何故か正妻になった男の僕。

selen

文字の大きさ
上 下
13 / 16
title 4

#27

しおりを挟む
僕達がライモンダ共和国に来て、3ヶ月程が経った。
ルイスは新聞会社の勤務にも慣れ、今日は休息日だ。
ライモンダには秋風が吹き始め、ちょっと肌寒い日々が始まろうとしている。街を行き交う人々はだんだんコート姿に変わってきい、色鮮やかだった街の景観も、ワインレッドやブラウンカラーに統一されていき、これから訪れる冬を歓迎しているようだった。
僕とルイスは市場の買い物帰りで、2人のとも手に荷物を沢山抱え込んでいる。
「昨日今日といっぱい買っちゃいましたね。そうだ、もう昨日から寝かせておいたケーキの生地、出来たかな。」
「元料理人のお前の手にかかればどうってことは無いだろう。うまくできる。」
元料理人って……。だから、庶務係だったって何回も言ってるんだけどなあ。
僕らの首元には、先月から編んでいてやっと完成したクリーム色のマフラーが巻かれている。
僕はルイスに、ルイスは僕にとお互いに編んだものだ。
僕は昔、冬の間によくセレンとセーターやら手袋やらを親父に編んだことがあったから、まあまあ上出来な物ができたけど、ルイスは一国の国王だったから、もちろんのんびりと編み物なんかをする暇は無かったらしい。
やっぱり初めての作品だから、網目にムラがあったり、ちょっと糸が飛び出たりしているところもあったけど、その分愛情が篭もっているようで僕はこのマフラーが大好きだ。
僕の深いターコイズブルーのコートとルイスの黒いコートに、このクリーム色のマフラーはよく似合っていると思う。
「…… …… あ。」
あるお店のショーウィンドウが目に止まった。
「なにかめぼしいものでもあったのか?」
僕の視線の先を追うようにルイスもショーウィンドウに目を向ける。
「……少し覗くか。」
そのお店は、宝石店だった。指輪も置いているらしい。
お店に入ろうとした時だ。
「あれ……?あの子、座り込んでどうしたんだろう。」
少し遠くに、小さな身体が建物によしかかっているように見えた。親の様な人の影も見当たらず、違和感を覚える。
「……いいや違う。座り込んでいるのではない。倒れている。」
「え?!そ、そんな!」
僕とルイスはその子に駆け寄った。
ルイスが言う通り、この女の子はぐったりと道端に倒れていた。
「……ねえ、大丈夫?」
そう聞いて軽く肩を叩くが、反応は無かった。
「酷く痩せているな。足に怪我もしている。家へ連れて帰り手当をしよう。」
「そうですね。ルイス、この荷物頼みます。」
持っていた大きな紙袋をルイスに渡そうとするけど、彼は一向に受け取ってくれない。
「馬鹿か。お前のその華奢な体で人を持ち上げられるものか。ウィルはその荷物を持っていろ。」
ルイスはそう言って自分が持っていた荷物を抱え直し、片手で女の子を抱き上げた。
「なっ!もう……ちょっとそれは酷いですよ!!」
僕はそう言いながら先に行くルイスを追いかけた。

・・・

我が家へ到着し、ルイスは女の子を僕達のベッドに寝かせる。
あんなところで倒れて……一体何があったんだろう。
暖炉を温め部屋全体の気温が上がってくると、次第に女の子の顔色も良くなっているようだった。
「まずは足の治療が先だ。ウィル、ぬるま湯と消毒液、ガーゼと包帯を頼む。」
「はい。」
僕とルイスはコートとマフラーをコートかけに掛けて、2人でしっかり手を洗ってから女の子の怪我の治療を始めた。
僕が頼まれたものを準備すると、ルイスは直ぐに治療に取り掛かった。それはて慣れた手つきでちょっとびっくりした。
「……得意なんですか?」
汚れをぬるま湯で流してから念入りに消毒をする。
「なにがだ?」
手をとめずに彼はそう言う。真剣な横顔がいつもに増してかっこよく見える。
「こういう、怪我人の手当、とか。」
「私は仮にも戦場に赴いていた人間だ。多少は出来る。」
いつの間にかガーゼが宛てがわれ、素早く包帯で女の子の細い足は巻かれていった。
「こんなところだろう。」
「へ、へえ……!」
ちょっとルイスに見とれていたら、手当はすぐに終わってしまった。見て僕も参考にしようかな、なんて思っていたのに。
治療が終わって、僕達は夕飯の支度を始めた。
「お、ケーキもいい感じですよ、ルイス。後は焼くだけなので食後に焼きましょう。」
「そうだな。」
ケーキもうまく出来てそうだ。
ケーキの具合を確認してから、今日はふたりで野菜たっぷりシチューと玉ねぎのサラダ、あと、高くて少ししか買えなかったけどお肉もスライスした。
最後に3人分のパンを切って食卓に出す。
「ちょっと女の子の様子見てきますね。」
僕はそう言ってキッチンを後にした。
部屋に行くと、女の子の目は開いていた。
「起きた?」
色素の薄い金髪で、瞳の色は可愛らしいローズピンク色だ。
肌は雪のように真っ白で、色の戻った唇はほのかに色づいている。こうして見ると、年は5、6歳だろうか?
女の子は怯えたように掛け布団の裾を掴む。
「あ、大丈夫大丈夫!!怖がらないで!」
僕はベッドの上に座った女の子と同じ目線になるように床に両膝を着く。
「僕はウィル・フリード。ここは僕とルイスの家なんだ。……えっと、君が道で倒れていたからここへ連れてきたんだ。」
と、とりあえず状況を説明してから、君の名前は?と問いた。
「わ、私の名前はエリカ……。」
まだ警戒しているようだけど、名前をちゃんと教えてくれて素直に嬉しかった。
「そっか、エリカちゃん。お腹すいてない?」
僕が笑顔でそう言うと、最初はちょっと恥ずかしがっていたけどやがてお腹、すいた、とはにかみながら言った。
ベッドから起き上がろうとすると、痛い!と小さな悲鳴を上げた。
エリカちゃんは包帯のまかれた方の足を抑え涙目になる。
「そうだ、怪我してたんだった……。よし、階段もあるし、おんぶしてくよ。」
「……い、いいの?」
「もちろん。」
遠慮するエリカちゃんはおずおずと僕の背中に乗る。
「……!!」
立ち上がってみて驚いた。
めちゃくちゃ軽い。心配するくらい。
容姿が少し似ているからだろうか、セレンの顔が浮かんだ。
もし、セレンがこんなに弱く痩せこけてぐったりしているかと思うと……僕は唇を噛み締めた。
「ご飯、沢山作ったんだ。」
「……え?」
「エリカちゃん、お腹すいてる?」
「…… ……ううん。」
不自然な沈黙の後にエリカちゃんはそう言った。
「野菜のシチュー。」
「へ?」
「それに玉ねぎのサラダに、少しだけどステーキもあるよ。」
僕はそうメニューを伝えてから、「まだお腹空かない?」と改めて問う。
「…… …… 空いてる。本当は、とっても空いてる……!」
小さいながらも、エリカちゃんの声には力が篭もっていった。
リビングに近づくにつれて、だんだん夕食の香りが濃くなっていく。
「エリカちゃん、遠慮なんてしなくていいよ。おなかいっぱいになるまで、沢山食べて!」
「わあ……!!」
ダイニングテーブルに並べられた料理を見て彼女はそう感激の声をもらした。
ルイスは気を遣って、僕の席の隣にもう1つ、来客用の椅子を用意してくれていた。
それに、エリカちゃんのご飯まで。
目をキラキラ輝かせるエリカちゃんを椅子に下ろして、僕も席に着く。
そして、3人で声を揃えていただきます、と言った。
エリカちゃんはまず、スプーン並々のシチューを頬張った。
噛み締め、味わい、惜しむように飲み込んだ。
「……おいしいよお。」
「よかった!」
さっきまでの警戒したような強ばる表情の影はすっかり消え去り、その代わり、やっと子供らしさが戻ったような無邪気な笑顔を目いっぱい咲かせた。
そんな愛らしいエリカちゃんを見ると、僕もとっても嬉しくなる。
それからエリカちゃんはパクパクと元気に食事を口に運び続けた。
おいしい、おいしいといいながら食べてくれると、本当に心が温まる。それはきっと、湯気の立つシチューのせいだけじゃないはずだ。
「あ、そうだ。エリカちゃん、この人は僕の旦那さんだよ。」
サラダをもぐもぐさせながら綺麗なローズピンクの瞳で僕の顔を見たあとルイスに視線を向けた。
「……ルイスだ。」
あれ、意外と素っ気ない。
それと、ルイスの表情がちょっとだけ固い気がする。緊張してるのかな……?
エリカちゃんは困ったように目を逸らして、また食事を始めた。


・・・

3人で夕食を食べ終え、僕とルイスは秘密の作戦会議をするようにキッチンの隅にコソコソと頭を寄せた。
、どうします……?」
「エリカ当人はどう言っているんだ?」
「一人で入るって……でもあの怪我じゃ……。」
「…… ……そうだな。ウィル、お前が入らせろ。」
「えっぼ、僕ですか?!」
「もちろんだ。私にあの様な幼女に対する接し方が分かると思うか?」
ルイスは結構ゲンナリして、お願いだ、と言わんばかりの顔つきで訴える。
「それにお前、妹が居ただろう。」
「あっ確かに。」
とりあえず、僕がお風呂に入れさせることは決定したけど……。
「…… ……でもやっぱり、出会ったばかりの知らない男に肌を見られるのって、女の子なら絶対気にしますよ。目隠しして入るのでちょっといい感じの布あります?」
「ウィル、お前目隠ししてしっかりエリカを洗えるのか。」
「…… ……無理ですね……。」
目隠しした男の僕が、幼女・エリカちゃんをお風呂に入れている絵面は結構、いやかなりまずい。
「……ウィル、名案が思いついたぞ。」
「え?」
ルイスはそう言ってキッチンの流しにあった洗剤を手にして見せた。
「泡風呂だ。」

・・・

エリカちゃんにはちゃんと、君が怪我をしていて心配だから、と事情を伝えると案外あっさりオッケーを出してくれた。
エリカちゃんの身体にはピンク色のタオルを巻いて、泡風呂に浸からせた。
「すごい、エリカ、泡のお風呂初めてはいった。」
そう言ってもみじのような小さな手で泡を掬って遊んでいる。
包帯を取ると当たり前だけど痛がっていたから、怪我をしている方の足だけを浴槽から出して、エリカちゃんはバスタブに浸かり、僕はバスタブから丁度出ているエリカちゃんの頭を洗った。
「……ねえウィル。」
「なに?」
迷うような沈黙の後、彼女はこう言った。
「ルイスって、怖い人?」
…… …… 。
…… …… …… …… ……。
「……っぷ!!あははははは!!!!」
笑いという笑いが込み上げてきて仕方がない。
「え、え、エリカちゃん……!!」
急に笑いだした僕をキョトンとした顔で見つめる。(かわいい)
「全然怖くないよ!ちゃんと、優しい人だから。」
僕がそう言っても、エリカちゃんはまだ信じられない、と言った様子で「そっかあ」と呟いた。
傷も改めて洗い、綺麗に洗った頭と身体を新品のふわふわのタオルで拭いて先に上がらせた。
服がまだ無いから、僕の小さめのTシャツをワンピースのようにして着させて、その上からカーディガンを羽織らせた。

・・・

「上がったのか。」

「……う……うん。」

「そうか。」

「…… …… エリカ、こっちへ来い。」

「へっ…… …… ……おいしそう。」

「私とウィルで作った木苺のケーキだ。」

「食べてもいいの?」

「ああ。」

「…… …… …… ……とっても美味しい。……ルイス、ありがとう。」

「……沢山食べろ。」

そう言ってルイスはエリカちゃんの頭を優しく撫でた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】アナザーストーリー

selen
BL
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】のアナザーストーリーです。 幸せなルイスとウィル、エリカちゃん。(⌒▽⌒)その他大勢の生活なんかが覗けますよ(⌒▽⌒)(⌒▽⌒)

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

俺がイケメン皇子に溺愛されるまでの物語 ~ただし勘違い中~

空兎
BL
大国の第一皇子と結婚する予定だった姉ちゃんが失踪したせいで俺が身代わりに嫁ぐ羽目になった。ええええっ、俺自国でハーレム作るつもりだったのに何でこんな目に!?しかもなんかよくわからんが皇子にめっちゃ嫌われているんですけど!?このままだと自国の存続が危なそうなので仕方なしにチートスキル使いながらラザール帝国で自分の有用性アピールして人間関係を築いているんだけどその度に皇子が不機嫌になります。なにこれめんどい。

転生したら、ラスボス様が俺の婚約者だった!!

ミクリ21
BL
前世で、プレイしたことのあるRPGによく似た世界に転生したジオルド。 ゲームだったとしたら、ジオルドは所謂モブである。 ジオルドの婚約者は、このゲームのラスボスのシルビアだ。 笑顔で迫るヤンデレラスボスに、いろんな意味でドキドキしているよ。 「ジオルド、浮気したら………相手を拷問してから殺しちゃうぞ☆」

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

【完結】役立たずの僕は王子に婚約破棄され…にゃ。でも猫好きの王子が溺愛してくれたのにゃ

鏑木 うりこ
BL
僕は王宮で能無しの役立たずと全員から疎まれていた。そしてとうとう大失敗をやらかす。 「カイ!お前とは婚約破棄だ!二度と顔を出すんじゃない!」  ビクビクと小さくなる僕に手を差し伸べてくれたのは隣の隣の国の王子様だった。 「では、私がいただいても?」  僕はどうしたら良いんだろう?え?僕は一体?!  役立たずの僕がとても可愛がられています!  BLですが、R指定がありません! 色々緩いです。 1万字程度の短編です。若干のざまぁ要素がありますが、令嬢ものではございせん。 本編は完結済みです。 小話も完結致しました。  土日のお供になれば嬉しいです(*'▽'*)  小話の方もこれで完結となります。お読みいただき誠にありがとうございました! アンダルシュ様Twitter企画 お月見《うちの子》推し会で小話を書いています。 お題・お月見⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/804656690/606544354

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

処理中です...