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第二章

13 私が拾った苛められっ子 1

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「スピネルー。おやつと水筒持った?」

「はい、持ちました、シシィお嬢様。なので、それ以上此方に近寄らないでください」


 屋敷の裏口を出た私がスピネル――半月前に森で拾った苛められっ子――を振り返ると、彼は眉間に皺を寄せて一歩下がった。8歳なのに眉間に皺とか……。

 やっぱり彼は記憶喪失だったのでスピネルと名付けて私の従者にしたのだが、どうにもこうにも距離は縮まらない。怯えることなく会話はできるようになったのだけど、最低でも五歩分の間隔を開けてほしい、風上には立たないでほしいなどと従者としてそれどうよ?な要求をされているのだ。


 屋敷の使用人やお父様お母様にはそんな事ないのだ。私だけスピネルに拒否られている。


 これでも体調が回復してきたと聞いて見舞いに行った時よりはマシだったりする。



 苛められっ子の体が快復してきたと聞いたのは5日前の事だった。


「食事と休養は与えましたが、驚くほどの回復力だそうですよ」

 朝、私を起こしに来たジェシーにそう聞かされて、今日の私の予定は決まった。

 行くでしょー、そりゃ。弱っているところに私がとどめを刺すわけにはいかないと遠慮していたけど、元気になったなら会いに行かなきゃ。拾った責任があるからね。


 止められたらいやだから、こっそりと誰もいないときに部屋を出る。

 廊下の向こうから誰かが来る気配を感じたら、さっと窓の桟を指で掴んで外に身を躍らせてやり過ごしたり、飾られている大きな甕の中に身をひそめたりして遭遇を凌いだりした。


 公爵家の屋敷内を公爵令嬢が歩くことに何の問題があるんだろうとも思ったが、止められるの嫌さに始めたこの隠密行動は、やっているうちに楽しくなってきて、これからも廊下を歩くときは隠密ごっこをしようかと思った。

 苛められっ子も一緒に隠密ごっこしてくれるとうれしいなー。

 そう期待しながら彼が療養している部屋のドアをほんの少しだけ開けて中に人がいないか確認すると、幸いな事に誰もいない。


 何という幸運。日頃の行いがいいからだ、きっと。誰も同意してくれないだろうから、自分で自分を褒めてみる。


 ドアを閉めて改めてノックをして、今度は大きくドアを開ける。


「元気になってきたって聞いたからお見舞いに来たよ」


 あ、見舞いの品を持ってない。ま、いいか。次に来るときは忘れないようにしよう。


 ワクワクしながら苛められっ子の寝ているベッドの傍に近づこうとした時に彼の口から出た「ヒィィ」の声と隠れるようにシーツに潜っていった姿は、今もって忘れようにも忘れられない。

 言っておくけど、私は君の命の恩人だよ?拾い主だよ?それが無くとも、超絶美少女が見舞いに来たっていうのに怯えて嘆声を上げるなんて失礼じゃないか。


 だが、怯えている子供に文句も言い難い。いや、私も子供だからいいのか?

 そう思ってドアの前に佇んでいると、苛められっ子がそっとシーツから顔を出した。顔というより、目のあたりまでだけだけど。


「ご……ごめんなさい。お……お嬢様が僕を助けてくれたんですよね。ありがとうございます」

「あ、うん、そうなんだけど、私のことコワイ?苛めっ子たちをやっつけたつもりだったんだけど、私の方が悪者っぽかった?」


 窮地を救ったヒーローのつもりだった私は今もって納得はいっていないが、美少女が棒切れを振り回した姿がトラウマになっているのかもしれない。


「いえ、そんな事ないんです。か……格好良かったです」


 そんな台詞もベッドに潜り込んでいる姿で言われては”言わされている感”が凄い。使用人か医者あたりから感謝を伝えるようにでも言われたのだろうか。


「ただ……」

「ただ?」

「あの、お嬢様の匂いが……」

「え!?匂い!?私臭い!?」


 予想もしなかったことを言われた!え?私って臭いの?自分の匂いをクンクンと嗅いでみるが。石鹸の香りとほんのり髪油の良い匂いがするだけだ。いや、でも、体臭は自分ではわかりにくいと聞いた事がある。実は私は悪臭の持ち主で、使用人たちも顔に出さないだけで困っているのだろうか。

 最近は毎日屋敷周りを走ったり素振りをしたりと汗をかくことばかりしているし……風呂の回数を増やすとメイドたちに迷惑をかけるし、どうしたもんか。香水……はダメだ。悪臭を香水で誤魔化そうとしたら、それは汚臭とか異臭とかそんなものになる筈だ。


 自分の体臭が実は他害を及ぼすほどのテロ物件だという事にショックを受けていると、苛められっ子が顔の下半分をシーツで覆ったまま起き上がって首を振った。


「いえっ臭くないです!いい匂いです!」

「……慰めてくれなくていいよ。ごめん。スメルケアを徹底する。重曹がいいんだっけかな」


 慰められるとかえって辛いよ。


「いえ、本当に良い匂いなんです。あの、だから怖くて……」


 良い匂いが怖いとはどういう事だろ?怖いほどいい匂い?いやいや、やはり慰めようとして誤魔化してくれているんじゃ……。


 堂々巡りの会話をしばらく繰り返したのち、苛められっ子くんは申し訳なさそうに頭を下げていった。


「だから、ごめんなさい。あまり傍に寄らないでください。お嬢様に匂いがいい匂い過ぎて、僕は自分がどうなっちゃうか分からなくて怖いんです」


 彼の主張は全くもって私には納得の出来ない事だったのだけど、分かった事は二つ。


 私は臭くない。これは本当にありがたい。臭令嬢なんてツライし。

 でも、もう一個のほう。

 苛められっ子くんは私に傍に来てほしくない。


 そんな寂しい事を言われて傷心の私、ちょっと泣いてもいいですか……。


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