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過ち
しおりを挟むそれから2週間後、みのりの出身地である福岡県に行く日がやってきた
10月、昼は暖かく夜は少し肌寒い
みのりと過ごした日々を思い出す、そんな季節になっていた
僕が先に駅に着き、その後すぐ彼女も到着した
さえは薄手のカーディガンを羽織っていた
予定の電車が到着し乗り込み、僕とさえは迎え合わせに座った
さえの表情は心なしか、いつもより明るく感じた
僕は緊張と不安を感じながら、彼女にバレないように平静を装っていた
時刻は正午をまわっていた。電車の中で食事をしながら、行く場所の確認をする
さえの顔は旅行気分の少女のような表情をしている
到着までの約4時間半、黙っている訳にはいかないので、僕はさえとの会話を楽しむ事にした
「あーぁ、これがえいとくんとただの旅行だったらいいのになぁ」
思わず言ってしまったような感じで僕の表情を伺う
「そうだね。これが普通の旅行だったら楽しかっただろうね。ごめんね、さえちゃん。こんな事にまで付き合わせちゃって」
「いや、私のほうがごめんなさい。変なこと言っちゃって。えいとくんとの会話が楽しくて。つい・・・」
「ううん、誰でもそう思うと思うから。ありがとう、さえちゃん」
「えいとくんは優しいね。だめだよ、好きでもない子にそんなに優しくしちゃ。みんな勘違いするよ、私も」
「え、俺そんな優しいかなぁ。でも人に嫌われたくないから、それでただ気を使ってるのかも」
「その気遣いが勘違いされないようにね。私には気を使わなくていいよ、ただの付添人って思ってくれたらいいから。」
ありがとう。僕はそう返事をして外を眺めた
なんとなくは気が付いていた
さえが僕に好意を持っている事に
確かにさえは良い子だ
優しくて、素直で、いつも僕の話しを真っ直ぐな眼差しで聞いてくれる
時折見せる悲しげな表情・落ち着いた雰囲気
全てを委ねられるような心の持ち主
僕もさえの事は好きだ
でもそれ以上はない、いや、なれない
みのりに対する気持ちがなくなったわけではないし、今もみのりの事を愛している
それに、みのりとさえをいつも比べてしまっている
こんな状態でさえの気持ちには応えられないし、さえに申し訳ない
そんな自分も許せない
「今はこの感情、伏せておこう」心の中でそう呟いた
気が付けば目的地に到着するところだった
小さな町並みと大きな田園風景が目に入ってきた
駅に到着し電車を降りると、澄んだ空気を感じる事ができた
今日は日帰りではなく泊まり
旅行が目的ではないので、格安の素泊まりの宿を予約していた
チェックインを済ませ、部屋に案内される
もちろん僕とさえは別々の部屋
テレビと小さなテーブルと布団があるだけの殺風景な部屋
運がいい事に、ここの宿には風呂が付いていた
でも逆にそれくらいでよかった
本来の目的を忘れないためにも
荷物を置き、早速さえと行動に移った
小さな町といえども、家はいくつもある
みのりの苗字である「かけがえ」を探すため、近くの交番で聞くことにした
事情を説明し、調べてもらったところ「かけがえ」の苗字が付く家は僅か5軒だった
これなら今日中に周れるかもしれない。地図で場所を確認しても、そんなに距離はなかった
5軒の住所を聞き、近くから尋ねる事にした
1軒目、歩いて10分の位置にあった
チャイムを鳴らすと、中から40代と思われる女性が顔を出す
みのりには母親がいない
多分違うだろうと思いながらも、念の為に聞いてみる事に
やはりいい返事はもらえなかった
2軒目、1軒目から少し距離があったのでタクシーで移動することに
次はアパートだった
3階建ての2階、202号室
チャイムを鳴らし、しばらく待ったが出てこない。留守か・・・
仕方なく隣の部屋の入居者を尋ねると、どうやら家族住まいで現在旅行中との事だった
3軒目、4軒目も似たような感じだった
やっぱりダメか・・・半ば諦め気味になっていた
最後の1軒に望みを託すが、結果は同じだった
早々簡単に見つかるはずがない
情報もあまりない上に土地勘も乏しい
だけど何も収穫がなかったわけではない
4軒目で訪ねた人が少し引っかかる事を言っていた
先月までみのりと同じくらいの歳の女性が2つ隣に住んでいたという
名前が違うので関係ないかもしれない
だがその女性の特徴などを聞くとみのりとかなり似ていた
たまに顔を合わせ挨拶する程度だったらしいが、とても明るい感じの人だったらしい
転居先は分からない
1人で住んでいたのかも聞いた
基本1人だったが、たまに男性が部屋を訪れていたという
仲が良さそうだったので多分恋人ではないだろうかと話してくれた
みのりと確定したわけではないが、内心ショックを受けていた
もしみのりだったとしたら、その男と一緒になるために出ていったのだろうか・・・
嫌な妄想が頭をよぎる
考えたくはないが、もしそうだったとしても今はもうその事実を受け入れるしかない
それがみのりの選んだ人生なら
「今回は見つからなかったね。残念だったけど、えいとくん大丈夫?」
「うん、なんとかね。4軒目の事が気になるけど」
「そうだね、まだみのりさんと決まったわけじゃないからあんまり気にしないようにね」
「うん、分かってる。大丈夫だよ」
既に辺りは暗くなり、午後9時を回ろうとしていた
宿の近くにある居酒屋で食事を済ませる事にした
僕はビール、さえはチューハイを頼んだ
いつもなら美味しいはずのビールも今日はあまり味を感じない
まだあの話しを気にしているせいか、会話もあまりできなかった
味がしないながらも3杯は飲んだが、全く酔えない
さえは少し顔が赤くなっていた、そんなに強くはないらしい
お腹もある程度いっぱいになったところで店を出て宿に戻った
部屋に入り、さっと風呂を済ませ今日の事を振り返っていた
「みのり・・・どこにいるんだ。早く見つけたい」
そんな事を考えていた時、さえから電話が掛かってきた
「もしもし、えいとくん。ごめんね、もう寝てた?」
「ううん、今布団に入ったとこ。どうした?」
「あのね・・・ちょっとそっちにいってもいい?」
「え?う、うん。いいけど・・・」
どうしたんだろうと思いながら待っていると、すぐにさえが部屋に入ってきた
「ごめんね急に。あの・・・あのね、こんな事言ったらいけないの分かってるんだけど・・・」
「どうした?言ってみて」
「怒らないでね。あの・・・よかったら一緒に寝てもいいかな?」
「え?・・・それはちょっと・・・。ごめん」
「そうだよね・・・布団をこっちに持ってくるのもだめかな?」
「・・・う、うん。それくらいなら、いいよ」
「ほんとに?ありがとう。じゃあ持ってくるね」
正直かなり動揺した
お酒が入っているせいなのか・・・分からないが、いつものさえらしくない感じだった
3分後、さえが布団を持って僕の部屋に来た
隣に布団を引き、彼女はそのまま布団に潜り込んだ
ほのかにシャンプーの香りがする
「ごめんね、いきなり変な事言って」
「正直びっくりしたよ、まさかそんな事言ってくると思ってなかったから」
「うん・・・ちょっとね、寂しかったから」
「そっか。でもごめんね。こんな顔の濃い奴が隣じゃむさ苦しいでしょ」
「ははは、そんなことないよ。嬉しい」
「うん・・・」
少し眠気があったが一気に目が覚めてしまった
緊張して眠れない
沈黙の中、さえが口を開く
「えいとくん、まだ起きてる?」
「うん、起きてる。なかなか眠れなくて、さえちゃんのせいじゃないよ」
半分本当で半分嘘をついた
「もう1つお願い聞いてくれる?」
「え?何?」
「手・・・このままでいいから手を握って欲しい」
「手?いや、それは・・・」
「お願い。少しでいいから」
僕は悩んだ
こんな事してはいけない・・でも少しなら・・・
頭の中で交錯する
でもそれで彼女の寂しさが癒えるなら・・・
「じゃあ・・少しなら・・」
返事を聞くと、さえは何も言わず僕の布団の中に手を伸ばす
彼女の手は柔らかかった
握るというより僕の手を包むように触れる
「えいとくんの手、暖かい」
「そうかな。お風呂入ったばっかりだし、そのせいかも」
違う
彼女に触れられた事で僕の手は緊張と困惑で熱を持った
「えいとくん・・・私の事・・・好き?」
「な、何言ってんだよ。それは・・・」
「好きじゃないの?」
「いや・・嫌いじゃないよ・・でも・・・俺には・・」
「えいとくん。分かってる。でもね・・・私は好きだよ。えいとくんの事。それでもいいの。私は今のえいとくんを見てるし、今のえいとくんが好き。私じゃだめかな・・・」
「だ、だめとかそんなんじゃないけど・・・気持ちは嬉しいし、さえちゃんはとても良い子で好きだよ。でも俺はみのりを愛してる。」
「うん。知ってる。でも好きなの。私はえいとくんの前からいなくなったりしないよ。みのりさんの代わりでもいい。えいとくんの隣にいたい」
完全に頭が真っ白になってしまった
さえは酔っているのか・・・
普段見ない彼女の積極的な言動に困惑するばかりだった
だが自分の意識はしっかり持たないと、彼女のペースに飲まれてしまう
「やっぱり良くないよ、こんなの。ごめん、さえちゃん。でもありがとう。俺の事そんなふうに思っててくれて」
僕は彼女に包まれた自分の手をそっと離した
「えいとくん・・・もうだめなの、私。えいとくんに対する気持ちが止まらない」
彼女は強引ではなく、流れるように僕の唇にキスをした
一瞬何が起こったのか分からず、動けなかった
「だめだよ!さえちゃん!こんな事・・・」
彼女を押すように体をどかした
「お願い。えいとくん。今日だけ・・今日だけでいいから。お願い・・・」
彼女はまた僕にキスをする
僕の声はもう彼女には聞こえていない
だめだ・・・
さえ・・・
自分の鼓動がさえにも聞こえてるんじゃないかというくらいに大きくなっていた
僕の中で閉じ込めていた彼女への気持ちが解かれた時だった
お互い無心に唇を交わし合う
強く抱きしめると壊してしまいそうな細い体
滑らかな彼女の肌に優しく触れる
暗くて良く見えないが、彼女の眼は真っ直ぐ僕を見ているのが分かる
僕も真っ直ぐ彼女の眼を見た
なに偽りない、僕を好きだという眼を
細い腕で僕の体を優しく、そして強く抱きしめる彼女
彼女の心が僕に伝わってくるのが分かる
僕は彼女と1つになり、優しく抱いた
彼女を壊さない為に
優しく・・・
目が覚めると朝の8時をまわっていた
さえは僕の腕の中で、子供のような寝顔を見せている
昨日の出来事が夢だったらと少し後悔した
さえの事は好きだ
でも自分を抑えられなかった事と、みのりに対する気持ちがありながら彼女を抱いてしまった自分を恥じ、罪悪感が襲う
結局、男とはこういう生き物なのだろうかと不甲斐なさも感じた
だが何を言っても事実はもう変わらない
夢ではなく、現実に起こった事を受け入れるしかない
さえのせいではない、全て自分のせいなのだと自責の念を持った
しばらくしてさえが目を覚ました
彼女は僕を見るなり「おはよう」と優しく微笑みかけた
彼女を好きな事には変わりない
僕も「おはよう」と彼女に微笑みかけた
「えいとくん、昨日はいきなりあんな事・・・ごめんね。私どうかしてた。でもありがとう。嬉しかった、私。」
「ううん。そんな謝らないで。俺もさえちゃんの気持ち、嬉しかったから」
「うん。よかった。えいとくん、ほんとに好き」
彼女は僕の唇に軽くキスをした
不思議なものだ
自責の念を持ちながらも一度気持ちを解いたせいなのか、彼女のキスを拒む理由もなくなっていた
複雑な心境だけが僕の中に残った
さえは身支度を済ませるために一度布団を持って自分の部屋に戻った
僕は軽くシャワーを浴びた
自分の気持を整理するためにも何かを流す必要があった
互いに身支度を済ませ、宿を出た
今回の目的は果たしたのでそのまま駅に向かった
旅行ではないので観光もない
お互いお土産も買う気にはならなかった
予定の電車が来るまで30分ほど時間があったので、構内にある売店で朝食を買い2人で食べた
予定通りに電車は到着し、僕らは来た時と同じように迎え合わせに座った
大して会話はないが、明らかに空気が変わっていた
会話がなくても互いに落ち着いた雰囲気になっていた
まるで恋人同士のような・・・そんな雰囲気に
「帰ったらまたみのりさん探し継続だね。私、最後までちゃんと付き合うからね。」
「そうだね。ありがとう、さえちゃん。」
「ううん、実は私も会ってみたいんだ。変な意味じゃなくてね。今もえいとくんの中にいる、愛した人。私も見たい、どんな人なのか。」
「・・・そっか。なんか俺としてはちょっと複雑な気もするけど。」
「はは。昨日の事が気になってる?なかった事にとか、忘れてとかは言いたくないし、えいとくんにも忘れて欲しくないけど、今まで通りに接してくれたら私はそれでいいから。って言ってもやっぱり気になるか。笑」
「はは・・まぁ、そりゃ・・ね。でもさえちゃんの気持ちはしっかりと受け入れる、受け入れたから。俺も今まで通りにさせてもらうよ」
「うん、それでOKだよ。ありがとね、えいとくん」
互いに好きな気持はある
だけど僕にはもう1つの気持ちがある
彼女はそれを理解している上での、彼女なりの答えなんだと
彼女にも罪悪感があるのだろう
今の状態では僕が彼女だけを見るという選択がないのも本人は分かっている
自分に振り向いてくれるまで待つという決断を彼女はしたんだと思った
いつ自分に振り向くか分からない、それでも待つと決めた彼女の答え
僕より遥かに大人で、意志の強い女性だと感じた
電車は僕らが住んでいる街に到着した
彼女は乗り換える必要があったので、次に会う約束をしてそのまま駅で別れた
次にさえに会うのは3日後だ
別れた後、さえからメールがきた
「旅行じゃなかったけど、長旅お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでね。また3日後に。おやすみなさい。」
業務的なメールにも見えるが、今まで通りでという彼女なりの配慮なのだろう。僕も似たような返事をした
家に帰り昨日の事を思い出す
みのりの事、さえの事
2人の事を考えたが、今日は特にさえの事を考えていた
これからのさえとの関係性
今まで通りという話しになったが、本当にそれでいいのだろうか?
互いの気持ちは既に伝わっている仲になってしまった
僕はその関係を保つ事ができるのだろうか?
それはさえを傷付けてしまうだけではないのか?
複雑な心境は変わらないままだった
気持ちがすっきりしないまま、彼女と会う日がきた
初めてさえと話しをしたカフェで待ち合わせをした
約束の時間より10分遅れて彼女が店に入ってきた
「遅くなってごめんね。棚卸しがなかなか終わらなくて」
「全然いいよ。そんなに待ってないし。」
さえは少し息を切らしていた
どうやら走ってきたようだ
2人でパスタとコーヒーを注文した
さえは至って普通だった
何もなかったかのように以前と変わらない様子だ
逆に僕の方が変に意識してしまっている
平然を装うのがやっとだった
「この前はお疲れ様でした。えいとくん次の日ちゃんと仕事間に合った?私ちょっと寝坊しちゃって。」
「うん、ちゃんと行ったよ。さえちゃんも疲れてたんだよ。」
「間に合ったならよかった。うん、そうかもねぇ。色々あったしねぇ。」
「あ、さえちゃん、それは言わない約束でしょ」
「あ、そうでした。ごめーん。へへ」
こっちがドキドキする・・・
女性は怖いと改めて感じた
「それより、みのりさん見つからなくて残念だったね。ひとつ気になったんだけど、お母さんは他界されたんだったよね?お父さんは?」
「うん、それがさ、離婚したっきり会ってないみたいで・・・今どこにいるのかも分からないって言ってた」
「そうなんだ・・・せめてお父さんの居場所だけでも分かれば、そこから何かしらの情報がありそうなんだけど・・・」
「そうだね・・何か手がかりがあればいいけど。ネットで検索するとか?」
「検索するにしても下の名前が分かってれば早いけど。苗字だけとなると難しいかもね」
「そうだなぁ。とりあえず苗字だけで調べられるとこまでやってみるよ」
「うん、私もやってみるね」
正直、苗字だけでみのりの父親を探すのはかなり困難な事だ
役所に行って僕がみのりの戸籍を要求するのも難しいかもしれない
警察に行けば何か分かるのだろうか・・・
迷っていても仕方がない
次の休みの時に両方行ってみる事にした
だが、僕とさえに急展開が訪れた
それは休みの前日の事だった・・・
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