14 / 129
第二章
13 私が拾った苛められっ子 1
しおりを挟む
「スピネルー。おやつと水筒持った?」
「はい、持ちました、シシィお嬢様。なので、それ以上此方に近寄らないでください」
屋敷の裏口を出た私がスピネル――半月前に森で拾った苛められっ子――を振り返ると、彼は眉間に皺を寄せて一歩下がった。8歳なのに眉間に皺とか……。
やっぱり彼は記憶喪失だったのでスピネルと名付けて私の従者にしたのだが、どうにもこうにも距離は縮まらない。怯えることなく会話はできるようになったのだけど、最低でも五歩分の間隔を開けてほしい、風上には立たないでほしいなどと従者としてそれどうよ?な要求をされているのだ。
屋敷の使用人やお父様お母様にはそんな事ないのだ。私だけスピネルに拒否られている。
これでも体調が回復してきたと聞いて見舞いに行った時よりはマシだったりする。
苛められっ子の体が快復してきたと聞いたのは5日前の事だった。
「食事と休養は与えましたが、驚くほどの回復力だそうですよ」
朝、私を起こしに来たジェシーにそう聞かされて、今日の私の予定は決まった。
行くでしょー、そりゃ。弱っているところに私がとどめを刺すわけにはいかないと遠慮していたけど、元気になったなら会いに行かなきゃ。拾った責任があるからね。
止められたらいやだから、こっそりと誰もいないときに部屋を出る。
廊下の向こうから誰かが来る気配を感じたら、さっと窓の桟を指で掴んで外に身を躍らせてやり過ごしたり、飾られている大きな甕の中に身をひそめたりして遭遇を凌いだりした。
公爵家の屋敷内を公爵令嬢が歩くことに何の問題があるんだろうとも思ったが、止められるの嫌さに始めたこの隠密行動は、やっているうちに楽しくなってきて、これからも廊下を歩くときは隠密ごっこをしようかと思った。
苛められっ子も一緒に隠密ごっこしてくれるとうれしいなー。
そう期待しながら彼が療養している部屋のドアをほんの少しだけ開けて中に人がいないか確認すると、幸いな事に誰もいない。
何という幸運。日頃の行いがいいからだ、きっと。誰も同意してくれないだろうから、自分で自分を褒めてみる。
ドアを閉めて改めてノックをして、今度は大きくドアを開ける。
「元気になってきたって聞いたからお見舞いに来たよ」
あ、見舞いの品を持ってない。ま、いいか。次に来るときは忘れないようにしよう。
ワクワクしながら苛められっ子の寝ているベッドの傍に近づこうとした時に彼の口から出た「ヒィィ」の声と隠れるようにシーツに潜っていった姿は、今もって忘れようにも忘れられない。
言っておくけど、私は君の命の恩人だよ?拾い主だよ?それが無くとも、超絶美少女が見舞いに来たっていうのに怯えて嘆声を上げるなんて失礼じゃないか。
だが、怯えている子供に文句も言い難い。いや、私も子供だからいいのか?
そう思ってドアの前に佇んでいると、苛められっ子がそっとシーツから顔を出した。顔というより、目のあたりまでだけだけど。
「ご……ごめんなさい。お……お嬢様が僕を助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
「あ、うん、そうなんだけど、私のことコワイ?苛めっ子たちをやっつけたつもりだったんだけど、私の方が悪者っぽかった?」
窮地を救ったヒーローのつもりだった私は今もって納得はいっていないが、美少女が棒切れを振り回した姿がトラウマになっているのかもしれない。
「いえ、そんな事ないんです。か……格好良かったです」
そんな台詞もベッドに潜り込んでいる姿で言われては”言わされている感”が凄い。使用人か医者あたりから感謝を伝えるようにでも言われたのだろうか。
「ただ……」
「ただ?」
「あの、お嬢様の匂いが……」
「え!?匂い!?私臭い!?」
予想もしなかったことを言われた!え?私って臭いの?自分の匂いをクンクンと嗅いでみるが。石鹸の香りとほんのり髪油の良い匂いがするだけだ。いや、でも、体臭は自分ではわかりにくいと聞いた事がある。実は私は悪臭の持ち主で、使用人たちも顔に出さないだけで困っているのだろうか。
最近は毎日屋敷周りを走ったり素振りをしたりと汗をかくことばかりしているし……風呂の回数を増やすとメイドたちに迷惑をかけるし、どうしたもんか。香水……はダメだ。悪臭を香水で誤魔化そうとしたら、それは汚臭とか異臭とかそんなものになる筈だ。
自分の体臭が実は他害を及ぼすほどのテロ物件だという事にショックを受けていると、苛められっ子が顔の下半分をシーツで覆ったまま起き上がって首を振った。
「いえっ臭くないです!いい匂いです!」
「……慰めてくれなくていいよ。ごめん。スメルケアを徹底する。重曹がいいんだっけかな」
慰められるとかえって辛いよ。
「いえ、本当に良い匂いなんです。あの、だから怖くて……」
良い匂いが怖いとはどういう事だろ?怖いほどいい匂い?いやいや、やはり慰めようとして誤魔化してくれているんじゃ……。
堂々巡りの会話をしばらく繰り返したのち、苛められっ子くんは申し訳なさそうに頭を下げていった。
「だから、ごめんなさい。あまり傍に寄らないでください。お嬢様に匂いがいい匂い過ぎて、僕は自分がどうなっちゃうか分からなくて怖いんです」
彼の主張は全くもって私には納得の出来ない事だったのだけど、分かった事は二つ。
私は臭くない。これは本当にありがたい。臭令嬢なんてツライし。
でも、もう一個のほう。
苛められっ子くんは私に傍に来てほしくない。
そんな寂しい事を言われて傷心の私、ちょっと泣いてもいいですか……。
「はい、持ちました、シシィお嬢様。なので、それ以上此方に近寄らないでください」
屋敷の裏口を出た私がスピネル――半月前に森で拾った苛められっ子――を振り返ると、彼は眉間に皺を寄せて一歩下がった。8歳なのに眉間に皺とか……。
やっぱり彼は記憶喪失だったのでスピネルと名付けて私の従者にしたのだが、どうにもこうにも距離は縮まらない。怯えることなく会話はできるようになったのだけど、最低でも五歩分の間隔を開けてほしい、風上には立たないでほしいなどと従者としてそれどうよ?な要求をされているのだ。
屋敷の使用人やお父様お母様にはそんな事ないのだ。私だけスピネルに拒否られている。
これでも体調が回復してきたと聞いて見舞いに行った時よりはマシだったりする。
苛められっ子の体が快復してきたと聞いたのは5日前の事だった。
「食事と休養は与えましたが、驚くほどの回復力だそうですよ」
朝、私を起こしに来たジェシーにそう聞かされて、今日の私の予定は決まった。
行くでしょー、そりゃ。弱っているところに私がとどめを刺すわけにはいかないと遠慮していたけど、元気になったなら会いに行かなきゃ。拾った責任があるからね。
止められたらいやだから、こっそりと誰もいないときに部屋を出る。
廊下の向こうから誰かが来る気配を感じたら、さっと窓の桟を指で掴んで外に身を躍らせてやり過ごしたり、飾られている大きな甕の中に身をひそめたりして遭遇を凌いだりした。
公爵家の屋敷内を公爵令嬢が歩くことに何の問題があるんだろうとも思ったが、止められるの嫌さに始めたこの隠密行動は、やっているうちに楽しくなってきて、これからも廊下を歩くときは隠密ごっこをしようかと思った。
苛められっ子も一緒に隠密ごっこしてくれるとうれしいなー。
そう期待しながら彼が療養している部屋のドアをほんの少しだけ開けて中に人がいないか確認すると、幸いな事に誰もいない。
何という幸運。日頃の行いがいいからだ、きっと。誰も同意してくれないだろうから、自分で自分を褒めてみる。
ドアを閉めて改めてノックをして、今度は大きくドアを開ける。
「元気になってきたって聞いたからお見舞いに来たよ」
あ、見舞いの品を持ってない。ま、いいか。次に来るときは忘れないようにしよう。
ワクワクしながら苛められっ子の寝ているベッドの傍に近づこうとした時に彼の口から出た「ヒィィ」の声と隠れるようにシーツに潜っていった姿は、今もって忘れようにも忘れられない。
言っておくけど、私は君の命の恩人だよ?拾い主だよ?それが無くとも、超絶美少女が見舞いに来たっていうのに怯えて嘆声を上げるなんて失礼じゃないか。
だが、怯えている子供に文句も言い難い。いや、私も子供だからいいのか?
そう思ってドアの前に佇んでいると、苛められっ子がそっとシーツから顔を出した。顔というより、目のあたりまでだけだけど。
「ご……ごめんなさい。お……お嬢様が僕を助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
「あ、うん、そうなんだけど、私のことコワイ?苛めっ子たちをやっつけたつもりだったんだけど、私の方が悪者っぽかった?」
窮地を救ったヒーローのつもりだった私は今もって納得はいっていないが、美少女が棒切れを振り回した姿がトラウマになっているのかもしれない。
「いえ、そんな事ないんです。か……格好良かったです」
そんな台詞もベッドに潜り込んでいる姿で言われては”言わされている感”が凄い。使用人か医者あたりから感謝を伝えるようにでも言われたのだろうか。
「ただ……」
「ただ?」
「あの、お嬢様の匂いが……」
「え!?匂い!?私臭い!?」
予想もしなかったことを言われた!え?私って臭いの?自分の匂いをクンクンと嗅いでみるが。石鹸の香りとほんのり髪油の良い匂いがするだけだ。いや、でも、体臭は自分ではわかりにくいと聞いた事がある。実は私は悪臭の持ち主で、使用人たちも顔に出さないだけで困っているのだろうか。
最近は毎日屋敷周りを走ったり素振りをしたりと汗をかくことばかりしているし……風呂の回数を増やすとメイドたちに迷惑をかけるし、どうしたもんか。香水……はダメだ。悪臭を香水で誤魔化そうとしたら、それは汚臭とか異臭とかそんなものになる筈だ。
自分の体臭が実は他害を及ぼすほどのテロ物件だという事にショックを受けていると、苛められっ子が顔の下半分をシーツで覆ったまま起き上がって首を振った。
「いえっ臭くないです!いい匂いです!」
「……慰めてくれなくていいよ。ごめん。スメルケアを徹底する。重曹がいいんだっけかな」
慰められるとかえって辛いよ。
「いえ、本当に良い匂いなんです。あの、だから怖くて……」
良い匂いが怖いとはどういう事だろ?怖いほどいい匂い?いやいや、やはり慰めようとして誤魔化してくれているんじゃ……。
堂々巡りの会話をしばらく繰り返したのち、苛められっ子くんは申し訳なさそうに頭を下げていった。
「だから、ごめんなさい。あまり傍に寄らないでください。お嬢様に匂いがいい匂い過ぎて、僕は自分がどうなっちゃうか分からなくて怖いんです」
彼の主張は全くもって私には納得の出来ない事だったのだけど、分かった事は二つ。
私は臭くない。これは本当にありがたい。臭令嬢なんてツライし。
でも、もう一個のほう。
苛められっ子くんは私に傍に来てほしくない。
そんな寂しい事を言われて傷心の私、ちょっと泣いてもいいですか……。
0
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜
橘しづき
恋愛
服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。 そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。
その額、三千万。
到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。
だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる