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2年06月
2年06月 3
しおりを挟む今日は日曜日。
部活動はあったりなかったりする曜日。今週は部活がある日だった。
朝、部活に行こうとした筒井だったが、出発直後、自転車がパンクしてしまった。
両親はすでに2人で出かけていたため、仕方なく走っていくことにした。
弓道部でも一応ランニングはあるのだが、他の運動系部活のように、あまり本気では走らない。
部活に遅れるのは明白なのだが、一応、部長であるので、可能な限り早く到着したい。
よく考えたら、2年が自分1人だから、1年だけになる。1年だけで部活になるのだろうか?
久しぶりの全力疾走だ。もう既にふくらはぎが痛い。そのうち腹も痛くなるだろう。
ランニング、サボらないようにしよう・・・
弓道場に到着したのは、10時半だった。
日曜日の部活は昼までだ。
普段どおりであれば、昼に1年たちは帰る。
俺はというと、高校近くのスーパーで買った昼食をとり、夕方まで自主練するのが最近の土日の部活動がある日の過ごし方だった。
昨年までは、練習後に練習というのはあまりしなかったのだが、1年の指導をしていると、どうしても練習が足りなく感じる。
平日はそこまで練習できない。土日のこの時間は、貴重な練習時間だ。
俺が午後も練習しているとわかると、先生も午後は帰らなくなった。
最初、「俺が勝手にやってるんだから、先生は帰っていいよ」と先生に言った。
本心だった。
顧問としての活動は、ネット情報によると、ほぼサービス残業らしい。
平日は授業だらけで部活もある。土日くらい、好きに過ごしたっていいと思っていた。
「個人練習でも、一応部活だからな。何かあったら大変だろ?」ますます申し訳なくなる。
「それに、俺もお前の練習に付き合いたいからな!」
それ以降、俺が残る日は、先生も弓道場に残るようになった。
といっても、ノートPCを引っ張り出して、上座の畳で何か仕事をやっている。
カタカタと弓道場らしからぬ打鍵音を聞きながら、淡々と矢を射る。
1本1本、雑にならないように。
手持ちの矢がなくなると、的場へ矢を取りに行く。そのときだけ、先生も立ち上がり、筒井についていく。
「あーーーー今日は疲れた!もうやめる」
朝、走って来たせいか、普段の土日よりも早く疲労がたまっていた。的中もあまり良くない。
道場で大の字になりながら言う。
「筒井、帰りも走って帰るのか?」
「走るのはつらいなぁ・・・のんびり歩きますよ」
「ご両親に迎えは頼めないのか?」
「さっきメールしたら、また2人で買い物出かけたって・・・」
「へぇ~、仲いいんだなぁ~うらやましいなぁ~」
「先生も早く結婚したら?もう40歳でしょ?」
「31歳だ!」
「そうだっけ?でも、適齢期だよね」
「そうなんだよな~結婚したいよな~」
先生も道場にごろごろと転がる。駄々っ子みたいでかわいい。
そんなことを駄弁っている時間がとても好きだった。が、さすがに帰らねば、と 制服に着替える。これから歩いて帰ることにげんなりしながら道場を後にする。
「じゃあ、乗ってくか?俺の車」
「・・・?」
「送ってやるって言ってんの!」
「いいの!?やった!ありがと!先生大好き!」
「だー!まとわりつくな!」
「へっへっへ。お願いしまーす」
どさくさで先生に抱きつく。ナーバスな気分が吹き飛んだ。自然とテンションが上がってしまった。
本当に、大好きだ。
「ちゃんと案内しろよ。あと、曲がるときは早めに言えよ」
「助手席なので、ちゃんと助手しますよ!」
「何を言ってるんだ・・・」
妙なテンションの俺に先生は飽きれながら、車を走りださせる。
これって、言ってしまえば、“デート”なのでは?
先生と2人きりの車中。
運転する先生。
助手席の俺。
ふとした瞬間に触れる手。
見つめあう2人。
空の茜が2人の顔を紅くしていき・・・
「このまま夜景でも見れたら・・・」
「そんなところには連れて行かんぞ」
・・・声に出ていた。マズイ。ちょっと気を抜きすぎている。妄想は後にしよう。
それでも、何気ない会話をしながらの車中は楽しかった。
学校のこと、授業のこと。テストのこと。いろいろなことを先生に話した。
・・・あれ、教師と生徒の関係ではごく普通の内容じゃないか?
そういえば先生とは、こういう話はしていなかった気がする。
普段どんな会話をしているんだ、俺・・・先生からやべぇ生徒だと思われてそう。
「あれ、筒井の家ってこっちなのか。俺の家と同じ方向だな」
「えっ先生の家もこっちなの?」
「あぁ。もうしばらく行くと俺ん家だ」
「そうなんだ。せっかくだから先生の家に寄らない?先生の部屋見たいなぁ~」
「寄りませんし見せません」
「何で?」
「俺の部屋であって君の部屋ではありません。なので見せません」
「そっか、先生の家、いやらしいものばっかりあるもんね~」
「そういう挑発には乗りません」
先生はにやにやしている。
ぐぬぬ、なんだか、俺の扱いが上手くなってきている・・・
今日はおとなしく帰るか。まぁ、先生の車に乗れたし。
だが、しばらくすると、先生の様子がおかしくなった。
「なぁ、筒井、俺の部屋に寄らないか?」
「えっ、いいの?」
「あ、あぁ」
「やった!でも、どうしたの?急に」
「しょ、小便が・・・」
すごいタイミングだ。神様がいるなら、もうその神様にはもうなんでも捧げちゃう。
「大丈夫?家は近い?この辺りって、コンビニとかもないもんね・・・」
「あと1分くらいで到着させる、飛ばすぞ!」
車が加速する。周りの風景があっという間に通り過ぎる。
よく考えたら、先生が小便するために家に寄るのと、俺が部屋に入ることに関係はないような。
そうか、先生は多分、家に車を止めたら、俺が部屋についてくるだろうと思ったんだろう。
面倒な生徒だと思われてる?いや、きっと可愛がられている、きっとそうだ、そうだ・・・
「えっここなの?」
筒井の家の近く・・・ではないが、歩いてこれる距離だった。案外近いんだな。
先生は車を降りながら鍵を取り出し、走って部屋の扉の前に言った。俺も急いで後を追う。
だが、先生は鍵穴に鍵を刺そうとしない。何かを考えているようだ。
「・・・なぁ、5分だけ時間くれないか?」
「え、何のこと?」
「5分したら、部屋に入ってもいい。小便した後、生徒に見せられる部屋か、確認する時間が欲しい」
「ふーん?」
筒井はその発言について思考した。
部屋に入る直前のこの提案、やはり何かまずいものがあるのだろうか。そして、それはエロ関係?1人暮らしの男だし。
見てみたい。けど。
ただでさえ、生徒が半ば無理やり、顧問の部屋に押しかけているのだ。
仲が良くなったとはいえ、少々やりすぎが過ぎる気がする。
それでも、受け入れてくれる先生だから、俺でもここまで持ってこれたという部分もあるが。
ちょっと残念だが、受け入れることにした。
それに、本当に、何か「マズイ」ものなのかもしれないし・・・
俺が了承すると、先生は急いで部屋に入った。
バタバタと足音。
こっそり入ることもできるが、さすがにそれはできなかった。先生を裏切れなかった。
5分と言っていたが、先生が扉を再び開けたのは3分後だった。
「もうまずいのは片付けました?」
「おう!大丈夫だ!さっ、どうぞ」
お邪魔しま~す、と口に出し筒井は玄関に入る。
男の一人暮らしだからだろうか、それっぽい匂いがする。
玄関の先に小さな廊下。ドアが3つあるが、そのうち1つ開いている。
その手前に、小さめのキッチンが見える。
部屋は、思ったより汚くなかった。意外だ。
最悪、ゴミ屋敷を想像していたから、それと比べると上出来だ。
きれいってわけではないのだが。
「案外、きれいにしてるんですね・・・」
「そーだろそーだろ?」
「もっとひどい部屋を考えてたからなぁ」
「俺はデリケートだからな!」
にやにや笑う顔が可愛い。デリケートな人の部屋ってほど、きれいなわけでもないのだが・・・
自然に床に腰を下ろす。
なんだかんだ、先生は麦茶を持ってきてくれた。
すぐに追い出してもいいはずだが、部屋に入れた以上、少しだけ歓迎してくれるみたいだ。
「先生いつからここに住んでるの?」
「3月の異動からだな。前は隣の隣の市に住んでたから、さすがに通うのが面倒だからな」
何気ない会話をしながら、ちゃぶ台代わりのテーブルの上を見る。
テーブルは半分以上が何らかの封筒で埋まっている。
先生はこういう類のものは整理できないタイプのようだ。
「部屋はまぁ汚くはないですけど、こういう封筒は捨てられないんですね」
「結構面倒なんだよな、こういうの。まず開けるのがメンドイ・・・」
そう言って先生は封筒の束をつかむ。このタイミングで整理を始めたようだ。
「うわっ、これ明日までか・・・!あ、これも」
何かを言いながら、スマホで何かを確認している
「なぁ、筒井の家の周りにコンビニってあるか?」
「え?全然ないですよ」
「そうか・・・すまん、ちょっとコンビニに行ってくる!」
「え、どうしたんですか」
「今日までの支払いがあった。あと、コンビニ受け取りの荷物もあったんだ。今すぐ行けば、何とか間に合いそうなんだ。戻ったら、ちゃんと家まで送ってやるから」
「わ、わかりました」
「ゆっくりしていけ。いや、何もするな、いいか、俺の部屋で何もするなよ!」
そういって先生が部屋を出ていった。
1人残されてしまった。
突然の展開に思考が停止する。
部屋を見渡す。
よく言えばこざっぱりとした部屋だ。あまり時間をつぶせそうなものは、見渡す限りない。
見られたくないようなものは、どこかに押し込んだのだろうか?
しかし、去り際の先生の言葉、あれはフリでしかないような。
今何時だ?ここから近くのコンビニというと、往復で1早くて15分くらいだろうか?それだけの時間があれば、1とおり部屋を物色できてしまうなぁ・・・
自分の良心と葛藤する。今がチャンス、今しかチャンスがない。しかし・・・
何かをしたとばれたら、今の先生との関係性も変わってしまう。というか、終わってしまう。それだけは嫌だった。
窓から夕陽が差し込む。眩しさに目を細める。
窓辺に洗濯物があるのが見える。
・・・洗濯物!!
俺は自分の中に湧き出た、よくない思いつきと戦っていた。
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