上 下
30 / 129
第二章

29 8歳に負けた17歳

しおりを挟む
「そもそもシシィは王子様に全く興味が無かったもの。婚約を結ぶという話になる前にちゃんとあなたの気持ちを聞いたわよ?」


「そうか。殿下に会ってから記憶を取り戻したといっていたが、それ以前から気持ちはなかったか」


 確かに。


 私は乙女ゲーの事を思い出す前から王子様に興味はなかった。

 お茶会でもどんなお菓子が出るのだろうと、そればかりが気になっていた。ああっ。三種類のお茶を制覇出来なかったのが悔やまれる。王妃様のお好みだという最初のお茶はとてつもなく好みだったから、後の二種類も期待していたのに。


「うん。私は王子様より騎士様の方が好み、かな?」


 脳筋家族で暮らしていた前世の事は記憶に無かった筈なのに、魂に刻み込まれているだろうか。キラキラ王子様よりムキムキ騎士様のほうが、記憶が蘇る前でも好きだった。


 うお。


 なんだか、背後から冷気が襲ってくる気がする。

 スピネル、大丈夫だからっ。スピネルはもう既に友達兼弟枠なんで、キラキラだろうがギラギラだろうが、ムキムキだろうヒョロヒョロだろうが外的要因で気持ちが変わることはないから。


 このまま鍛錬していればマッチョになるだろうし。

 前世のアニキのようなゴリマッチョになるか細マッチョかは分からないけどさ。


「なら問題はない。実際に婚約の申し出があるかどうかは分からないが、あったとしてもお断りする」


 ほらっ!スピネル聞いた?楽観的だの希望的観測だの言われたけど、問題ないじゃーん。スピネルが悲観的過ぎただけだとも。


「そうね、シシィはこの一年で二回も原因不明の昏睡状態に陥ったのですもの。王家に嫁ぐなんて身に余る重責はお受けできないと言えばいいわ」


 ほらっほらほらほらっ。大丈夫だったー。

 何故か背後から舌打ちが……。自分の予測が外れたからってイラつくのは止めようね。


 死亡フラグが無事に回避できたことに心底ほっとする。プレイヤーなら情報を持っていてそれを逆手にあれやこれや出来るのかもしれないけれど、私はチュートリアルをやっただけだし、シシィの断罪を友人のまっつんからダイジェストで聞いただけ。

 ああ、まっつんが今の私の立ち位置にいたら、狂喜乱舞して乙女ゲームに参戦するんだろうなぁ。ゲームの知識があって賢い彼女ならきっと悪役令嬢でもハッピーエンドに辿り着くだろう。そう言えば、推しが誰かは聞いてないな。もう聞く事も出来ないけれど。


 私は参戦を希望するほどの熱意も無ければ、まっつんに”ニッチ”と言わしめたゲームの情報もそれを泳ぎ切るほどの賢さも無い。なので、参加しない方向で宜しくお願いします、という所だ。


 もしも、私の代わりに婚約者になる誰かが冤罪をかけられそうになったら、全力で守る……ようにお父様とお母様にお願いしよう。私のせいで誰かが不幸になる、しかも冤罪で死刑だなんて見過ごせるわけはない。


 和やかになったところで私の前世の話を聞かれるままに語った。

 そこでふと思う。8歳の子どもに17歳の自我が入った事で、大人び過ぎて不自然ではないかと。


 そう訊ねたら、お父様もお母様もアーノルドも目を逸らした。なぜだ。


 問い詰めると、お父様とお母様の目線に促されたアーノルドが渋々答えてくれた。曰く。


「前世を思いだされる前のシシィお嬢様は、小淑女と言われる程の振舞いをなさっておりました。勉強は既に初等部入学のための家庭教師が”もう教えることはない”と仰るほどで、マナー教師ののコーリン夫人からは”このままデビュタントに参加しても問題ないと言われ、淑女の嗜みである刺繍はその完成度から”もしも頂ける機会があれば家宝にする”とまで言われる出来で、楽器などの芸術方面でも先生方は絶賛しておりました」


 すごい。いや、確かにその記憶はあるけれど、客観的に判断すれば完璧令嬢じゃないか、私。


「ですから、記憶が蘇られてからのお嬢様は、大人びたと言うよりむしろ子供らしくなられた――かと」


 この衝撃を何と表せば伝わるのだろうか。


 8歳に負けた。大人っぽさにおいて、17歳の獅子井桜は8歳のシシィ・ファルナーゼに完敗したのだ。ソファに座っていなかったら打ちひしがれて膝を付いていたかもしれない。


「シシィは手のかからない良い子だったから、記憶を無くしてからの貴女の変わりように戸惑ったのは本当よ?でもこの一年の貴女を見ていて、やっぱりあなたは私の可愛いシシィだという事に確信を持てたわ。性格が変わろうが、やることなすことが突拍子も無かろうが、私はあなたを愛しているわ」


「そうだな。子供っぽいも何もシシィはまだ子供だ。お父様とお母様に甘える可愛いシシィを愛さない訳がない」


「私もお母様とお父様が大好き。お父様とお母様の娘で良かった」


 うん。きっとこの一年の間、変わってしまった私をお父様もお母様も内心の葛藤があっただろうに愛を注いでくれた。

 私もお父様とお母様を愛している。


 だから、私がするのは”8歳までのシシィと変わってしまったことを申し訳なく思う”事ではなく、今まで通りこの先もずっと、お父様とお母様を愛し続けることだ。


「へへへ……私、幸せ」


 本当に幸せ。


 だったのだ。この家族団欒の場に「王子殿下よりの使者が参っております」という知らせが来るまでは。


 何の用だ、王子様。要らないよ、王子様。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ

Kouei
恋愛
 夫が寝言で女性の名前を呟いだ。  その名前は妻である私ではなく、  私の義姉の名前だった。 「ずっと一緒だよ」  あなたはそう言ってくれたのに、  なぜ私を裏切ったの―――…!? ※この作品は、カクヨム様にも公開しています。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...