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休息話『三人の、聖なる夜に』
「クリスマスプレゼント①」
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十二月のはじめ。
この冬はじめて、東京に雪が降った日というのは。
うちの店長――もとい、私の婚約者、小原新に襲われた(といえばまだ聞こえはいいけど、あれはレイプのようなもの)記念日である。
……いや、いらない。いらないね、そんな記念日。
ともかく、あれから色々あった。
私、安住結衣の二十三年という人生の中で、この約一ヶ月は濃厚すぎた。多分十年くらい老けたと思う。
まあ老けたと思うのは心だけで、見た目は子供のままなんですけどねー……。なぜ成長しないのか! 身長、そして胸よ……! やっぱりご飯をちゃんと食べていないからかな……。
ご飯、という単語で、ふと数日前のことを思い出す。
(焼き肉、美味しかったなぁ)
新と婚約した次の日。
職場でわいわいしていたら、新と葵さんが喧嘩しそうになって。慌てた私は二人の気をそらす為に、焼き肉に行くことを提案した。
訳あって、ちょっと気まずい焼き肉になってしまったけど、三人で食べた焼き肉はとても美味しかった。
葵さん――市松葵さんは、私のボディガードだ。
元々、新の秘書兼ボディガードだったのだが。私が彼の婚約者になったことで、どうやら私の方が危険になったらしく、私専属のボディガードになってくれた。
……危険、ってなんなのって感じだけど。
葵さんはとびきり美人だ。
背は高い、胸はでかい、長い黒髪は超絶綺麗で。手の届かないモデルみたいだなあって、今でも傍にいるのが違和感の塊みたいな人なんだけど。
そんな『美女』な印象に反して、彼女はとても強い。実際私がごろつき連中に襲われそうになったとき、葵さんは軽々とそいつらをやっつけてくれた。
――けれど。
そうなのです。誰でも欠点はあります。
葵さんは、レズなのです……。こともあろうに、私を食べようとしてくるのです。……はあ。
それだけなら、まあ、私も婚約したのですし? もう大丈夫だろうと思ったのだけど。
……甘かった!
私の甘い、甘い、角砂糖みたいな考えは、見事に、熱々のにが~いコーヒーの中に落とされて跡形もなくなった。
そう。その婚約者――新が、「葵となら寝てもいい」と言うのだ。詰んだとしか言いようがないよね。
だって、新がそんなこと言ってしまったら、葵さんは好き放題いつでもどこでも私を襲える。なにせ公認の仲だから。
あーもう、なんでそんなこと言っちゃうのかなあ? つらい……。私の意思関係ないし。
仕事の帰り。いつも通り私は葵さんに車で送ってもらっていた。
当然のように葵さんが運転して、私は助手席でのんびりしている。今日という日はもう終わりそうだが、新にはまだ会っていない。
新は忙しい。私がこの会社に入ってから最近までは、出現率高めだったが。今は年末で本当に忙しいのだろう、うちの会社に来ることは激減した。
うちの会社は新が私の為に作ったもので、彼の本業ではない。たぶん、もう必要ない会社なのだろうけれど、私が我儘を言って残してもらっている。
(今日は会えるかなあ……)
信号が赤になって、前から順に車が止まっていく。私はぼんやりと新のことを考えていた。
――寂しいかと言われれば、まあ寂しいよ。
やっと愛されているのだと分かったばかりなのだ。婚約したばかりなのだ。新の前ではツンツンしてるように見えるかもしれないけど、私はいま、恋する乙女だ。
会えない日が続くと、一人で夜を数えていた日々を思い出して、正直つらい。
でも葵さんがずっと傍にいるから、孤独じゃない。
……葵さんの丁寧な運転は、心地が良い。
いまだにこの高級車には慣れないけれど、葵さんが運転していると、なんだか安心する。安心しすぎて寝てしまうこともある。たまに新が運転するけど、こちらはあまり眠れない。なんでだろうね?
私は今まであったことを考えながら、窓から雪の降る景色を眺めていた。
――って。
「葵さん……? どこへ拉致る気ですか??」
信号が青になって、右に行くはずの車は、右折せずに真っ直ぐ走り出した。
道を間違えた……わけないよね!
どうせ、どこかへ連れて行く気だよね。……うん、わかってる。そのあと何されるかも大体想像つくし。
諦め半分で溜め息をついていると、葵さんはそれ以上に深い溜め息をついて、私に疑問を投げかけた。
「――結衣様。今日はなんの日か、ご存知ですか?」
「そりゃあ……。この町並みを見れば嫌でもわかりますけど」
道行く人たちを見る。
カップル、カップル、カップル。あとカップル。
日はとっくに暮れているのに。暗いはずの町は、キラキラと眩しいほどに輝いている。そして、赤い服を来た人がたくさんいる。それらは大抵、砂糖の塊か、鶏の塊を売っていた。
――そう、今日はクリスマスイブ。
「クリスマス……結衣様とやっと一緒になれて、はじめてのクリスマス……。それなのに! 信じられますか? 新様……あの男、結衣様放ったらかして何してると思いますか?? 仕事ですよ!!? 仕事!!!!!」
「あはは、まあまあ、落ち着いて」
あんなに慕っていた新のことを、「あの男」扱いしている葵さん、ちょっと面白い……。内心笑いながら、私は葵さんをなだめた。
なだめる、と言っても荒れているのは言葉だけで、葵さんの運転は相変わらず丁寧で全く乱れる様子はなく。ボディガードとして私を守る仕事を、真面目にこなしているのだと思う。
「あーもう! はじめてのクリスマスに、デートに誘わない男なんて! 結衣様が可哀想です!!」
苛々が止まらない様子の葵さん。
まあ、クリスマスは恋人たちにとって大事な日だと思う。なのに、新からはデートのお誘いどころか、今日に限ってはメールすらきていない。
――寂しい、けど。
そこまで感情が揺れていないのには、勿論理由があった。
この冬はじめて、東京に雪が降った日というのは。
うちの店長――もとい、私の婚約者、小原新に襲われた(といえばまだ聞こえはいいけど、あれはレイプのようなもの)記念日である。
……いや、いらない。いらないね、そんな記念日。
ともかく、あれから色々あった。
私、安住結衣の二十三年という人生の中で、この約一ヶ月は濃厚すぎた。多分十年くらい老けたと思う。
まあ老けたと思うのは心だけで、見た目は子供のままなんですけどねー……。なぜ成長しないのか! 身長、そして胸よ……! やっぱりご飯をちゃんと食べていないからかな……。
ご飯、という単語で、ふと数日前のことを思い出す。
(焼き肉、美味しかったなぁ)
新と婚約した次の日。
職場でわいわいしていたら、新と葵さんが喧嘩しそうになって。慌てた私は二人の気をそらす為に、焼き肉に行くことを提案した。
訳あって、ちょっと気まずい焼き肉になってしまったけど、三人で食べた焼き肉はとても美味しかった。
葵さん――市松葵さんは、私のボディガードだ。
元々、新の秘書兼ボディガードだったのだが。私が彼の婚約者になったことで、どうやら私の方が危険になったらしく、私専属のボディガードになってくれた。
……危険、ってなんなのって感じだけど。
葵さんはとびきり美人だ。
背は高い、胸はでかい、長い黒髪は超絶綺麗で。手の届かないモデルみたいだなあって、今でも傍にいるのが違和感の塊みたいな人なんだけど。
そんな『美女』な印象に反して、彼女はとても強い。実際私がごろつき連中に襲われそうになったとき、葵さんは軽々とそいつらをやっつけてくれた。
――けれど。
そうなのです。誰でも欠点はあります。
葵さんは、レズなのです……。こともあろうに、私を食べようとしてくるのです。……はあ。
それだけなら、まあ、私も婚約したのですし? もう大丈夫だろうと思ったのだけど。
……甘かった!
私の甘い、甘い、角砂糖みたいな考えは、見事に、熱々のにが~いコーヒーの中に落とされて跡形もなくなった。
そう。その婚約者――新が、「葵となら寝てもいい」と言うのだ。詰んだとしか言いようがないよね。
だって、新がそんなこと言ってしまったら、葵さんは好き放題いつでもどこでも私を襲える。なにせ公認の仲だから。
あーもう、なんでそんなこと言っちゃうのかなあ? つらい……。私の意思関係ないし。
仕事の帰り。いつも通り私は葵さんに車で送ってもらっていた。
当然のように葵さんが運転して、私は助手席でのんびりしている。今日という日はもう終わりそうだが、新にはまだ会っていない。
新は忙しい。私がこの会社に入ってから最近までは、出現率高めだったが。今は年末で本当に忙しいのだろう、うちの会社に来ることは激減した。
うちの会社は新が私の為に作ったもので、彼の本業ではない。たぶん、もう必要ない会社なのだろうけれど、私が我儘を言って残してもらっている。
(今日は会えるかなあ……)
信号が赤になって、前から順に車が止まっていく。私はぼんやりと新のことを考えていた。
――寂しいかと言われれば、まあ寂しいよ。
やっと愛されているのだと分かったばかりなのだ。婚約したばかりなのだ。新の前ではツンツンしてるように見えるかもしれないけど、私はいま、恋する乙女だ。
会えない日が続くと、一人で夜を数えていた日々を思い出して、正直つらい。
でも葵さんがずっと傍にいるから、孤独じゃない。
……葵さんの丁寧な運転は、心地が良い。
いまだにこの高級車には慣れないけれど、葵さんが運転していると、なんだか安心する。安心しすぎて寝てしまうこともある。たまに新が運転するけど、こちらはあまり眠れない。なんでだろうね?
私は今まであったことを考えながら、窓から雪の降る景色を眺めていた。
――って。
「葵さん……? どこへ拉致る気ですか??」
信号が青になって、右に行くはずの車は、右折せずに真っ直ぐ走り出した。
道を間違えた……わけないよね!
どうせ、どこかへ連れて行く気だよね。……うん、わかってる。そのあと何されるかも大体想像つくし。
諦め半分で溜め息をついていると、葵さんはそれ以上に深い溜め息をついて、私に疑問を投げかけた。
「――結衣様。今日はなんの日か、ご存知ですか?」
「そりゃあ……。この町並みを見れば嫌でもわかりますけど」
道行く人たちを見る。
カップル、カップル、カップル。あとカップル。
日はとっくに暮れているのに。暗いはずの町は、キラキラと眩しいほどに輝いている。そして、赤い服を来た人がたくさんいる。それらは大抵、砂糖の塊か、鶏の塊を売っていた。
――そう、今日はクリスマスイブ。
「クリスマス……結衣様とやっと一緒になれて、はじめてのクリスマス……。それなのに! 信じられますか? 新様……あの男、結衣様放ったらかして何してると思いますか?? 仕事ですよ!!? 仕事!!!!!」
「あはは、まあまあ、落ち着いて」
あんなに慕っていた新のことを、「あの男」扱いしている葵さん、ちょっと面白い……。内心笑いながら、私は葵さんをなだめた。
なだめる、と言っても荒れているのは言葉だけで、葵さんの運転は相変わらず丁寧で全く乱れる様子はなく。ボディガードとして私を守る仕事を、真面目にこなしているのだと思う。
「あーもう! はじめてのクリスマスに、デートに誘わない男なんて! 結衣様が可哀想です!!」
苛々が止まらない様子の葵さん。
まあ、クリスマスは恋人たちにとって大事な日だと思う。なのに、新からはデートのお誘いどころか、今日に限ってはメールすらきていない。
――寂しい、けど。
そこまで感情が揺れていないのには、勿論理由があった。
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