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二人の好物

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「これが竜殺しの英雄、ラケラスの像だ! 建国間もないランス王国に現れた邪竜ベンリュートはあらゆるものを破壊し、人々を恐怖のどん底に突き落とした! 王国軍すら歯が立たず、絶望に覆われる……。そこに現れたのがラケラスだった!」

「……」

 竜に向かって剣を構える男の石像の前でテオドールは熱弁を振るう。しかし、セシルの反応は悪い。その様子を見て、近衛が顔を見合わせて笑っている。

「……あのねぇ。テオドール」

「なんだい? セシル」

「年頃の女の子が英雄譚に瞳を輝かせると思っているの? そんなだからテオドールは独り者なのよ!」

「なっ! ラケラスの物語は君の叔母のセリシアも好きで──」

「ちがーう! それはきっと、セリシアさんが話を合わせてくれていただけよ!! 竜を倒す話なんて男の子しか喜ばないの!!」

「……そうだったのか……」

 肩を落とすテオドール。

 そうねぇ。私はやっぱり英雄譚よりも恋愛譚の方が好きかなぁ。セシルの言ったことは間違いではない。

「ところでテオドール。少しお腹が空いたと思わない?」

「……いや、私はまだ」

「やっぱり甘いものかな~」

 セシル。いい性格しているわね……。一体誰に似たのかしら……。

「甘いもの……。そうだ! いい店があるぞ」

「そうこなくっちゃ!」

 テオドールはセシルの手を取り、今度こそはと張り切って歩き始めた。


 王都一番の大通りから一本脇に入り、少し人通りが寂しくなった辺り。煉瓦造りの落ち着いた外観に古びた看板がかけられてある。

「ここ?」

「あぁ。"穴熊茶房"だ。知る人ぞ知る名店だぞ」

「ふーん。なかなかいい趣味してるじゃない。テオドール」

「ふふふ。さぁ、入ろう」

 テオドールがセシルをエスコートし、店の一番奥のテーブルに着いた。給仕の女性が水とメニューを運んでくる。

「何がおすすめなの?」

 ──ベリーパイ。

「ベリーパイだ。間違いないぞ」

 そう。間違いない。私がランス王国で一番美味しいと認めるお菓子だもの。

「じゃあ、ベリーパイをお願い。あと、それに合う紅茶も」

「私もだ」

 給仕の女性は何かを察したように恭しく礼をして下がっていった。

「ところでセシル。君はいつまで王都にいるんだい?」

「私、王都のなんとか学院ってところに通わなくちゃいけないらしいの。卒業するまで五年もかかるんだって」

「王立貴族学院だな。貴族の子女はそこに通うことが通例なのだよ」

「私、公爵領から出たことなかったし、少し不安なの」

 水のグラスを持ち、セシルは唇を尖らせた。

「心配はいらんぞ、セシル。何か困ったことがあれば私が力になる。何せ、国王だからな。君に降りかかる火の粉は全て打ち払ってくれよう」

「あー、テオドールいけないんだー! それは権力を振りかざす悪王の始まりよ!」

「大袈裟だなぁ……」

 二人のやり取りを聞いて、店の隅に立つ近衛達が笑っている。

 他愛もない会話を続けていると、いよいよベリーパイが運ばれてきた。四角く焼き上げられたパイ生地にクリームと三種類のベリーが山と盛られている。

「わぁ! 凄い!」

 セシルの反応にテオドールは満足気だ。

「……美味しい。美味しいわ! テオドール!!」

 私が初めて穴熊茶房のベリーパイを食べた時も、セシルと同じように声を上げた筈。それから私とテオドールは事あるごとにここを訪れたものだ。

 セシルはペロリとベリーパイを平らげ、ニコニコと余韻に浸っている。

「ねぇ、テオドール。また連れてきてくれる?」

「勿論だとも」

 近衛達が時間を気にして渋い顔をするまで、セシルとテオドールはまるで長年連れ添ったような気安さで、いつまでも語らいを続けるのだった。
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