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第二章

30 名付け子会談

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「一角、双角」


 ファルナーゼ家の裏にある常世の森で、僕はシシィお嬢様に餌付けされた二匹の名を呼んだ。


「なんじゃ、妾を呼んだのは小僧かえ」

「いっちゃんと呼びなさいな。あたくしにその名は少々厳めしすぎますもの」


 待つほどの事も無く現れたのはユニコーンの一角とバイコーンの双角。

 名付け親はシシィお嬢様なのだが、その感性には少々疑問を覚える。ああ、僕の名である”スピネル”は宝石から取ったとの事で、これに関して文句はない。

 むしろ彼女らのように珍妙な名を付けられなくて心からホッとしているし、感性に関しては僕の名づけをした時が特別だったのか、彼女らの名を付けたときが異常だったのかは気になるところではある。


「狭間に僕とお嬢様を連れて行くことは可能か、一角」


 もちろん、僕は”いっちゃん”などとは呼ばない。


「可能か不可能かで言えば可能ですわね」

「なんじゃ、二人の新居に狭間を選ぶのかえ。酔狂じゃの」


 二人の新居……良い響きだが、お嬢様に今現在そんな気が無い事は分かっている。将来は分からないが。――というか、将来は別の意識を持ってもらう事に僕は決めている。


「詳しい事はお嬢様の許可を得ていないので話せないが、8年後にお嬢様に命の危機が迫る可能性がある。そうならないようお嬢様も公爵様も奥方様も腐心なされているが、万が一の時は僕がお嬢様を攫う事に決めた」


「まぁ……。愛の逃避行ですわ。ロマンスですわ」

「一方通行じゃがな」


 大きなお世話だ。


「小僧の里に戻れば良かろうに。妾は狭間にシシィと小僧が来ることは歓迎するが、シシィはあの地で幸せになれるのか分からぬ」


「人は人と群れる生き物ですもの。あたくしもあなた方を歓迎することは吝かではないけれど……」


「僕の里……」


「そうじゃ。お主の匂いを嗅いだときから分かっておったわ」


「記憶は戻ったのでしょう?」


 つくづく憎たらしい獣だ。人が触れてほしくないところを狙ったように突きまわす。


「シシィに保護され一年。体もすっかり戻ったのではないかえ」


「ほんに。消耗して幼子の姿しか取れなかったあの時とは違い、今はもう元の姿に戻れるでしょうに」


「記憶が戻った事は告げぬのか」


 肯定していないのに、何故か記憶が戻ったことを前提として話されている。――確かに戻っているのだが。


「お嬢様は今、自分の事で目一杯だ。僕の事で煩わせることも苦慮させることもすべきではない」


 これは本音だ。本音だと言うのに、忌々しい獣共は歯をむいて笑う。


「追い出されたくないのよねぇ……」

「そうじゃな、あのお嬢さんは、お前を親元に帰したがるだろう」

「あたくし達を”元の所へ戻して来い”と言ったお父上もいらっしゃる」

「人の子と思われておる小僧では尚の事”元の所へ”となるであろう?」


 そんなもの。記憶を取り戻したうえで「帰る場所はない」と言えばいいだけだ。ただ、それによってお嬢様が僕の事で憂うのは頂けない……こともないか?今よりさらに僕を構うようになるのではないだろうか。それはそれでいいかもしれない。

 僕を気遣い、僕を思い、僕に優しくしてくれるお嬢様。


 いやいや、今はそれどころではない。


 王子とやらが寄越した使者は、シシィお嬢様の見舞いに来ると言う先触れだった。


 お茶会で倒れた彼女を心配するまではいい。不要だが、まあ、仕方ない。だが、王子が一家臣の娘の見舞いをするか?お嬢様は「もう元気だから見舞いは不要」と退けようとしたが「お元気になられたのでしたら、お茶会で出来なかった挨拶を」と言われ撃沈していた。


 お茶会の続きをするよりは見舞いのほうがマシだと考えたのか「そんな恐れ多い……。ああ、お母様、また目眩が」とソファに倒れ込んだが、あれはハッキリ言ってわざとらしすぎて演技だという事がバレバレだった。

 使者も苦笑いをしていたが、幸いな事にお嬢様はそれに気づいていないようだった。


 使者が帰ったあと、自分の演技の素晴らしさを自慢していたから間違いはない。


 僕はシシィお嬢様に忠実であるからして「芝居がへっぽこ過ぎて見ている方が恥ずかしくなりました」とはっきり教えて差し上げた。


 指摘されたことが恥ずかしかったのか、ベッドの上でジタバタするお嬢様が可愛らしかったので、これからも率直に意見することにしようと思う。


 それはそれとして王子だ。


 挨拶どころか、対面するほどそばには寄っていないと聞いていたが、まさかお嬢様に一目惚れとか言わないだろうな。言ったら潰す。

 公爵様も「王子がいなくなればいいのか」と言っていたし問題はない。


「小僧、悪い顔をしているぞえ」

「ふふふ。シシィにもその顔を見せてあげたいものだこと」


 一角と双角が笑っているが気にしない。いざという時に狭間に逃げ込めると確約されたので、コイツ等にはもう用はない。


 狭間に来るならアップルパイの用意をせよというので、僕が覚える事にした。


 仕方ない。料理人を連れて行くわけにはいかないのだから、お嬢様のお好きなものは僕が作れるようになっておかないと。


 さて、お嬢様の元に戻ろう。そう思って踵を返したときに背後から声がかかる。


「小僧、記憶を取り戻したのだろう?そなたの本当の名は何という?」


 詰まらない馬鹿々々しい問いだ。


「僕の名はスピネル。未来永劫スピネルだ」


 振り返らずに答え、そのまま足を進める。

 お嬢様の所へ戻る為に。


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