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第三章

46 事件 2

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「あー、俺もその噂、聞いたことある」


 スピネルとクラッソ様が本題そっちのけでじゃれているのを横目に、別の男子から声が掛かった。すると、他の子も「僕も」「うん、聞いたことある」「私はBクラスの友人から聞きました」と、出るわ出るわ噂を聞いた事があるという証言者たち。


「まぁ、そんな……」


「あ、僕はそんなの信じてませんから!」

「俺はちゃんと否定した!」

「そうですよ。事実無根なのですから堂々としていてください」


 ヴィヴィアナ様が悲しそうに俯いた。顔立ちがちょっとキツ目だけど、穏やかで優しい方だ。クラスのみんなはそれを知っていて口々に慰めてくれる。優しいな、男子。強そうに見える女子がチラリと見せる弱さにキュンとしたに違いない。私もキュンとした。


「ありがとうございます」


 はにかんでお礼を言うヴィヴィアナ様を見て男子が顔を赤くしているしね。


「でも、困ったな。マリア様はどうしてそんなことを言ったんだろう。誰か、心当たりがあるかな?」


 困惑顔のセバスチアーナ様に問われても、皆首を横に振るばかりだ。


「明日から夏季休暇ですし、今できることはございませんわね。皆様、ありがとうございます。ですが、表立って庇っていただきますと却ってマリア様の”Aクラスでいじめを受けている”という話を信じてしまう方が出てくるかと存じます」


「そうですね。出来ましたら、クラスでそのような行動を見たことがないーー位に留めておいてくださると有難いです」


 レナータ様の言葉にテレーザ様が補足を入れる。


 男子たちは私たちにかけられた濡れ衣を思うと納得しがたい様子だったが、確かに明日から夏季休暇というこの日に出来ることはない。休暇明けに沈静化していることを祈るばかりだ。


 なんとなく白けた雰囲気にはなったが、それを振り切るように「休暇を楽しもう」「休暇明けにまた会いましょう」と言葉を交わして解散になった。

 クラッソ様が脇腹を抑えながら歩いているのを見て、うちのスピネルが申し訳ありませんという気持ちになったが、男子同士の交友に口を挟むのも野暮か。




「マリア様、どういう事なんだろうね?」


 馬車の中、帰り間際に会った話を持ち出すと、スピネルは自分も分からないというように首を振る。


「消しますか?」


「短絡的すぎる!あと、スピネルは私のことを大好き過ぎる!そして過保護!もう少し常識的に考えよう」


 叱っているのに嬉しそうな顔をするスピネルの思考回路が謎だ。ホント、常識を学ぼうよ。


「大体ねぇ……あっ」


 説教かまそうとしたら馬車が跳ね、急停止した。座席から投げ出されそうになった私をスピネルが抱き留めてくれたので大事はない。こういうとき、スピネルが私の匂いを遮断する魔法を覚えてくれて良かったと思う。

 そもそも、その魔法が無ければ馬車に同乗する事も出来なかっただろう。


 いや、まあ、投げ出されたとしても怪我するようなへまをしない自信はあるけども。馬車の中で人目がないとはいえ、王都の中心部で公爵令嬢が華麗に受け身を取るのもどうかと思うしね。やはり助けてもらうのが正解だろう。


「大丈夫ですか、お嬢様」

「うん、スピネルが庇ってくれたから平気。それより、どうしたのかな?」


 馬車のドアがノックされ、御者が焦ったような声で怪我の有無を聞いてきたので、スピネルが助けてくれたから大丈夫だと返す。


「前を走っていた馬車の馬に何があったか、突然暴れ出しだかと思ったら馬車が転倒したようでして」

「まぁ、大変。怪我人は出ているのかしら?」

「そこまでは分かりませんが、じきに保安部なり警備隊なりが来ると思います。それまで馬車を動かすことは難しそうですんで、お待ちいただくことになってしまいます」


 横転した馬車を片付けるにも手間がかかるだろうし、もしも怪我人がいたらそちらの救助が先になるだろう。馬だって怪我をしているかもしれない。怪我がなくても暴れる位に興奮していたら近づくのは危険だ。


「そう。なら、ここから歩いて帰ろうかしら?あなたには馬車を持って帰って来てもらわなきゃいけないから、スピネルと二人で」


「とんでもない!お嬢様をそんな危険な目に遭わせるわけにはいきません!」


 どんな危険だよ。

 王都の中心部で大通り、しかも学園から屋敷までは馬車で15分なんだから、半分過ぎたこの辺りからなら大した距離じゃない。


 それにほら、子どもが一人で歩いているじゃないか。王都中心部がそんなデンジャラスな訳ないでしょー。周辺諸国との関係も良好で戦の気配なし、王家に対する不満が市民に溜まっている訳でもない。危険なのは私の死亡フラグだけだ。


 それに、これってチャンスだと思う。

 いまだに屋敷と学園の行き帰りに馬車のガラス越しに眺めるだけの街を、実際にこの足で歩いてこの目で見たい。


「でも、いつまでも待っていては、帰りが遅くなって屋敷の者が心配するだろうし」


 はい、建前です。


「それはそうなんですが……。じゃ、お嬢様、私が屋敷までひとっ走りして警護できる迎えの人間を回してもらいます。それまで馬車の中で待っていてください」


「えー……」


「スピネル、お嬢様を頼むぞ?」


「はい、お任せを」


「えー……」


 ちっ。


「残念でしたね、お嬢様?」


 スピネルの分かったような顔がムカつく―――っ!


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