小犬の気持ち

小犬の気持ち

4

　
　このままでは、本当にまずい……。

　最初の誤解を、解く事が出来ずに、那月は九条と、付き合うことになっている。

　でも今さら、言えるか……。

　こんなに熱烈な九条に、本当は自分は好きじゃないって。

　でも、九条に手紙をあげた人が、誰か他にいるはずだし。

　色々な感情が、頭の中をグルグル巡り、那月はパンク寸前だった。

　九条に、最初にはっきりと、手紙の相手を間違えている、と言えなかったばかりに。


　でももう、これ以上遅れたら……。
　もう覚悟を決めて言うしかない！


　那月は震えながらも、キリリと九条を見上げた。


「くっ、九条君！」

「ん？　どうしたの？」

「……っあの」


　九条の目と声が優しかった。

　だけど、もう今度こそ、はっきり言うぞ、と那月は一度、大きく息を吸い込む。


「っそ、その、手紙の

「あーーーーーー！！」


　その時二人の背後から、大きな叫び声が聞こえて、那月はものすごく驚いた。

　驚きすぎて、思わず繋いでいた九条の手を、無意識に思い切り握ってしまう。


　ぐずぐずしてたから、
　誰かに見られてしまった……。

　終わった……。


「九条ーーーーーー！！」


　それも九条君の知り合いっぽい……。


　だんだんと近づく足音に、那月は息が詰まりそうになる。

　ギュッと目を瞑り、神様に祈る様に、両手を胸の前で握りしめた。

　だけどそれは、九条の手も一緒に、握り込むことになる。

　それに那月は、気がついていない。

　そして、そんな那月を九条が、うっとりと見つめ、優しく微笑んでいる事にも、まったく気がついていなかった。


「……那月」

「……………………九条君」


　あまりにも穏やかに、名前を呼ばれて、那月はおずおずと、九条を見上げる。

　にっこりと笑った九条は、本当に綺麗でかっこよかった。

　那月はまた少し見惚れた。


「…………お前達～。ここ、学校だって忘れてない～？　そういうのは、二人だけの時にしときなよ～」

　
　誰かの、のんびりとした呆れ声に、那月はハッとする。


　九条君に見惚れてる場合じゃない！

　今は緊急事態じゃないか！　

　それに何だか九条君がすごく近い……。


　何故ならそれは、那月が九条の手を、胸の前で一緒に、握りしめているから。

　それに気がつくと那月は、サーッと血の気が引く気がした。

　慌てて九条から離れたけれど、繋いだ手は握られたままで。


「っく、九条君！　っ手を、離して！」

「まだ、このままがいいな。そんな寂しい事言わないで」

「っ誰かに！見られ

「そうだね。だけど斉木は、全部知ってるから、大丈夫だよ」


　知ってるって何を？！


　那月は、緊張も忘れて、九条にジーッと目で訴える。大きな目が、涙でうるっと潤んでいた。

　そんな那月の事を、九条はうっとりと見つめている。