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氷の聖女

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王都の教会で暮らすようになって間も無く、私は聖女に認定された。それにより、生活は一変する。

 教会内に個室を与えられ、衣食住が約束された。

 しかし勿論、何の見返りも求めない程、教会は優しい組織ではない。

 私は一日に何度も、癒しの力を行使させられた。

『教会に多額の寄進をした者は聖女の癒しを受けられる』

 貴族や商人が毎日やって来て、「聖女様、どうか私に癒しの光を!」と宣い、健康な身体を手に入れると不機嫌な顔をして去っていく。

 私は、私を守るために心を閉ざした。

 なるべく人と関わらないように毎日を過ごす。自分は道具なのだ。道具は道具らしく、物言わず淡々と役割をこなすべき。

 そんな生活がもう五年続いている。私はいつの間にか「氷の聖女」と呼ばれるようになっていた。


 #


「エマ様。枢機卿がお呼びです」

 その日の務め──四人に癒しを与えた──を終え、自室に戻りぼんやりと過ごしていた時だ。ノックの後に入ってきたシスターが珍しいことを言った。枢機卿が私に何の用だろう?

「何かありましたか?」

「申し訳ございません。私は何も聞かされていないので……」

 シスターは顔を伏しながら小さな声で答える。何か良くないことなのだろう。

 手を引かれ、枢機卿の執務室まで連れてこられた。シスターは「では……」と断り、いなくなる。一人で行けということらしい。

 重厚な扉をノックすると、「入れ」とぶっきらぼうに返ってきた。心を平坦にして中に入る。

 豪奢なデスクにふんぞり返っていた枢機卿は、前に会ったときよりも大分ふっくらしていた。贅沢をしているのだろう。

「調子はどうだ? エマ」

「私の体調でしたら普段通りです」

「ふん。まぁいい。早速だが本題に入る。お前はこの国の状況を知っているか?」

「いえ。私には関係ないことですから」

「現在、王国は北の帝国と戦争中で、かなり劣勢だ。このままだとこの王都まで攻め入られるかもしれない」

「そうですか」

「まるで他人事のようだな。兵士達は国を守るために必死に戦っているというのに」

 私は国の一部なのだろうか? 兵士達は私を守ってくれるのか? そんな疑問が湧いてくる。

「で、国王はある決断をした。第一王子、アルベール殿下を最前線に送る。殿下は武神に愛されている。必ずや、帝国を打ち破ってくださるだろう」

「私には関係ない話かと」

「慌てるな。まだ続きがある」

 枢機卿は不機嫌な顔をしてから続けた。

「国王は第一王子の側に聖女エマを置くことを教会に要求した。王子を失うわけにはいかんからな」

「つまり、私に戦争にいけと?」

「そういうことだ。帝国との戦争に敗れれば、教会の存続も危ういからな。今の皇帝は反教会主義だ」

 不思議と嫌な気分にはならない。たとえ死ぬことになっても大した問題ではないと思えた。

「わかりました」

 枢機卿は少し驚いた顔をしてから「出発は三日後だ。親しい者に別れの挨拶をしておけ」と言った。

 親しい人の顔がひとつも浮かばなかった。
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