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第二章

15 私が拾った苛められっ子 3

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 それから五日間でスピネルと私の距離が縮まった……訳もなく、最低でも五歩、出来ればそれ以上に距離を取りたいと言ってそれを実行している従者とそれを許す主という、一風変わった主従関係が出来た。

 良いんだよ、細かいことは。

 主従としては変だけど、これから仲良くなって友達になるのが目標なんだから。そして、友達に決まりなんてないのだ。


 今日はおやつと水筒を持って屋敷の裏にある森でピクニックだ。


 二人きりにならずにもう一人傍に付けるようにと言っていたお父様だったけど、スピネルが私のことを怖がって傍に寄らないどころか近寄ると遠ざかると話をしたら、哀れみの表情を浮かべて「あまり無理を言ってはいけないよ。スピネルが可哀想だから」とのたまった。そして、二人でいることを黙認してくれている。


 いやいやいや、(将来の)友達に逃げられている私の方が可哀想だし。


「お嬢様、僕が先に立って宜しいですか?」


 進行方向から風が吹いてくるのでスピネルは私の匂いを嗅がないように先を歩く。

 五日前に名前を付けたときは、とてもオドオドしていたんだけどなぁ。スピネルはたった五日でしっかりはっきり物申すようになった。


 これなら友達になる日も近いと思われる。


「お嬢様、もう二歩離れてください。近すぎます」


 ……残念ながら友達への道はまだ険しく長いようだ。



 「スピネルはこれからどうしたいとかある?」

 森林浴をしながら食べるおやつは美味しい。


「お嬢様のお傍にいますけど?」

「ありがと。でもさ、どうやったらいいのかは分からないけど、家族とか探したいと思わないの?」

「どうやったらいいのか分からないので考えてないです」


 色彩に特徴があるからスピネルの出身地を割り出すのは簡単だと思っていたんだけど、お父様に聞いても彼と似た容姿の民がいる国に思い当たる場所は無いと言われてしまった。

 この国から遠く離れた閉鎖的な国か、全く国交の無い、それこそ島国の少数民族かもしれないと。

 つまり、手掛かりは無しだ。


「そっかぁ。私はスピネルがずっと傍にいてくれたらいいなぁと思っているけど、スピネルが家族を探したいとか、他にしたい事が出来たとかあったら応援するから遠慮しないで言ってね?」

「ありがとうございます。でも、今は何も考えられないです」


 そりゃそうだよね。私が彼を拾ってからまだ半月だ。なので、大きくなってそういう気持ちが出てきた時は言ってくれと頼んでおく。


 余談ですが、私とスピネルは3メートル位離れた場所に配置した敷物の上にそれぞれ一人で座ってお茶をしている。一応、向き合ってはいるけどピクニック感は薄い気がする。

 もちろん私が風下だ。


「お嬢様はこれからどうしたいとかいうものはあるんですか?」


「剣と魔法!両方ともお勉強を一杯一杯頑張って、魔法剣士になる!」


「……ふっ」


 鼻で笑われた!スピネルは笑った後で申し訳なさそうにこちらを見たが、まだ頬が緩んでいるのは何故だ。


「お嬢様、それは難しいのでは?」

「やってみなくちゃ分からない。私、剣の才能はあると思うんだよねー。魔法はまだこれからだけど。あ、あと、したいことというか、こうなって欲しいなぁっていうのはある」

「そうですか」


 いや、違うでしょ。そこは”それは何ですか?”って聞くところでしょ。いいよ、聞かれなくても言っちゃうから。


「スピネルとお友達になりたい!」


 スピネルが私の匂いに慣れたら友達になれるよね?怖くなくなれば平気だと思うんだ。


「無理です」

「即答!いや、少しは考えてよ。私の匂い、そんなに怖い!?慣れてくれるんだよね?」


 体臭なら改善できてもフェロモンとかだったらどうしていいのか分からないので、スピネルが慣れてくれることを願っている他力本願な私。


「お嬢様の匂いは怖いですけど、そうではなくて。お嬢様は公爵家令嬢で、僕はどこの馬の骨とも分からない毛色の変わった従者です。お嬢様のお友達には相応しくありません。今は僕しか年の近い人間がいないから仕方ありませんけど、そのうちお立場相応のお友達が出来ますよ」


「スピネルがいい」

「光栄です、お嬢様」


 にっこり笑ったスピネルは意見を変える気はなさそうだ。この、頑固者め。

 けど、スピネル以外に年の近い子を知らない私には、反論するだけの根拠が無い。


 いいよ、そのうちなし崩しにしてやるから。


 口を尖らせたまま不服を前面に押し出している私に動じもしないスピネルは、強情っ張りなだけに一度お友達になれれば理由も無く反古にするようなことはしないだろう。

 ふっふっふっ。

 元々、私の匂いに慣れてもらってからって思ってたんだから、長期戦でもどんとこいだ。


 すると、森の奥の方から馬の嘶きが聞こえてきて私とスピネルは目を見合わせた。


「お屋敷の馬が逃げ出したんでしょうか?」


 この森に野生馬がいるとは聞いていないが、しっかりと面倒を見ているファルナーゼ騎士団や馬車用の馬たちが逃げ出したとは考えにくい。

 ファルナーゼ家の屋敷の裏には大きな森があるが、ここは王都なのでそれほど自然豊かではなくふらりと馬が迷い込んで来られるような場所ではない――らしい。

 らしいというのは、私は屋敷の外はこの森しか知らないからだ。


 荒々しい馬の雄叫びのような声と、蹄を地面に叩きつけるような爪音。争っているかのような気配。


 馬の喧嘩?


「お嬢様、屋敷に戻りま……お嬢様ぁぁぁああ?」


 野生馬かなー、逃げ出した馬かなー。うちの屋敷の馬じゃなくても、貸し馬車屋や騎獣屋から逃げて迷い込んだ可能性もある。


 スピネルの声を背中に聞いてはいたけれど、うちの屋敷の森に迷い込んだ子なら確認して保護しなきゃだし。先ずは確認だ。


 ”お嬢様”という呼び掛けがコーリン夫人と同じようなテンションだったのはちょっと笑った。


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