上 下
18 / 60
東京

例の娘

しおりを挟む
 一条院との会食の中で、大井町集落での俺の立場が確定した。それは客人という気楽なもので、集落に対してリスクになる行動を取らなければ基本的に自由だ。

 まぁ、俺の場合、食料は自給自足出来るし外敵から身を守ってもらう必要もない。逆に、何かあったら力を貸して欲しいとは言われている。

 何せ、この地球は危険でいっぱいなのだ。人類は高いバリケードを作って集団生活をしなければならない程度に……。

「ルーメンさん!」

 もう陽が落ちるという頃だ。自由に使っていいと割り当てられた部屋の戸に手を掛けようとしたタイミングで、声を掛けられた。

「なんだ。オークに襲われた娘か」

「あの、一応名前があるんですけど……」

「……」

 さて?

「覚えてないんですか! 私、自己紹介しましたよね?」

 娘は膨れてみせる。化粧っけがないせいか、ひどく幼い。

「……確か、セミみたいな名前だったな」

「セナです! 世界の世に、奈良の奈で、世奈です!!」

「かなり惜しいな。ほぼイコールだ」

「印象が全然違います! セミは虫じゃないですか!」

 世奈は拳を握って熱弁する。セミと一緒にされるのが嫌らしい。

「それで、何か用か?」

「あの、ありがとうございます! ルーメンさんのおかげでお母さんに温泉を届けられました」

「ああ、あのポリタンクの中味は温泉なんだったな」

「はい! 蒲田の温泉です!」

「母親は温泉好きなのか?」

「いえ、蒲田の温泉は魔素皮膚炎に良く効くんです! ウチのお母さん、魔素皮膚炎が酷くて……」

 あぁ。一条院が言っていた魔素か。異世界との融合で地球にばら撒かれたという、厄介な物質。

「……なるほど。しかし、オークが出るとなると簡単には温泉を手に入れられなくなるな」

「……はい」

 世奈はスッと表情を曇らせた。胸騒ぎがしてスマホでコメント欄を確認する。


 コメント:おいおい、ルーメンさん……
 コメント:あーぁ、女の子泣かせた
 コメント:ルーメン、女心分からない
 コメント:この小娘!ルーメン様に手を
 コメント:小便臭いガキは帰んな!
 コメント:女さん、こえええー!


 うっ……。やはり荒れ気味だ。こいつら、勘違い甚しいぞ!

「……オークの討伐はやらないのか?」

「もう少し被害が大きくなれば一条院さんが討伐隊を組織してくれるかもしれません。ただ、集落内の反発もあるので……」

 千人もいれば、一枚岩じゃないか。一条院がここを仕切っているのも、能力者としての実力ありきなのかもしれない。つまり、力がものを言う世界。

「そうか」

「……でも、今回の温泉があればしばらくは凌げます! 本当にありがとうございました!!」

 そう言って世奈はぺこりと頭を下げ、パタパタと行ってしまった。

「……魔素か」

 俺がどうこう出来る問題じゃないな。


#


 集落の朝は早いらしい。客人の俺が惰眠を貪っている間に、人々は活動を始めていた。

 昨日の残りのコオロギの脚を咥えながら散歩をしていると、すれ違う人々に二度見された。羨ましいようだ。

 自室のある正門から、かつて競走馬が駆け回り、人々が熱狂していたであろう馬場に入る。今は見る影もなく、全てが畑になっていた。

 木製の桶から柄杓で水を撒く女達の姿が見える。男達は農具を振るっている。そういう役割分担なのだろう。

 働かざる者食うべからず。そんな光景だ。

 ふと、世奈の父親のことを思い出した。腕を折られては仕事も出来ないだろう。どうしているのか……。

 ──ガサッ。

 背後からの音に反転して拳を構えると、驚いた顔の世奈がいた。肩に鍬を背負っている。

「なんだ。世奈か。危なく拳で打ち抜くところだったぞ」

「物騒な! もっと優しくしてください!」

「甘えるな。この世はサバイバルだ」

「それは、そうですね……」

 よく見ると世奈は額に玉の汗をかき、服も酷く汚れている。昨日とは大分様子が違うな。

「お疲れのようだな。休憩したらどうだ?」

「大丈夫です! 私、今日から三人分働かないと行けないので!!」

 そう言って世奈は畑に向かい、男達に混ざって鍬を振るい始めた。父親と母親の食い扶持を自分の働きでなんとかするつもりなのか……?

「チッ」

 世奈の働く姿を見ていると、妙な気分になって落ち着かない。スマホを取り出してコメント欄を確認する。お前達、どう思う?


 コメント:働き者のええ子やん
 コメント:父親の代わりに働いてる?
 コメント:うおおおおー!!泣ける
 コメント:ルーメンが耕せよ!余裕だろ
 コメント:いや、それは違うぞ
 コメント:なんかモヤモヤする


 クソッ! 全然解決しねぇ!! 

 俺は腹に遣りきれないものを抱えたまま、馬場を後にするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

アリスと女王

ちな
ファンタジー
迷い込んだ謎の森。何故かその森では“ アリス”と呼ばれ、“蜜”を求める動物たちの餌食に! 謎の青年に導かれながら“アリス”は森の秘密を知る物語── クリ責め中心のファンタジーえろ小説!ちっちゃなクリを吊ったり舐めたり叩いたりして、発展途上の“ アリス“をゆっくりたっぷり調教しちゃいます♡通常では有り得ない責め苦に喘ぐかわいいアリスを存分に堪能してください♡ ☆その他タグ:ロリ/クリ責め/股縄/鬼畜/凌辱/アナル/浣腸/三角木馬/拘束/スパンキング/羞恥/異種姦/折檻/快楽拷問/強制絶頂/コブ渡り/クンニ/☆ ※完結しました!

【R18】まみはらまさゆきのエロチカ短編集

まみはらまさゆき
恋愛
「ミッドナイトノベルス」に掲載した短編を、「アルファポリス」向けに一部表現を見直すなどの改稿を施した上で掲載します。 目指すところは、「健全健康なエロス」です。 ※性表現については、アルファポリスのガイドラインに則り、一般書籍として販売されているものの範囲内とすることを目標としています。例)富島健夫とか吉行淳之介とかの一連の書籍群

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

ファーストカット!!!異世界に旅立って動画を回します。

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)
BL
トップ高校生we tuberのまっつんこと軒下 祭(のきした まつり)、17歳。いつものように学校をサボってどんなネタを撮ろうかと考えてみれば、水面に浮かぶ奇妙な扉が現れた。スマホのカメラを回そうと慌てる祭に突然、扉は言葉を発して彼に問い掛ける。 『迷える子羊よ。我の如何なる問いに答えられるか。』 扉に話しかけられ呆然とする祭は何も答えられずにいる。そんな彼に追い打ちをかけるように扉はさらに言葉を発して言い放った。 『答えられぬか…。そのようなお前に試練を授けよう。…自分が如何にここに存在しているのかを。』 すると祭の身体は勝手に動き、扉を超えて進んでいけば…なんとそこは大自然が広がっていた。 カメラを回して祭ははしゃぐ。何故ならば、見たことのない生物が多く賑わっていたのだから。 しかしここで祭のスマホが故障してしまった。修理をしようにもスキルが無い祭ではあるが…そんな彼に今度は青髪の少女に話しかけられた。月のピアスをした少女にときめいて恋に堕ちてしまう祭ではあるが、彼女はスマホを見てから祭とスマホに興味を持ち彼を家に誘ったのである。 もちろん承諾をする祭ではあるがそんな彼は知らなかった…。 ドキドキしながら家で待っていると今度は青髪のチャイナ服の青年が茶を持ってきた。少女かと思って残念がる祭ではあったが彼に礼を言って茶を飲めば…今度は眠くなり気が付けばベットにいて!? 祭の異世界放浪奮闘記がここに始まる。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い

うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。 浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。 裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。 ■一行あらすじ 浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ

処理中です...