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第二章

32 死んだときの事を覚えていますか?

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 余り探りを入れ過ぎると警戒されると思い、そこからは他愛のない話をした。

 前回の彼女の好んでいた刺繍や楽器の演奏の話を振っても受け答えは捗々しくない。王子妃教育の間も、少ない自由時間を費やしていた筈なのに、どうしたことだろう。


「ああ、そういえばユニコーンとバイコーンを発見したのはファルナーゼ嬢だとか」


 宰相であるシシィの父ファルナーゼ公からもたらされたその情報は、騎士団と魔術師団の検証で事実であると判明していた。

 学者団が前のめりでぜひ自分たちにも邂逅の栄誉を!と名乗りを上げたが、今のところそれは保留されている。


 研究の為にと暴走しがちな彼らに許可を出せば、幻獣を解剖しかねないとは父の談だ。


「ええ!そうなんです。あの子たちには私が名前を付けたのですわ!」


 今までで一番食いつきの良い返事が返って来て、その意外さにやや腰が引けた自覚がある。

 ――小淑女は何処へ?


「付けた名前を伺っても?」


 報告は聞いているが話の継ぎ穂として訊ねてみる。


「ええ。ユニコーンは一角、バイコーンは双角と名付けましたの。愛称呼びの方が親しみが深くなると彼女たちに言われて、いっちゃん・そうちゃんと呼んでおりますわ」


 そう幻獣の事を話すシシィは先ほどまでの警戒心はどこへやら、私の腰が引けた分だけ前のめりになっている感がある。


「いっちゃんもそうちゃんもリンゴが好きなんです。今まで生でしか食べてこなかったと言うのですが、アップルパイが口に合ったようで会う度に強請りますの。そうそう、最初に会った時はリンゴの事で喧嘩していて、森の木々がなぎ倒されているわ地面は抉れているわでどれだけの軋轢があったかと思いきやリンゴの取り合いなんですもの。それを聞いたときは笑っていいものか悩みましたわ」


 それを思い出したのかクスクスと笑う彼女に、私の知っているシシィの面影が無い。

 彼女は本当にシシィなのか?記憶を失っていた事は聞いているが、それだけで別人のように変化するものだろうか?

 今の生は私が知っている前回とは違いが出ていると思っていたが、彼女の変化著しい姿をどう受け止めれば良いのであろう。


 私はシシィを信じ彼女を守ると決めているが、今の彼女は私の知らない人間だ。

 無条件に信じると言い切っていいのだろうか。


 そう悩みつつも、表情は変わらず笑みを浮かべている筈だ。私はそう教育されているし、10歳の体ではあるけれど精神的には18歳まで成長しているのだから尚更だ。

 それなのに


「どうかなさいましたか?」


 シシィが自分の内心を見透かしたかのようにそう聞いてくる。

 こういう所は変わらないと思う。前回も彼女は私が隠そうとする動揺や憤り、悲嘆などを的確に探り当てていた。


「いえ、一角と双角、ですか。ファルナーゼ嬢から名を貰い親しくしている様子を聞いて少し羨ましくなりました」


 考えていた事とはまるで違う言葉をすかさず出せるのも、そうあるべしと育てられた結果だ。


「あ、でも、名を初めて付けたのはいっちゃんとそうちゃんじゃないんです」


 そう言って後ろを向いたシシィの先にいるのは、褐色の肌の少年。シシィに視線を向けられた少年は私に向けた射るような目でなく、慈しむような優しい顔をして彼女に向かって頷いていた。


「この子はスピネルと言うんですが、記憶がなく自分の名も分からなかったんです。私が名付け親で初めての友人ですの」


 嬉しそうなシシィの言葉が私の胸を刺す。そんな資格も無いのに、私より傍に居る彼に妬心を覚える。

 たとえ彼女に前回の記憶が無かったとしても、私の罪は消えない。どう償えばいいかも分からない。こんな醜い感情を持つ資格などないのに、勝手に湧き上がってくるこの思いを一体どうしたらよいのだろう。


「仲が良いのですね」


 妬ましさを滲ませないよう、微笑ましいと思っていると感じさせるように気を付けながら言うと、シシィと少年――スピネルは顔を見合わせて微笑みあい頷き合う。ああ、チリチリと胸を焼く妬ましさがこぼれ落ちそうだ。そんな資格はないのに。

 私の表情は平静を保っているだろうか。


 もしもシシィが前回の記憶を持っているとしたら他聞を憚る話もあるだろうと、私の従者や護衛は部屋までは連れてきていない。

 彼女の様子を見ていると前回の記憶は無いように窺えるが……そう判断してもよいものかどうか。


 このように人払いをしたうえで話をする機会はそうそう巡っては来ないだろう。ここで確かめてしまうのは性急すぎるだろうか。

 だが、どっちつかずの状態にいたくはない。


 思いきって――


「ファルナーゼ嬢は死んだときの事を覚えていますか?」


 覚えていてほしくはない。私の罪が明らかになるせいではない。彼女があの辛い記憶をその身の内に抱え込んでいてほしくはない。

 覚えていてほしい。私に謝罪の機会を与えてほしい。君の望むままの罰を受けよう。首を差し出せと言うなら従う。


「え?私、死んだのですか?」


 きょとんとした顔は、演技には見えない。

 ああ、君は前回の事を覚えていないのか。


 私の罪を知っているものはいないこの世界で、どう贖えばいいのだろうか。


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