上 下
13 / 129
第二章

12 令嬢は魔法も習いたい

しおりを挟む


 アーノルドは呆れたような顔のまま、ベッドに横たわっているシシィに右手をかざすと何やら呟いた。するとびっくり!筋肉痛が跡形もなく消え去った。


「アーノルド!」

「楽になられましたか、シシィお嬢様」

「なった!凄く楽になった!というか、もう、どこも痛くない。アーノルド今の何?凄い、アーノルド!」


 腹筋だけで起き上がろうとして失敗し、素直に手を使って置き上がった私にアーノルドはにっこりと笑って「治癒魔法にございます」と言った。


 ま・ほ・う!


 いや、知ってた。あるのは知っていたけれど、見たのは(多分)初めてだわアーノルドの特技に驚くわで興奮するのは許してほしい。コーリン夫人がここにいたらお小言必須だけどいないから大丈夫。

 あ、ジェシーもアーノルドも秘密にしておいて?


「アーノルドが魔法が使えるの知らなかったよ、凄い!格好いい!羨ましい!」

「……今までシシィお嬢様が怪我をなさることも、ましてや筋肉痛になるほど体を動かすこともございませんでしたからね」


 嫌味か?嫌味だな?ま、それはいい。嫌味の一つや二つ気にしないから。


「私も魔法使える?」


 問題はこっちだ。使いたい、是非。今の私に魔法の知識がないのは、記憶喪失のせいなのか魔法の素養が無くて習っていないのか、どちらだろう。願わくば前者でありますように。忘れたなら、また、覚え直せばいいだけだし。


「お使いになられたいのですか?」


 アーノルドが驚いたように言う。ん?そこ、びっくりするとこ?


「お使いになりたいですっ」


 使いたいよね、普通。だって、魔法だよ!?剣も練習もがっつりして魔法の練習も頑張って魔法剣とか使えたら格好イイに決まってる。やっぱ炎とか氷とかそういうのを使った魔法剣に憧れるぅ。


 勢い込んで前のめりで言った私に、アーノルドは目を眇めて首を振る。


「剣を習い始めるのでしょう?」

「うん。でも、魔法も習いたい」

「一度に二つも習い事を増やすのは賛成出来かねます。しかも、剣と魔法など。ご令嬢がなさるのならば楽器や声楽、絵画などは如何ですか?」


 アーノルドが言うには、そもそも貴族は高い魔力を備えていることを是とする割に魔法を使う事は少ないらしい。

 次男や三男で家から離れて身を立てるものならともかく、嫡男や令嬢方は使わずに一生を終える者も少なくないとか。では、なぜ高い魔力を持つことを求められているのか。それはただのステイタスだそうだ。富んだ領地や美しい外見、高い教養や卒のない社交術と同じで”持っている事”事態に価値がある――いや、勿体なくね?あるなら使おうよ。楽しそうだし。


「……と申し上げてもシシィお嬢様は取り合ってくださいませんね。旦那様に申し上げておきます。ですが、治癒魔法に適性があるかどうかは私には判断が出来かねます」

 反対してまた剣の時のように見えない場所で危ない事をするよりは、きちんと教師を付けて把握した方がマシです、などど言いたい放題だったアーノルドだけど、お父様に話を通してくれるなら何を言っても無問題。


「記憶を失われてから性格が変わったと思っておりましたけれど、そういう所は変わりませんねぇ、シシィお嬢様」

「そういうところ?」

「ええ、知識をどん欲に吸収しようとするところ、興味を持ったことは手を出さずにいられないところですよ」

「そう?」


 ジェシーにそう言われても、私には分からない。だって、記憶喪失だから。

 私が分からないを前面に押し出しているからだろう、ジェシーが笑って肩をすくめる。


「そうですとも、ねぇ、アーノルドさま?」

「……表面的にはそうですね」


 なんか、奥歯に物の挟まったような言い方だ。意味するところを聞こうとアーノルドを見ると、彼は目を逸らした。


「深い意味はございません。では、私は旦那様の所へ参りますので――」

「ちょーっと待ったぁ!」


 部屋を出て行こうとするアーノルドを慌てて止める。


「ねぇねぇねぇねぇ。アーノルドのその魔法でス……じゃない、私が拾ってきた子も治せないの?」

 治せるものなら治してほしい。

 苛められっ子くんは、何故か私に怯えるので見舞いにすらいけないまま放置しているのだ。衰弱している子を更に負担をかける訳にもいかないので我慢しているけど、早く元気になってもらいたいし、そして仲良くもしたい。


「無理です」

「え―――」

「あの子どもは栄養不足と疲労の蓄積で弱っておりますので、ゆっくりと安静にしてしっかりと食事を摂らせるしかございません。私の治癒魔法では力及ばず申し訳ない事です」

「あ、いやいやいや、申し訳ないとか思わないで下さいっ」


 私のわがままで謝らせてしまった。此方こそ申し訳ないとベッドの上で頭を下げる。


「お嬢様、使用人に頭を下げないでください」

「え、いや、でも、悪い事をしたらゴメンナサイだし」


 私は真っ当な事を言ったのに、アーノルドもジェシーも渋面で首を横に振る。


「頭を下げないでください」


 重ねて言われて口を尖らせた私は悪くない。

 悪くないったら悪くないー!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ

Kouei
恋愛
 夫が寝言で女性の名前を呟いだ。  その名前は妻である私ではなく、  私の義姉の名前だった。 「ずっと一緒だよ」  あなたはそう言ってくれたのに、  なぜ私を裏切ったの―――…!? ※この作品は、カクヨム様にも公開しています。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...