小犬の気持ち

はづき惣

文字の大きさ
上 下
23 / 33
そのまた後の小犬

5

しおりを挟む
「那月!」


 自分を呼ぶ声にハッとして慌てて振り返ると、教室の入り口に、いつもより少し硬い表情の九条がそれでも綺麗に微笑んで立っていた。

 その顔を見ると、那月はなんとなく九条にこの場を見られたことが気まずいような気持ちになる。

 そういえばと思い急いで辺りを見回すと、さっきまで教室に残っていた人達は、どうやら帰った後らしく自分達の他には誰もいなくなっていた。


「遅くなってごめんね、早く帰ろうか」

「う、うん。……あ、あの」


 そう言って教室に入って来た九条に頷きながらも、話がまだ途中なのも気になりオロオロと二人を交互に伺う。

 だけど今もまだ少し硬い表情をした九条の事が気になって、那月はそっとその顔を見上げた。


 九条君たぶん今の話聞いてたのかも……。


「じゃあね、白井、九条」

「あっ!」


 そんな二人を見て、クラスメイトはさっとカバンを持つとあっという間に教室を出て行ってしまう。結局那月は、告白された事にたいして何も言えないままになってしまった。

 ぐずぐずしていたから断るタイミングを逃してしまった……。


「那月」


 後悔しながらクラスメイトを目で追っていた那月は、九条にいつもとは違うこわばった低い声で名前を呼ばれてドキッとして急いで振り返る。

 けれど続けて小さくため息が聞こえてくると、初めてのことに動揺して身体が震え九条の顔が見れず俯いた。


「……あ、あの」

「……何ですぐに断らなかったの?」


 やっぱり九条はさっきの話を聞いていたのだ、少し咎める様に那月に尋ねてきた。


「……そ、その、突然で驚いちゃって……」

「那月が優しいのは知ってるよ、だけど俺からしたらああいうのはすぐに断って欲しいな。那月には俺がいるんだから」

「そ、そうだよね」

「それにあんな風に言ったら、あの人だって那月が付き合ってくれると思っているかもしれないよ?」


 そんなつもりは本当になかった。那月は震えながらもおずおずと顔を上げる。

 そうすると九条は綺麗な形の眉を寄せて、悲しい様な怒っている様な何とも言えない目で、那月の事を真っ直ぐと見つめていた。

 いつもとは全然違う九条に那月は後悔する。自分がちゃんとしなかったから駄目だったんだ。


「……あ、明日、すぐに話をするから」

「そうして……」

「う、うん、ごめんなさい」

「…………俺もごめん。……本当はこんな風に那月のことを責めたいわけじゃないんだ。たださっきの話を聞いたら気持ちが焦ってしまって……。那月のこと信じているけど不安で……」


 そう言って九条は那月の腰を緩く抱き寄せる。


「俺は那月のことが好きだけど、那月はそうじゃないから……。那月がもし俺から離れていってしまったらと思うとつい……ごめん。那月にはいつだって優しくしたいのに……」

「九条君……」


 近すぎる距離に躊躇いながらも、那月は九条を真っ直ぐと見つめ返した。九条にこんな目をさせてしまった事に胸が痛む。

 確かに二人は嘘がきっかけで付き合い始めて、その後は九条にお願いされて付き合い続ける事になったから、那月の気持ちはまだ全然九条には追い付いていない。

 だけど那月は、九条を裏切るようなことをするつもりなんて絶対ない。自分への九条の気持ちはちゃんと分かっているつもりだ。

 だから那月は九条を見つめたまま、その背中に初めておずおずと腕をまわした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結・短編】game

七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。 美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人 <あらすじ> 社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

処理中です...