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東京
例の娘
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一条院との会食の中で、大井町集落での俺の立場が確定した。それは客人という気楽なもので、集落に対してリスクになる行動を取らなければ基本的に自由だ。
まぁ、俺の場合、食料は自給自足出来るし外敵から身を守ってもらう必要もない。逆に、何かあったら力を貸して欲しいとは言われている。
何せ、この地球は危険でいっぱいなのだ。人類は高いバリケードを作って集団生活をしなければならない程度に……。
「ルーメンさん!」
もう陽が落ちるという頃だ。自由に使っていいと割り当てられた部屋の戸に手を掛けようとしたタイミングで、声を掛けられた。
「なんだ。オークに襲われた娘か」
「あの、一応名前があるんですけど……」
「……」
さて?
「覚えてないんですか! 私、自己紹介しましたよね?」
娘は膨れてみせる。化粧っけがないせいか、ひどく幼い。
「……確か、セミみたいな名前だったな」
「セナです! 世界の世に、奈良の奈で、世奈です!!」
「かなり惜しいな。ほぼイコールだ」
「印象が全然違います! セミは虫じゃないですか!」
世奈は拳を握って熱弁する。セミと一緒にされるのが嫌らしい。
「それで、何か用か?」
「あの、ありがとうございます! ルーメンさんのおかげでお母さんに温泉を届けられました」
「ああ、あのポリタンクの中味は温泉なんだったな」
「はい! 蒲田の温泉です!」
「母親は温泉好きなのか?」
「いえ、蒲田の温泉は魔素皮膚炎に良く効くんです! ウチのお母さん、魔素皮膚炎が酷くて……」
あぁ。一条院が言っていた魔素か。異世界との融合で地球にばら撒かれたという、厄介な物質。
「……なるほど。しかし、オークが出るとなると簡単には温泉を手に入れられなくなるな」
「……はい」
世奈はスッと表情を曇らせた。胸騒ぎがしてスマホでコメント欄を確認する。
コメント:おいおい、ルーメンさん……
コメント:あーぁ、女の子泣かせた
コメント:ルーメン、女心分からない
コメント:この小娘!ルーメン様に手を
コメント:小便臭いガキは帰んな!
コメント:女さん、こえええー!
うっ……。やはり荒れ気味だ。こいつら、勘違い甚しいぞ!
「……オークの討伐はやらないのか?」
「もう少し被害が大きくなれば一条院さんが討伐隊を組織してくれるかもしれません。ただ、集落内の反発もあるので……」
千人もいれば、一枚岩じゃないか。一条院がここを仕切っているのも、能力者としての実力ありきなのかもしれない。つまり、力がものを言う世界。
「そうか」
「……でも、今回の温泉があればしばらくは凌げます! 本当にありがとうございました!!」
そう言って世奈はぺこりと頭を下げ、パタパタと行ってしまった。
「……魔素か」
俺がどうこう出来る問題じゃないな。
#
集落の朝は早いらしい。客人の俺が惰眠を貪っている間に、人々は活動を始めていた。
昨日の残りのコオロギの脚を咥えながら散歩をしていると、すれ違う人々に二度見された。羨ましいようだ。
自室のある正門から、かつて競走馬が駆け回り、人々が熱狂していたであろう馬場に入る。今は見る影もなく、全てが畑になっていた。
木製の桶から柄杓で水を撒く女達の姿が見える。男達は農具を振るっている。そういう役割分担なのだろう。
働かざる者食うべからず。そんな光景だ。
ふと、世奈の父親のことを思い出した。腕を折られては仕事も出来ないだろう。どうしているのか……。
──ガサッ。
背後からの音に反転して拳を構えると、驚いた顔の世奈がいた。肩に鍬を背負っている。
「なんだ。世奈か。危なく拳で打ち抜くところだったぞ」
「物騒な! もっと優しくしてください!」
「甘えるな。この世はサバイバルだ」
「それは、そうですね……」
よく見ると世奈は額に玉の汗をかき、服も酷く汚れている。昨日とは大分様子が違うな。
「お疲れのようだな。休憩したらどうだ?」
「大丈夫です! 私、今日から三人分働かないと行けないので!!」
そう言って世奈は畑に向かい、男達に混ざって鍬を振るい始めた。父親と母親の食い扶持を自分の働きでなんとかするつもりなのか……?
「チッ」
世奈の働く姿を見ていると、妙な気分になって落ち着かない。スマホを取り出してコメント欄を確認する。お前達、どう思う?
コメント:働き者のええ子やん
コメント:父親の代わりに働いてる?
コメント:うおおおおー!!泣ける
コメント:ルーメンが耕せよ!余裕だろ
コメント:いや、それは違うぞ
コメント:なんかモヤモヤする
クソッ! 全然解決しねぇ!!
俺は腹に遣りきれないものを抱えたまま、馬場を後にするのだった。
まぁ、俺の場合、食料は自給自足出来るし外敵から身を守ってもらう必要もない。逆に、何かあったら力を貸して欲しいとは言われている。
何せ、この地球は危険でいっぱいなのだ。人類は高いバリケードを作って集団生活をしなければならない程度に……。
「ルーメンさん!」
もう陽が落ちるという頃だ。自由に使っていいと割り当てられた部屋の戸に手を掛けようとしたタイミングで、声を掛けられた。
「なんだ。オークに襲われた娘か」
「あの、一応名前があるんですけど……」
「……」
さて?
「覚えてないんですか! 私、自己紹介しましたよね?」
娘は膨れてみせる。化粧っけがないせいか、ひどく幼い。
「……確か、セミみたいな名前だったな」
「セナです! 世界の世に、奈良の奈で、世奈です!!」
「かなり惜しいな。ほぼイコールだ」
「印象が全然違います! セミは虫じゃないですか!」
世奈は拳を握って熱弁する。セミと一緒にされるのが嫌らしい。
「それで、何か用か?」
「あの、ありがとうございます! ルーメンさんのおかげでお母さんに温泉を届けられました」
「ああ、あのポリタンクの中味は温泉なんだったな」
「はい! 蒲田の温泉です!」
「母親は温泉好きなのか?」
「いえ、蒲田の温泉は魔素皮膚炎に良く効くんです! ウチのお母さん、魔素皮膚炎が酷くて……」
あぁ。一条院が言っていた魔素か。異世界との融合で地球にばら撒かれたという、厄介な物質。
「……なるほど。しかし、オークが出るとなると簡単には温泉を手に入れられなくなるな」
「……はい」
世奈はスッと表情を曇らせた。胸騒ぎがしてスマホでコメント欄を確認する。
コメント:おいおい、ルーメンさん……
コメント:あーぁ、女の子泣かせた
コメント:ルーメン、女心分からない
コメント:この小娘!ルーメン様に手を
コメント:小便臭いガキは帰んな!
コメント:女さん、こえええー!
うっ……。やはり荒れ気味だ。こいつら、勘違い甚しいぞ!
「……オークの討伐はやらないのか?」
「もう少し被害が大きくなれば一条院さんが討伐隊を組織してくれるかもしれません。ただ、集落内の反発もあるので……」
千人もいれば、一枚岩じゃないか。一条院がここを仕切っているのも、能力者としての実力ありきなのかもしれない。つまり、力がものを言う世界。
「そうか」
「……でも、今回の温泉があればしばらくは凌げます! 本当にありがとうございました!!」
そう言って世奈はぺこりと頭を下げ、パタパタと行ってしまった。
「……魔素か」
俺がどうこう出来る問題じゃないな。
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集落の朝は早いらしい。客人の俺が惰眠を貪っている間に、人々は活動を始めていた。
昨日の残りのコオロギの脚を咥えながら散歩をしていると、すれ違う人々に二度見された。羨ましいようだ。
自室のある正門から、かつて競走馬が駆け回り、人々が熱狂していたであろう馬場に入る。今は見る影もなく、全てが畑になっていた。
木製の桶から柄杓で水を撒く女達の姿が見える。男達は農具を振るっている。そういう役割分担なのだろう。
働かざる者食うべからず。そんな光景だ。
ふと、世奈の父親のことを思い出した。腕を折られては仕事も出来ないだろう。どうしているのか……。
──ガサッ。
背後からの音に反転して拳を構えると、驚いた顔の世奈がいた。肩に鍬を背負っている。
「なんだ。世奈か。危なく拳で打ち抜くところだったぞ」
「物騒な! もっと優しくしてください!」
「甘えるな。この世はサバイバルだ」
「それは、そうですね……」
よく見ると世奈は額に玉の汗をかき、服も酷く汚れている。昨日とは大分様子が違うな。
「お疲れのようだな。休憩したらどうだ?」
「大丈夫です! 私、今日から三人分働かないと行けないので!!」
そう言って世奈は畑に向かい、男達に混ざって鍬を振るい始めた。父親と母親の食い扶持を自分の働きでなんとかするつもりなのか……?
「チッ」
世奈の働く姿を見ていると、妙な気分になって落ち着かない。スマホを取り出してコメント欄を確認する。お前達、どう思う?
コメント:働き者のええ子やん
コメント:父親の代わりに働いてる?
コメント:うおおおおー!!泣ける
コメント:ルーメンが耕せよ!余裕だろ
コメント:いや、それは違うぞ
コメント:なんかモヤモヤする
クソッ! 全然解決しねぇ!!
俺は腹に遣りきれないものを抱えたまま、馬場を後にするのだった。
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