上 下
51 / 129
第三章

49 事件 5

しおりを挟む


 男たちの言った言葉を理解することを脳が拒否してる。


 ・ この無法者のバックにいる力のある貴族とはファルナーゼ家

 ・ ボスはシシィ・ファルナーゼ


 いや、無いわー。私がボスって言うのは勿論だけど、お父様がコイツ等のバックに付いて悪事をほう助して甘い汁を吸う?無いわー。天地がひっくり返っても無いわー。

 私にベタ甘のお父様だけど、公私のけじめはきっちりつける人だし、職務に忠実すぎて四角四面だの、固すぎて石を投げつけられたら石の方が割れるだの、真面目の上にクソが付くだの言われている人なのだ。


 隣にいるスピネルの真っ黒オーラが、オジサン達だけじゃなくて私にまで影響を及ぼしているので、ちとしんどい。


「これって、お父様が激おこする案件よね?」


 私がそういうと、スピネルのオーラが霧散した。多分、自分の手で制裁するよりもお父様に委ねた方が効果的だと判断したんだと思う。


「はい、旦那様ご自身の事よりもお嬢様を陥れようとする姦計にさぞお怒りになるでしょう。旦那様が怒り心頭に発して関係者を粉砕する未来が見えました」


 粉砕って何だ、粉砕って。あくまで冷静に怖い予見をするスピネルは、すでに目の前の男たちへの関心を失ったようでこめかみをポリポリと掻いている。確かに、お父様は立場柄もあって悪意や非難が自分に向けられることも、策略をもって自分を追い落とそうとする輩が出現したことも冷静に処理するだろう。

 けど、その策略に私を巻き込んだことは許容できないに違いない。


「実行犯を連れて帰れば、あとは旦那様がどうにでもしますよ」


 元々乗り気ではなかったスピネルのやる気が、もう微塵も見当たらない。私がどこまで突進していくのかと懸念していただろうが、お父様に丸投げ案件となってしまったのだから意気込みがゼロになってしまっても仕方ない。


「うん。フルボッコにしようと思ってたけど気の毒になったから、無力化してお父様へのお土産にするだけでいい」


 彼らの未来に合掌。


「お……、おい、コイツ等放ってさっさとずらかるぞ」


 私たちが余りにも余裕な顔をしているからだろう、男たちのうちの一人が逃げる算段をした。


「誰か一人が足止めして、残りでこのガキを連れて行こう」


「はっ、なにビビってんだよ。俺らのバックには、あの……」


 ファルナーゼか私の名前を出そうとしたのであろう男は、いつのまにかスピネルが持っていた小石を投げつけられ、眉間を割られたので続きは言えなかった。


 これで、残りは二人。


「スピネル、あの子を守って。私がこいつらを相手するから」

「逆にしてください、お嬢様。今は剣をお持ちではないのですから」

「平気。元々、無手の方が得意だから」


 前世では剣道よりも空手の方が向いていた。より好きなのは剣道の方だったからあまり芽が出なくても続けていたけれど、選手として伸びたのは空手だった。


「そういう意味じゃありません。剣を持っていないという事は、お嬢様の手があの下種野郎どもに触れるという事ではありませんか。それは許容しかねます。お嬢様が穢れる。穢れた剣は替えればいいですが、お嬢様のおては替えられないのですよ!?」


 は……ははは。触れたら穢れるってどういう事よ。と、混ぜっ返そうと思ったけど、スピネルの顔が余りにも真剣なので「ハイ」と言うしかなかった。


 腰が引けた男二人くらい、スピネルにとっては何の脅威でもなかった。

 スピネルが一歩足を踏み出しただけで、男たちはビクッと体をこわばらせたので、その隙をついて少女を奪取。私が男たちから距離を取るやいなやスピネルが二人の意識を刈り取る。


 簡単なお仕事でございました マル


「もう、大丈夫だからね。あの男たちは背後を吐かせたうえで厳罰に処すことを約束する」


 まだ体を震わせている少女の背を撫でながら言うが、少女の目から不安は消えない。


「でも……あいつら、お貴族様の後ろ盾があるって……。あ、いえ、ごめんなさい。助けてくれてありがとうございますっ」


 礼を言っていない事に気付いた少女が慌てて頭を下げる。


「うん、大丈夫。あいつらの言う後ろ盾って、私のことだから」

「ひぃっ」

「あ、違う違う。名前を語られていただけ!本当に私がアイツ等のボスとかじゃないから!お父様も、そんな人じゃないから!」


 誤解を与えてしまう物言いだったか、反省。真っ青になって震える少女に慌てて弁明するけれど、伝わった気がしない。


 私がわたわたしている間にスピネルは三人の男たちを後ろ手に拘束していた。仕事が早いな、偉いぞ、スピネル。手首を縛った上に、両手の親指同士も縛っている。男たちにそこまでする程の脅威を感じた覚えはないけれど、念には念を入れたようだ。細やかな神経に感服する。


 私は自分が大雑把な事を自覚しているから、スピネルの慎重さを尊敬している。


 まだ怯える少女を宥めつつ、数珠つなぎにした男たちを引き摺るスピネルと共に馬車に戻ったら、馬の暴走による事故の処理は済んでいたようで、青い顔をしている御者がぽつねんと馬車の傍に立っていた。


「お嬢様――――ッ。なんで馬車にいないんですかっ。スピネルもなにして……」


 そこまで声を上げてから、スピネルが引き摺っている男たちに気付いた御者は、短時間で一体何が……と呟き天を仰いだ。


 心配させてゴメン。でも、後悔はしていないのだ。


 路地に入ろうとした私たちに声を掛けてきたおばちゃんが目を丸くしている。あ、そうだ、町の噂話を証言してもらうために、うちに来てもらおう。


 私が名乗って同行を求めると、がたがたと震えながらも拒否する事も出来ずにいるおばちゃんも馬車に同乗してもらう。


 大丈夫、お父様は怖くないからね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜

橘しづき
恋愛
 服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。  そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。     その額、三千万。    到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。    だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……  

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...