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第三章
42 婚約事情
しおりを挟む学園に通い始めて一カ月。クラスの女子達とそこそこ仲良くなれたと思う。
レナータ様は特別枠だけど、あとの4人の方々ともお友達に近い位の立ち位置にはなれた気がする。
フリーニ辺境伯家のセバスチアーナ様。燃えるような赤い髪と緑の瞳。すらっとして背が高く、長剣を得意とする騎士を目指しているご令嬢。元の世界だったらお姉さまと呼ばれキャーキャー騒がれていただろうタイプだ。
クスバート伯家のマリア様。黒髪と黒い瞳が前世の日本を彷彿とさせてちょっと郷愁を覚える。この国ではあまり見ない色彩だ。ちょっととっつきにくい所はあるけれど、いつも笑みを湛えているかなりの美人さん。
アドルナード子爵家のテレーザ様。茶色い髪と茶色い瞳で眼鏡っ子。読書が好きそうだな――という外見のイメージに違わず乱読家なのだそう。ジャンル問わず読みあさるけれど、一番好むのは恋愛小説らしい。好きな物語を熱心に語る姿は、前世の友人であるまっつんを思わせて、懐かしくも嬉しい。
ソルミ候家のヴィヴィアナ様。金髪で青い瞳。ちょっとキツ目の顔立ちでいかにも貴族令嬢!という感じなのかと思ったけど、話してみると気さくで穏やかな方だ。ソルミ侯爵家は子沢山で弟妹が4人もいる長女だそうで、面倒見もいい。
Aクラス女子は、彼女たちに加えて私とレナータ様の六人。最近はこの六人で昼食を一緒にとっている。流石に女子六人の所にはスピネルも入ってこれないようで、クラスの男子と一緒に昼食を摂っている。チラチラとこちらに視線を送ってくるが、私は気が付かない事にしている。
よし、計画通り。
私が女友達を求めていたのは本当だけど、スピネルにも交友範囲を広げてほしかったからね。
「まぁ、では皆さま婚約者がお決まりではないのですね」
そう言ったのはマリア様。彼女は他国の方で、お家騒動があって我が国に避難して来たそうだ。伯爵家の養女になったくらいだから、祖国でもそれなりのお家柄だったんだろう。
きっと彼女の国では12歳にもなる貴族令嬢に婚約者がいることは当たり前で、私たちに婚約者がいない事に驚かれた様子だ。
「ええ、私たちの一つ上に第一王子殿下がいらっしゃるでしょう?殿下は18歳になるまで婚約者を決めないと仰っているので、ある程度の爵位があって年齢が近い娘を持つ家は、もしかしたら殿下の婚約者になるかもしれない――という思いがございますの」
ヴィヴィアナ様がそう説明すると、マリア様は納得がいかないのか不思議そうな顔だ。
「いいのですか?王子殿下が婚約者を定めないなんて」
「あまり宜しくはございませんわね。国王陛下も王妃殿下もご納得はされていらっしゃらないようですが、王太后陛下が殿下の後押しをなさったそうよ。政から引かれたとはいえ、賢紀の名が高かった王太后陛下のお言葉もあって、国王陛下も強くは仰れなかったのですわ」
レナータ様が仰る通り、王様と王妃様は王子様に早く婚約者を立てろとせっついていたみたいなんだよね。お父様から聞いた話だけど。
「私は身分的に殿下の婚約者とは成り得ませんけど、皆さまが婚約をされておりませんから家の者は様子見している感じなのです。出来れば家格の合う相手と物語のような恋がしたいので有難い風潮だと思っています」
テレーザ様は子爵家の令嬢だからね。王子妃になるのは難しい。甘々な恋物語を呼んで恋愛や結婚に夢を見ていられる時間が確保されている今が彼女にとってはラッキーなんだろう。
「私は騎士を目指しているからね。家には跡取りの兄も婚約の決まった姉もいるし、政略的な結婚はしなくても構わないと両親に言ってもらっている」
セバスチアーナ様は国の守りである辺境伯家を誇りに思っていて、自分もその一端を担いたいと幼い頃から思っていたと得意げに微笑んだ。
恰好イイ人だと思う。けど、まだ12歳だからね。これからどんな出会いがあるか分からないし、恋はするものではなく落ちるものだというじゃないか。
――いや、そういう経験はないけども。
騎士団なり軍なりに入って、同じ視点で国を見て共に戦える男性との結婚とかもアリだと思う。
親世代としては家同士の契約である婚約を先延ばしにされる今の状況は有難い事ではないだろう。
けど、乙女としてはねー。会ったこともない相手と、条件が合うってだけで自分の意見が全く入っていない婚約なんて、この年からしたくないよ。
王子様が婚約者を定めていないのは、王家や貴族の親世代にとって頭が痛い事ではあっても、私たちの世代の女子にとってはラッキーだと思う。
「私も、元の家で事情があって婚約者はおりませんの。私を迎えてくれたクスバートの両親も急ぐことはないと言ってくれていますし、先ずは新しい生活に慣れてから、かしら?」
そうだねー。国を越えてきたんだもん。元の家で騒動があったという位だから、精神的な安定は大事だし、この国の風習に慣れる時間も必要だ。
他国のご令嬢だった過去があるにしても、その家が不穏ならば王子妃になるのは厳しいだろうけど、家格がそれほど高くない家相手ならばクスバート家を縁を結びたい家は幾らでもあるだろう。
ともあれ、六人とも優先しなきゃいけない男がいる訳ではないので、女子同士できゃっきゃうふふと楽しみたいものである。
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