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Dr.アダチの教室

葛藤と実食

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 コメント:誰かなんか言えよ……。
 コメント:いや、今回はきついって。
 コメント:ルーメンさん……。
 コメント:アカンアカンアカンて! 
 コメント:もう泣きそうやん……。
 コメント:泣くなら食うなよ!!
 コメント:さすがにBANじゃね?
 コメント:誰か未来に行って止めて
 コメント:脳内掻き回される気分だわ…
 コメント:分かれよ。供養だよ
 コメント:見てるのつらい……。
 コメント:食べなかった何か解決するの
 コメント:食べなかったら後悔。
 コメント:命を奪ったんだから食べよう。
 コメント:それはもう人間じゃないよ
 コメント:てか単純にゲテモノじゃん
 コメント:猿の脳みそとなんか違う?
 コメント:いや、違うだろ!


 コメント欄が真っ二つに割れている。バッタ人間を食する事についてだ。

 テーブルの上には大きなトノサマバッタの頭が一つ。複眼に光はない。ここだけ見ればただのモンスター化したトノサマバッタだ。しかし、こいつは元人間でもある……。

 どこの誰だかは分からない。しかし、アダチの能力でトノサマバッタと【融合】するまでは人間として生きていた筈だ。それを俺は食おうというのか?

 一方でゲテモノなら先ずは口に入れてみるのがルーメンチャンネルのコンセプトでもある。俺が奪った命。ならば糧にしてみせるという気持ちも確かにある。しかし……。

「ルーメン!」

 散策から戻ってきたニコが怒ったような声をあげた。

「なんだ」

「わぁのいない間に配信するなんてずるい! それに顔がおかしいよ。今にも死にそう」

 俺の様子が伝播したのかニコは眉毛を八の字にしている。

「少し悩んでいてな」

「食べ方で?」

「いや、食べるか否かで」

 ニコは俺の顔をじっと見つめる。頭の中を読み取ろうとしているかのように。

「うーん……これは重症」

 そう言うとニコはテーブルの上のバッタ人間の頭を掴んだ。

「どうするつもりだ?」

「こうする!」

 ──ヒュン!! と開けっ放しの窓から飛んでいくバッタ人間の頭。オーガの血が混ざっているのでニコの膂力は人間離れしている。その強肩によって遠くへ投げ飛ばされた。

「……おい。それでは視聴者が納得しないぞ」

「わぁはルーメンが辛そうな顔をしているのは嫌なの! だからその原因をなくした!! それにこれがあれば視聴者は納得するだろ!?」

 そう言ってニコがリュックから取り出したのはモンスター化した巨大なカタツムリ。しかし様子がおかしい。触覚の部分が緑と白の縞々になり蠢いている。

「これは寄生虫……。ロイコクロリディウムに寄生されたモンスターカタツムリ!?」

「なんか変なやつがいたから捕まえてきたのだ! 凄いだろ!!」

 ニコが胸を反らして得意げにする。

「あぁ。凄い。なかなかお目にかかれないヤツだ。この寄生虫はな、カタツムリの触角に寄生してイモムシのように擬態するんだ。そして鳥などに捕食されるように誘導する」

「何でカタツムリを鳥に狙わせるんだ?」

「カタツムリから鳥に寄生先を変える為だ。この寄生虫の最終目的地は鳥の腹の中なんだよ。そこで成虫となり、卵をたくさん産み、鳥のフンと一緒に拡散される」

「うーん、今回はルーメンのお腹の中に寄生してそこで産卵するってこと? ルーメン、寄生虫の親になるの?」

「ならねーよ! そもそもなんで生でいく前提なんだ! 流石に火は通すぞ!!」

「鳥さんは生で食べるのに? ルーメンは鳥さん以下!?」

 クソッ! ニコがコメント欄に影響されている!! 煽り方がアイツ等そっくりだ。コメント欄を見ると──。


 コメント:寄生虫きめええぇぇぇ!!
 コメント:ニコちゃん、唐突だな!!
 コメント:いや、これ生でいくの!?
 コメント:ルーメンの目がカタツムリに
 コメント:ルーメンなら余裕っしょ。生
 コメント:よく噛めば平気!!


「そんな訳あるか! ニコ、鍋を借りてきてくれ!!」

「あーぁ、火を通すのかぁ。チャンネル登録者減っちゃうなー」

「うるさい!」

「観客も集めてくるね! 盛り上げないと!!」

 悪戯な笑顔を浮かべ、ニコは部屋を出て行った。


#


「ルーメン殿……。これは何の催しですか?」

 中野集落の地上部分。俺が大穴を開けた南ゲートの側には人だかりが出来ていた。その騒ぎを聞きつけて中野集落の長、袴田はやってきたらしい。

「俺の故郷では戦いで亡くなった人々の魂を鎮める為に、ゲテモノを食べるんだ」

「集落の民に虫を集めろと言ったのはその為……?」

「そうだ」

 んな訳ない。俺が普通に食ってバフを得る為だ。

「ルーメン、鍋が沸騰したよー」

 焚き火にかけられた大きな鍋からは大量の湯気が上がっている。その様子を集落の子供達が不思議そうに見ていた。

 ニコがリュックから例の巨大なカタツムリを出す。本体はほとんど動かないが、その触覚にいる寄生虫、ロイコクロリディウムが激しく脈動している。その様子に集落の民は悲鳴を上げた。

 よし。煽るか。

 俺は焚き火の側に立ち大きく息を吸い込んだ。

「先日のモンスターの襲撃でこの中野集落は大きな被害を受けた! 命を落とした者もいる。その家族や友人は深い悲しみを抱えているだろう」

 集落に俺の声が響き渡る。

「しかし、我々は前に進まねばならない。生きてゆかねばならない!」

 パチパチと薪が弾ける音がする。そろそろだな。

「そこで今日は鎮魂の儀を行う! 俺の故郷では死者の魂の前でゲテモノを食べ、その様子で魂を鎮める!!」

 集落に動揺が広がる。この人は何を言っているんだろうと……。

「ニコッ!」

「ほいっ!」

 ニコは鍋にカタツムリを放り込んだ。寄生虫のいる触覚が苦しむように激しくうねる。揺れた鍋なら熱湯が溢れ、薪から激しく水蒸気が上がった。

 やがてカタツムリは完全に動かなくなった。寄生虫の体は茶色に変色している。

「ニコッ!」

 木製のトングでカタツムリは鍋から取り出され、皿に乗せて俺の目の前に差し出される。受け取ると、茹でた貝類のような香がする。これは……美味そうだ。二十センチ程のカタツムリを片手で掴み、頭の部分を噛みちぎる。

 ──美味いッ!!

「どんな味?」

「上等な貝類だ! 火を通しても適度な硬さで食感も素晴らしい。そして寄生虫部分の旨味も強い。これは……絶品だぞ!!」

 俺の食レポを聞いてニコは満足そうにする。自分の採取したゲテモノが評価されたからだろう。

 あまりの美味さにあっという間に完食してしまった。鎮魂の儀という建前を一瞬で忘れてしまっていた。マズイな……。どうする? ちょっと尺が足りないぞ。

「これ……」

 集落の男の子が俺の側にきて麻袋を差し出した。受け取って中を覗くと、頭を潰された巨大なオケラがいた。この子が採ってきてくれたのだろう。

「ありがとう」

 男の子は軽く頷き、人垣に戻る。

「ニコッ!」

「ほいっ!」

 モンスター化したオケラが鍋に放り込まれる。その様子を見て、子供達が流れを理解したようだ。俺の前に次々と麻袋が差し出され、山となる。

「ルーメン、出来たよ!」

 ニコが茹で上がったオケラの乗った皿を持ってきた。うーん、前脚の部分が硬そうだな。どうやって食べようか……。

「……ルーメン殿。私も」

 それまでずっと見ているだけだった袴田が寄ってきた。ある種の覚悟を決めた表情をしている。

「無理はしなくていいぞ」

「いえ。私はこの集落の長です。私も鎮魂を」

 そう言って俺の持つ皿からオケラを取り、マイクの用に握る。

「死者の魂よ、安らかに……」

 袴田は目を瞑ったままオケラの腹に齧り付いた。その瞳から涙が頬を伝わる。すまん、袴田。色々とすまん。居た堪れなくなってコメント欄を覗くと、視聴者が混乱していた。
 

 コメント:イケメンがオケラを食べるだ
 コメント:なんだこの展開は!?
 コメント:ちょっと解説してくれ
 コメント:何で泣いてるんだ不味いの
 コメント:無理矢理はよくないルーメン
 コメント:謎すぎるだろ!!


 そうだよなぁ。謎だよなぁ。でも、今更止められない。

 その後も俺と袴田は集落の民が集めてきたゲテモノを鎮魂の儀と称して食べ続けた。翌日、袴田が腹を下したのは言うまでもないだろう。
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