうけど。
街での買い物や買い食いも楽しかった。
そして、フラグが折れなかったらお世話になるかもしれない冒険者ギルドを見る事も出来た。
一応、公爵令嬢なのでいますぐに登録と言う訳には行かなったが、それでも外ながらギルドを見ただけでテンションが上がった。出奔するとなったら、登録はここから離れた地ですることになるからこのギルド自体にご縁は無いが、それでも感慨深いものがあるのだ。
街を周るだけではない。
森でいっちゃんやそうちゃんとピクニックをしたり、狭間の話を聞かせてもらったり、彼女らの配下を紹介してもらったりもした。
実に有意義な夏休みだった。終業の日にトラブルはあったけど、あの日はまだ夏休みに入っていなかったのでアレはノーカンだ。
◇◇◇
「シシィ様、ごきげんよう。夏季休暇の間もお手紙で様子は伺っておりましたけれど、やはりお会いしてお姿を見れることがとても嬉しいですわ」
「レナータ様、ごきげんよう。私もレナータ様にお会いできてうれしいですわ」
うんうん、お手紙もいいけどやっぱりお友達とは直接会ってお話ししたいよね。
教室で久しぶりの対面をした私とレナータ様は、どちらからということもなく近づいて手を握り合い再会を喜んだ。
綿菓子のようにふわふわしているレナータ様は、いつも笑みを浮かべている方だけれど、今の笑顔はいつもの穏やかな笑みとは違って感情が表に出ている。その顔を見ただけで、本当に再会を喜んでくれていることが分かる。
あー、もう、ぎゅーってしたいなー、レナータ様。
小柄で栗色の髪が柔らかく波打つ彼女は、チンチラとかモルモットとか兎とか、そういう小動物的可愛らしさがあって抱きしめたくなる衝動を抑えるのが大変だ。
淑女としてね、はしたないとか言われちゃうし。
「スピネル様もごきげんよう。お健やかに夏季休暇を過ごされたご様子で幸いですわ」
「おはようございます、セレンハート様。何度も何度も何度も言っておりますが、私はご令嬢に様付けされるような身分ではございませんのでおやめください」
毎度毎度の苦言をサラッとレナータ様に流されているのに、スピネルはまだ諦めていないらしい。
「マリア様はまだいらしていないのかしら?」
夏季休暇の間は出来ることが無かったので棚上げしていたマリア様問題だが、新学期が始まったので棚から降ろさねばならない。出来れば休みの間にマリア様の”苛められ問題”の噂と彼女の心境がどうにかなっていてくれればいいんだけど、こちらに打つ手がなかったのと一緒であちらにも変化はないかもしれないとも思っている。
マリア様の机を見ると、私より先に教室に入ったようで鞄が机の脇にかけられ、机の上には筆記用具も出ていた。
「ご挨拶も早々に教室を出てしまわれましたの」
レナータ様がちょっと困ったように顎に拳を当てて俯いた。彼女も夏季休暇の間に変化があったらいいなぁという希望を持っていたのだと思う。が、マリア様に変わりは無いようだ。
教室内にるクラスメイト達が「気にするな」「分かっているから」と言うように頷いたり手を振ったりしてくれるのが嬉しい。
もしもマリア様が「私は虐められています」オーラを出していても、Aクラスは成績面は勿論、貴族としての家格が高い子息子女が多く、おまけに、公平で優しさを持つ性格の良い子ばかりなので、事が大きくなってお話し合いをするときにはフェアな態度で証言をしてくれるだろう。
現時点ではマリア様の行動が不可解な事もあって、クラスの男子はこちらに配慮してくれている。
マリア様、もしもオーディエンスの同情を買いたいんだったらAクラスの面々を敵に回すのは悪手だと思うぞ。
「終業の日と違ってご挨拶があっただけまだしもですかしらね?」
挨拶は人間関係の基本だというのは日本でも此方でも変わらないのだ。
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