小犬の気持ち

はづき惣

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そのまた後の小犬

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「斉木!」
「斉木君!」

「な~に?! 二人とも大きい声出して~。あっ! オレ分かっちゃったかも~。ふふふ~。オレの活躍にすっごい感謝してくれてるってわけね~。いいの、いいの、お礼なんてしてくれなくていいんだからね~」

「……お前!」


 斉木の肩を掴んでいる九条の手に、じわじわと力が入っていくのが見ていても分かった。だけど斉木にはまだ余裕があるらしく、呑気なことを言いながら照れている。

 そうして那月はこんな事態なのに、九条が誰かにお前なんて言ってるの初めて聞いたなあと少し新鮮に感じたりしていた。


「お前、あの人に口止めって! なんて事をしてくれたんだ! 那月とした内緒にする約束を破ることになってしまったじゃないか! 初めて那月からされたお願いだったのに!」


 無表情を通り越しもはや鬼の様な形相で、九条が斉木の両肩を持って激しく揺さ振った。

 
 九条君が怒ってるのって、
 バラされた事じゃなくて、おれとの約束?


 そんな九条に斉木もキョトンとして聞き返す。


「え~? だってしょうがないでしょ~? 見られちゃったんだから~。九条は口止めしとかないで、あの人がみんなに言っちゃってもいいっていうの~?」

「……そもそもあの人には何にも見られてなんかいない! お前が言ってしまってどうするんだ! 逆にバレただろうが!」


 九条の言葉に、頬に手を添え少し不満そうにしていた斉木は、ジワジワと事態が飲み込めてきたらしい。

 何度も二人の顔を交互に見ると、どんどんと血の気が引いてくる。


「あぁ、那月との大切な約束が……。斉木! どうしてくれるんだ! 覚悟はできているんだろうな!」

 く、九条君、今まで見た中で一番怖いかも……。

「…………で、でも、一人だけだから~」

「一人でも百人でも千人でも、約束を破った事には変わりはない!」


 ポソっと伺う様に言った斉木に、ギリっと九条の手に力が入る。

 それから思い切りガクガクと斉木を揺さぶった。


「斉木! 今度という今度は絶対に許さない!」

「う、うわ~ん。ごめんなさ~い。痛いよ~! 気持ち悪い~! 吐いちゃう~! ごめんなさ~い! 本当にごめんなさ~い!!」


 頭を前後に激しく揺さぶられ、涙目になりながら斉木が謝る。本当にこれはちょっとヤバそうだ。

 そんな斉木を見て、少し怖かったけど那月は九条の腕に手を添えた。


「く、九条君、そのくらいで……」

「だけど約束が……」


 そうするとやっと斉木を放り出した九条は、綺麗な顔を悲しそうに歪めて那月の手を両手で握りしめた。

 放り出された斉木は廊下に蹲り限界状態らしい。

「もう諦めよう。うすうすあの人には気付かれていたんだし」

「……那月」

「斉木君もわざとじゃないんだから」

「……………………那月がそう言うなら」


 大分躊躇ってから九条はそう言って、縋るように那月のことをギュッと抱きしめる。

 那月はそれにドキドキしながらも、九条の事を懸命に宥めた。


「約束だって、九条君が破った訳じゃないんだから、そんなに気にしないで、ね?」

「那月」


 九条の背中を何度か優しく摩ると、那月を抱きしめる力が強くなる。
 
 暫くそうしてから、恥ずかしいのを堪え那月が九条を見上げると、ヒタと自分を見つめる薄い色の瞳と目が合った。

 そうすると那月の顔は、瞬く間に真っ赤になってしまう。


「那月、可愛い」

「……可愛くは無いと思う」

「誰よりも那月が一番可愛い」

「えぇ?!」


 綺麗な顔に蕩けそうな笑みを浮かべて、そんな事を言う九条が何だか可笑しくて那月は思わず笑ってしまった。


 本当に本当に九条君には、
 おれがどんな風に見えてるんだろう?


「笑った那月はもっと可愛い、大好き」

「ふふっ、可愛くはないって」


 とりあえずそんな感じで、いつもの綺麗で優しい顔に戻った九条と那月は、肝心な事を忘れながらも二人で穏やかに笑い合ったのだった。
 




    そのまた後の小犬(那月)  おしまい




「ここにはオレもいるんですけど~! ほんとにさ~
イチャイチャするなら場所を選んで欲しいよね~!」


 
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