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第二章

20 前回と違う……?

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 いつものように私が父上の執務室で勉強していると宰相のファルナーゼ公爵が入室してきたのだが、彼はやけに顔色が悪かった。


「ブライアン、どうした、その顔色は」


 国王である父が訝しげに声を掛けると、宰相は「急ぎご報告したき事がございます」と言ってからチラリと私の方に視線を送ってきた。

 席を外せということだろうが、私は気付かないふりをする。

 公爵、或いは公爵家に何事か起こったのだとしたら、シシィの状況が気にかかる。


 今回の生ではまだ会う事もかなわないが、私は焦ってはいない。


 黙って待っていても、私が十歳になったら王妃である母が開くお茶会で会えるのだ。半年以上も先だと考えると長いような気はするが、それでも確実にやってくる再会の日を私は心待ちにしている。


 彼女は高熱による意識不明から回復した後、記憶を失ってしまったということは宰相から聞いている。シシィが臥せっていても公爵は登城していたが、憔悴したその姿を見て父はファルナーゼ親子を心配していたし、私もシシィの病がそれほど篤いのかと胸を痛めていた。


 前回の時もシシィは病を得ていたのだろうか。その時はシシィに会う前であったし、こうして父の執務室に自分の机を持つこともなかったので分からない。

 ただ、私が十歳になったら会える筈なので病が快復することは分かっていた。分かっていても彼女が辛い思いをしている事を思うと苦しかった。


「陛下……リンゴはお好きですか?」

「ハァ?」


 私が席を外す気が無いとみて宰相が口を開いたが、顔色の悪さからは考えられない台詞に父が呆れたような表情になった。

 宰相かファルナーゼ家に重大な出来事でもあったかと思いきや「リンゴは好きか」だ。それは父も言葉を失うというものだ。


「ユニコーンとバイコーンはリンゴが好きなようですよ。いや、種族全体かどうかはわかりませんが、今現在のその二種のトップはリンゴを巡って喧嘩をするほど好んでいるようです。ああ、アップルパイも好ましいとか」

「お前は、何を言っているのだ、ブライアン。娘に読んでやった絵本の話か?それとも市井で流行っている戯曲か何かか?」

「いえいえ、とんでもない。事実です」


 そう言って語り始めた宰相の口から出た話は、まさに父が言ったように童話か戯曲かと思われるような内容だった。


 曰く、ファルナーゼ家の敷地内にある常世の森にユニコーンとバイコーンが現れたとか。

 曰く、その二頭とシシィが厚誼を結んだとか。

 曰く、宰相には嘶きにしか聞こえない二頭の声を、シシィとその従者だけは言葉として捉えて会話が成立するとか。

 曰く、シシィがその二頭に名付けをする約束をし、四日後にまた対面する予定だとか。


 何を言っているんだか分からない――というのが私の率直な感想だ。宰相は仕事のし過ぎで疲れており、その為に現実と夢との区別がつかなくなっているのではないか、とも。


「彼ら……ああ、牝だそうですから彼女ら、ですか。彼女らが何を考えているのかは分かりませんが、敵対するような素振りは見られませんでした。一族のトップだと言うからには配下はいるのでしょうが、その姿は確認できておりません。その規模も現在は不明です」


 ユニコーンだのバイコーンだのは、物語の中の存在ではないのか。そう思って父の顔を見ると、以外にも真剣な顔をして何やら考えている様子だ。私が荒唐無稽だと切った宰相の言葉をまじめに考えているのか?


「アルナルド、お前には夢物語に聞こえているかもしれないが、ユニコーンヤバイコーンは実在していたのだ」

「実在していた?」

「そうだ。目撃情報はここ200年は無いだろうが――」

「ああ、そう言えば我が家に来た二頭は300年前の戦争を知っているようでした」


 父と宰相が知っている事実を私は知らなかった。そのため、私を蚊帳の外にして二人で会話が進んで行く。


「四日後だな?」

「はい。つきましては王城より確認のための人員を派遣して頂きたく存じます」

「了承した。手配は任せる」

「ありがとうございます。では、騎士団より10名と魔術師団より5名、使える者をを選出するようそれぞれの団長に通達しておきます」


 騎士団と魔術師団?それ程の大ごとか?二頭の獣が?

 私が不得要領な顔をしているからだろう。宰相がこちらを見て”大丈夫です”とでもいうように笑顔で頷いた。


「先ずは本物の生体かどうかを確認いたします。幻術や人造物の可能性もございすから、その辺りは魔術師に看破してもらう事になるでしょう。――私には本物に見えましたが、何分実際に見たことはございませんので確認は必要かと。敵対する様子はございませんと先ほども申し上げましたが、万が一の抑えに騎士団を。どちらも表立っての配置はせずに隠伏といたします。娘に対して好意的に見えましたから、こちらが公然と疑いの目を向けるのは拙策かと思いますからね」


「学者は?」


「本物だった場合、興奮した先生方がどんな行動をとられるか分かりかねますので不可と」


「そうだな。そもそもお前が白昼夢を見たという可能性もあるしな」


「いっそのこと、そういう結果になってくれればと思いますよ」


 もしも本当に200年もの間、目撃情報が無かった生物の所在が明らかになったとしたら……前回の生でも騒ぎになった筈だ。自分が年若いといっても知ら無かった筈がない。


 本物ではなかったから騒動にはならなかったのか、それとも……


 時を遡って二度目の生を幸運にも得たと思っていたのだが、前回とは違うのだろうか――。


 その答えは、数日後にすぐ出た。ユニコーンとバイコーンが本物の生体である事を否定するデータは一つも現れず、100パーセントとは言えないがおそらく常世の森に現れた二頭は古に存在した、今となってはお伽噺の中にしかいない正真正銘のユニコーンとバイコーンであろうと報告があり、城中が大騒ぎになったからだ。


 間違いなく、前回の生ではこんな騒ぎは無かった。

 道筋がずれている。


 けれど、この先の道がどうあろうと君を信じて守ることは誓うよ、シシィ。



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