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第二章

16 お馬さん達の喧嘩

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 争いの現場にいたのは真っ白い馬と真っ黒い馬だった。

 白い馬は一本の角、黒い馬には二本の角が生えてる。カッコイイ。


 カッコイイんだけど、森の被害は甚大だ。

 なぜ、草食動物である馬二頭の喧嘩で太い木々がなぎ倒されているんだろうか。地面がえぐれているんだろうか。


「お嬢様、お屋敷に戻りましょう」


 追いかけてきたけど傍には近寄らないスピネルが懇願するように言うが、こんなに盛大な馬の喧嘩なんていう珍しい現場に立ち会っているのに詰まらない事を言うものだ。

 とばっちりが来ない程度に近づいて、じっくり見学しよう、そうしよう。


 幸い――ではないが、スピネルは物理的に私を屋敷に連れ戻すことは出来ないもんね。

 ……言ってて悲しくなったから、”私の匂いが怖い問題”は棚上げにしておこう。


『そこな人間、妾たちは見世物ではないぞえ』


「喋った!」


 私たちが近づいたことに気付いた馬たちは喧嘩をやめて距離を取り、黒い馬が私をねめつけて文句を言った。


『巻き添えを食って怪我をしても、あたくしたちは存じませんことよ』


 白い馬もしゃべった。え、あれ?馬って喋らないよね?なにせ記憶喪失なもので、自分の知識や常識を信じることが難しい。


「ねー、スピネル。馬って喋るの?」

「話さないとは思うのですが、何分記憶喪失なもので確とは分かりません」


 うん、私たち記憶喪失仲間だから自分の知識に自信がないんだよ。ここで私とスピネルで談義していても答えは出ないので、先ずはお馬さんの喧嘩だ。


「お気遣いありがとう。ピクニックしてたら何だか争いごとの気配がしたので出歯亀しに来ました」

『酔狂な』

『ほんに』


 喧嘩してた馬に物好き扱いされてもなぁ。私たちが来たことで喧嘩に水を差してしまったようなので、時の氏神としゃれこむべき?珍しものを見れてワクワクしちゃったけど、冷静に考えれば森林破壊だもんなぁ、これ。


「もう、喧嘩はいいの?」

『脆弱な人の子が傍にいては、あたくし達がいつ踏みつぶしてしまうか分からぬゆえに』

『気ぶっせいじゃ、妾たちの前から疾く去ね』


 見学は不可のようだ。仲裁するまでもなく、ここに来ただけで喧嘩を止めた私スゴイ。というか、私たちを巻き添えにしないように気を配ってくれるお馬さん達エライ。

 でも、ここから去ったらまた喧嘩を始めるんでしょ?

 一応、ここはファルナーゼ家の敷地なんだけど、それは人間が勝手に決めたことでお馬さん達には関係ないだろうしな。さて、どうしよう。そう考えていると、黒い馬が私の傍に寄って来て匂いを嗅ぎ始めた。


 デカい。普通のお馬さんより随分とデカい。体高が2メートル位あるんじゃないだろうか。頭まで入れたら3メートル近くありそうだ。まだ8歳の私なんて後脚の間を屈まずにくぐれそう。

 そんな大きな黒い馬が私の頭やら首筋やらに鼻面を押し付けてクンクンと匂いを嗅ぐなんて、圧迫感と物理的な圧力で倒れそうだよ。もっと優しくしてください。


『悪い人間ではなさそうじゃ』

『此方もよ。悪いモノではなさそうですわ』


 振り返れば、スピネルが白い馬に匂いを嗅がれていた。硬直したスピネルの表情が面白くて、つい吹き出しちゃったら睨まれた。ゴメン。

 誤魔化すようにテヘペロして見せたら、更にスピネル目つきが険しくなった。


 その様子を見ていた黒い馬と白い馬がクツクツとを笑いだしたので、スピネルの機嫌がさらに急降下した模様。でも、そのおかげで二頭のお馬さんの雰囲気が和やかになったので、仲裁者としての任務は完遂したといっていいだろう。

 あれ?

 何が起きているのかを確認しに来て、馬の喧嘩だと分かったから見学しようと思っていた筈なのに、いつの間にか仲裁者になっていたのは何故だろう。

 ま、いいか、細かい事は気にしなくても。


「ところで黒い馬さんと白い馬さんは、なんで喧嘩していたの?でもって、どこからこの森に来たの?」


 再三言うが、この森は王都の中心部にあるので森の外側は人の住む地だ。山だの平原だのは無く、貴族の屋敷が並んでいる……筈、多分。


『この女狐が妾の林檎を食ろうてしまったから、お仕置きをしていたのじゃ』

『何を言うやら、このメスカマキリが。あれはあたくしの林檎。あたくしが食して何が悪いのか、さっぱり見当もつきませんわ』


 いや、君たち馬だし。狐でもカマキリでもないし。

 しかも、喧嘩の原因が林檎。小っちゃいなー、原因。木々をなぎ倒して森を破壊しつつあった喧嘩の原因が林檎とは。

 ここは笑う所か呆れるところか分からない。


『それと、何処から来たかと問うたな、人の子。妾らはいつも裏側におる。何処にでも行けるし何処からか現れるのよ』

「裏側?」

『そうね、狭間で暴れる訳にはいかないから表に出てきたのよ、小さな子』


 意味が分からない。

 チラリとスピネルを伺うと、彼も思い当たるところはなさそうで首をひねっていた。

 ま、いいか。分からないなら分からないで。


「林檎って生じゃなきゃダメ?ピクニックのおやつがアップルパイなんだ。それを食べて仲直りしてくれるといいなー。一緒にピクニックしよう!」


 森にこれ以上の被害が及ばないように提案してみると、二頭とも興味を持ってくれたようで一安心。スピネルが必死で首を振っているけど、大丈夫。あげるのは私のアップルパイだけだから、スピネルのおやつを奪ったりしないよ。





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