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第二章

29 8歳に負けた17歳

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「そもそもシシィは王子様に全く興味が無かったもの。婚約を結ぶという話になる前にちゃんとあなたの気持ちを聞いたわよ?」


「そうか。殿下に会ってから記憶を取り戻したといっていたが、それ以前から気持ちはなかったか」


 確かに。


 私は乙女ゲーの事を思い出す前から王子様に興味はなかった。

 お茶会でもどんなお菓子が出るのだろうと、そればかりが気になっていた。ああっ。三種類のお茶を制覇出来なかったのが悔やまれる。王妃様のお好みだという最初のお茶はとてつもなく好みだったから、後の二種類も期待していたのに。


「うん。私は王子様より騎士様の方が好み、かな?」


 脳筋家族で暮らしていた前世の事は記憶に無かった筈なのに、魂に刻み込まれているだろうか。キラキラ王子様よりムキムキ騎士様のほうが、記憶が蘇る前でも好きだった。


 うお。


 なんだか、背後から冷気が襲ってくる気がする。

 スピネル、大丈夫だからっ。スピネルはもう既に友達兼弟枠なんで、キラキラだろうがギラギラだろうが、ムキムキだろうヒョロヒョロだろうが外的要因で気持ちが変わることはないから。


 このまま鍛錬していればマッチョになるだろうし。

 前世のアニキのようなゴリマッチョになるか細マッチョかは分からないけどさ。


「なら問題はない。実際に婚約の申し出があるかどうかは分からないが、あったとしてもお断りする」


 ほらっ!スピネル聞いた?楽観的だの希望的観測だの言われたけど、問題ないじゃーん。スピネルが悲観的過ぎただけだとも。


「そうね、シシィはこの一年で二回も原因不明の昏睡状態に陥ったのですもの。王家に嫁ぐなんて身に余る重責はお受けできないと言えばいいわ」


 ほらっほらほらほらっ。大丈夫だったー。

 何故か背後から舌打ちが……。自分の予測が外れたからってイラつくのは止めようね。


 死亡フラグが無事に回避できたことに心底ほっとする。プレイヤーなら情報を持っていてそれを逆手にあれやこれや出来るのかもしれないけれど、私はチュートリアルをやっただけだし、シシィの断罪を友人のまっつんからダイジェストで聞いただけ。

 ああ、まっつんが今の私の立ち位置にいたら、狂喜乱舞して乙女ゲームに参戦するんだろうなぁ。ゲームの知識があって賢い彼女ならきっと悪役令嬢でもハッピーエンドに辿り着くだろう。そう言えば、推しが誰かは聞いてないな。もう聞く事も出来ないけれど。


 私は参戦を希望するほどの熱意も無ければ、まっつんに”ニッチ”と言わしめたゲームの情報もそれを泳ぎ切るほどの賢さも無い。なので、参加しない方向で宜しくお願いします、という所だ。


 もしも、私の代わりに婚約者になる誰かが冤罪をかけられそうになったら、全力で守る……ようにお父様とお母様にお願いしよう。私のせいで誰かが不幸になる、しかも冤罪で死刑だなんて見過ごせるわけはない。


 和やかになったところで私の前世の話を聞かれるままに語った。

 そこでふと思う。8歳の子どもに17歳の自我が入った事で、大人び過ぎて不自然ではないかと。


 そう訊ねたら、お父様もお母様もアーノルドも目を逸らした。なぜだ。


 問い詰めると、お父様とお母様の目線に促されたアーノルドが渋々答えてくれた。曰く。


「前世を思いだされる前のシシィお嬢様は、小淑女と言われる程の振舞いをなさっておりました。勉強は既に初等部入学のための家庭教師が”もう教えることはない”と仰るほどで、マナー教師ののコーリン夫人からは”このままデビュタントに参加しても問題ないと言われ、淑女の嗜みである刺繍はその完成度から”もしも頂ける機会があれば家宝にする”とまで言われる出来で、楽器などの芸術方面でも先生方は絶賛しておりました」


 すごい。いや、確かにその記憶はあるけれど、客観的に判断すれば完璧令嬢じゃないか、私。


「ですから、記憶が蘇られてからのお嬢様は、大人びたと言うよりむしろ子供らしくなられた――かと」


 この衝撃を何と表せば伝わるのだろうか。


 8歳に負けた。大人っぽさにおいて、17歳の獅子井桜は8歳のシシィ・ファルナーゼに完敗したのだ。ソファに座っていなかったら打ちひしがれて膝を付いていたかもしれない。


「シシィは手のかからない良い子だったから、記憶を無くしてからの貴女の変わりように戸惑ったのは本当よ?でもこの一年の貴女を見ていて、やっぱりあなたは私の可愛いシシィだという事に確信を持てたわ。性格が変わろうが、やることなすことが突拍子も無かろうが、私はあなたを愛しているわ」


「そうだな。子供っぽいも何もシシィはまだ子供だ。お父様とお母様に甘える可愛いシシィを愛さない訳がない」


「私もお母様とお父様が大好き。お父様とお母様の娘で良かった」


 うん。きっとこの一年の間、変わってしまった私をお父様もお母様も内心の葛藤があっただろうに愛を注いでくれた。

 私もお父様とお母様を愛している。


 だから、私がするのは”8歳までのシシィと変わってしまったことを申し訳なく思う”事ではなく、今まで通りこの先もずっと、お父様とお母様を愛し続けることだ。


「へへへ……私、幸せ」


 本当に幸せ。


 だったのだ。この家族団欒の場に「王子殿下よりの使者が参っております」という知らせが来るまでは。


 何の用だ、王子様。要らないよ、王子様。




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