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前原清美4
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季目はそこで、スマホを落としてしまった。
「じゃあ、このイスから離れるための、刃物を探さないと。たぶん、きっとどこかにあるはず。季目、お願い。やってくれるよね。あの三人のためにも」
「そんなあ、一人でここを歩くなんて、ムリだよお」
ここで季目は泣いてしまった。ムリもないか。私だってこの状況は泣きそうだ。
けど、今私は、季目を励ますことしかできない。
「大丈夫。こんなの平気だって。絶対ムリじゃない。季目ならやれる。今はまだ動けないかもしれないけど、その間は私がついてるから。だから、勇気をだして」
「う、うん。そうなんだけど、そうするしかないんだけどお」
うつむきがちな季目。でも私の声は届いている。これならきっと、いける。
そして、その時。
突然どこかから聞こえてくる音楽が、止まった。
「あ」
私が言う。
「音が、止まった?」
季目が言う。
そして。
「みいつけた」
知らない少女の声がどこかから聞こえた。
ガチャンッ。
遠くで何かが鳴った音。これは、ドアが開いた音?
何か、何かいやな予感がする。
「やだ、何何、なんなのよお」
季目が言う。私は周囲で何かが起こらないか目を凝らす。すると。
数秒後。館の奥から大量の髪の毛が伸びてきて、まるで数本の太いツルのように束になりながら私達に近づいて来た。
「きゃー!」
季目が叫ぶ。私は驚きすぎて、声が出なかった。
私達が何もできないでいる内に、大量の髪の毛は季目の体中にまきついた。
「やだやだやだ、たすけてたすけてたす」
髪の毛の束が季目の口を覆い、首をしめる。何もしゃべれなくなった季目が、髪の毛に引っ張られ、どこかへつれさられる。
「季目、季目ー!」
私は思い出したように、友人の名前を呼んだ。
けど季目は引きずられ、そのまま髪の毛と一緒に、右側の通路に消えてしまい、また館の中が静かになる。そして。
バタン。
どこかのドアが、閉まった音がした。
「なん、なのよ」
ジャラジャラジャラッジャラン。
更に、ここから見える、階段を通行止めにしている鎖の壁が自然と、いや、不自然にほどけ、下に散らばる。
「なんなのよ、一体」
バラバラッ。
「!」
座っていたイスが崩れる。黒いひもの拘束も解けた。イスはバラバラになって、私はしりもちをついたが、そのおかげで立ち上がれる。
「何これ、なんなの。季目は、何に、どこにつれていかれたの。なんで私達は出られないのよ!」
そこで思い出す。私は、イスに座っていた。季目は、イスに座っていなかった。
もしかして、その差?
そんなことで、季目は私の前からいなくなってしまったの?
「誰が、こんなことを!」
意識を切り替えろ、私。今は変な事を考えている場合じゃない。早く、季目を探さないと!
「季目!」
私は季目と髪の毛が消えた右の通路へと走る。そこで、一夜とばったり再会した。こいつ、こんな時でもカメラなんか回してやがる。
「どうした、何があった、清美」
「季目がさらわれたの。一夜は見なかった?」
「見ていない。こっちにさらわれたのか?」
「そうなの。気持ち悪い髪の毛にさらわれて」
「髪の毛?」
「季目がさらわれたって、本当か!」
すると後ろで、一夢が叫んだ。私は振り向くと、気まずくなりながらもうなずく。
「う、うん」
「なんでそんなことになったんだよ。清美、お前が一緒にいたんだろ!」
一夢が怖い目で私を見ながら、両肩をつかんでくる。私はとっさに、その手をふりほどいた。
「私はイスにしばりつけられていたの。あんたもそうだったんでしょ!」
「うっ」
一夢が言葉に詰まる。私だって、季目がいなくなったのは自分のせいかもって思ってるんだ。今焦っているのは、私だって同じだ。
「あー、すげえ体験した。一瞬あせっちまったぜ。いや、一分、二分、あせっちまったぜ?」
そう言って、一夜がいる方から俊二が現れる。私はそこで一度おちつこうとしてから、言った。
「とにかく今は、季目を探そう」
「ああ、そうだな」
一夜がうなずく。
「そうするに決まってる」
一夢が力強く言う。
「ああ、わかった。季目を探すんだな。そういえば、季目はどこだ?」
俊二がわかったようなわかってないようなことを言う。
「季目が消えたのは、右の通路。だから探すのは、開いてた二部屋と、食堂。そして、開かなかった部屋」
私が季目を探す場所を確認する。
「開いてた部屋の一つには、俺が入ってた。イスに座りたかったからな。まあ、そのイスも壊れてしまったが」
一夜が言う。
「一夜と違う部屋で、俺も座ってた。なんか急にイスにしばられたけど、すげえ体験だったぜ。ありゃきっと悪霊のしわざだな」
俊二が言う。
「やめてよ、悪霊なんて。じゃあ、後は食堂と、開かない部屋ね。そういえば、音楽が止まった時、たしかドアが開く音を聞いた」
私が言う。
「俺も聞いた」
一夜が言う。
「俺も聞いたな」
俊二が言う。
「それじゃあ答えは一つじゃねえか。きっとあの開かないドアは、本当は開くんだ」
一夢がそう言って、開かないドアに近づき、手を伸ばす。
しかし。
ガチャガチャ、ドンドン。
どうも、開かないようだ。
「くそ、開かない!」
一夢が焦る。
「となると、あと探せるのは食堂くらいか」
一夜が言う。
「そうだな」
俊二が言う。
「ちょっと待って。季目がいる可能性が高いのはこの部屋の中よ。それをあっさりあきらめるの?」
私が思わず言う。
「そうだな」
俊二が言う。
「だが、ドアが開かないんだからどうしようもないだろう。だからここはもう一つの可能性を消しておくべきだ」
一夜が言う。
「そうだな」
俊二が言う。
「なら、一夜が食堂を見てきて。私はここにいる」
私が言う。
「じゃあ、俺が見てこよう。俊二は、俺と来てくれ」
「そうだな。俺も一応食堂を見てこよう。もしかしたら何かあるかもしれないし」
「一夢は清美といてくれ。季目がさらわれた以上、ここで誰かが一人になるのはまずい」
「ああ、わかったぜ、一夜」
「全員で、ここを出るぞ」
一夜はそう言って、俊二と共に食堂へと歩き出した。
全員で、ここを出る。今は、季目がいないのに。
そこで、ふと思う。この館に来ようと言ったのは一夜だ。きっと、責任を感じてるんだ。
皆、自分がもっとちゃんとしていればって、思ってるんだ。
私はそう思って、一夢と開かないドアを開ける役を交代した。
結果、全然ドアは開かなかった。そうしている間に、二人が戻って来る。
「食堂のイスも壊れてた。けどそれ以外に違いはなかったし、季目もいなかった」
一夜がそう報告する。
「そっちはどうだ?」
俊二が言う。
「全然ダメ。このドア開かない。絶対、さっきこのドアが開いてたはずなのに」
私が言う。
「くそう、季目、季目え」
一夢が半泣きになっている。
「そうか。じゃあ、次は別のところを探そう。音楽が鳴っていた場所も気になる」
一夜が言う。
「あ、それじゃあその前に、季目のスマホを拾っておこう。季目と会えた時に、渡さなきゃ」
私が言う。季目と会えたら、だけど。いや、絶対会える。信じるんだ。全員家に帰れるって。
「そうか。どこにあるんだ?」
一夜が言う。
「出入口の前。そこで、私が警察を呼んでって頼んだの」
「警察。そうだ、警察だ。気づかなかった」
一夢がここで自分のスマホを手に取る。
「ああ、そうだ。警察も迎えも、よべりゃあいいんだが」
俊二もスマホを手にした。一夜も、私も、スマホを手に取り、警察へ連絡しようとする。
しかし。
「ダメだ。つながらない」
一夢が言った。
「なんだ、壊れたのか?」
俊二が言う。
「いや、俺のも通じない。きっと破損以外に理由がある」
一夜が言う。
「どうやら、自力で脱出しないといけないみたい」
私のスマホも、つながらなかった。
「それじゃあ、季目のスマホを拾ったら、探索再開だ。ここを出るためにな」
一夜が言う。
「そういえば、階段を上がるのをじゃましてた鎖が勝手に散らばったよ。今なら通れるけど」
私が言う。
「2階か。まあ、今は行ってみるしかないかな」
一夜が言う。
「なあ、清美。季目をさらったのは、どんなやつだった?」
一夢が訊いてくる。
「髪の毛の束よ。たくさん通路から伸びてきて、季目にからまって、つれさったの」
「それってガチ幽霊じゃね?」
俊二が言う。
「くそ、幽霊め、よくも。季目はなんにも悪くないだろ!」
一夢が言う。
「たぶん。季目はイスに座ってなかったから」
私が言う。
「そういや、出口前のイスには季目が座るんじゃなかったのか?」
俊二が言う。
「一緒に座ろうって言って、そうしたら、私の体だけがイスにしばりつけられて、季目が私の拘束をとろうとしたり、警察を呼んでもらってる内に、音楽がやんで」
そこで、言葉をとぎれさせる。あんな光景、怖すぎて思い出したくない。それでも、季目は助けないといけないけど。
「幽霊のご登場ってわけか」
俊二が言う。
「なあ。もし今また音楽が鳴りだしたら、やばいんじゃないか?」
一夜が言う。
「そういえばそうだな。食堂にあったイスも壊れてたし。まだ座らないといけないんだとしたら、もう座るとこなくね?」
俊二が言う。
「でも、2階には行けるんだよな」
一夢が言う。
「ひょっとしたら、2階にもイスがあるかもしれないわね」
私が言う。
「じゃあ、絶対行くしかねえな」
俊二が言う。
そう言い合っている内に、出入口にまで戻って来た。
「ん。おい、あれを見てみろ」
そこで、一夜が言う。
「ん?」
一夢が言う。
「どこどこ」
俊二が言う。
「ドアにかかっているプレートだ」
一夜の言う通りにプレートを見てみると、それは先程見た時は真っ白な面に黒字だったけど、今はところどころ赤くなっていた。明らかに変化している。
「見なきゃよかった」
私が言う。
「そりゃすまなかった」
一夜が言う。
「これは、誰かがすりかえたってことか。それとも、勝手に変化したってことか?」
一夢が言う。
「幽霊だ。幽霊のしわざだ」
俊二が言う。
「誰のしわざだって許さない。私は、こんなのにおびえたりしない」
私が言う。気持ちが負けてはいけない。体は、心が動かすものだから。
「そうだな。季目のスマホは、俺が持ってるぞ」
一夢が言う。
「どうぞ」
私が言う。
「ご自由に」
一夜が言う。
「執着がきもいなあ」
俊二が言う。
「うるさい。俺が季目に渡してやるんだ」
一夢がそう言って季目のスマホを拾う。
「よし。それじゃあ2階に行こう。もう一度言うが、絶対に一人にはならないようにな」
一夜が言う。
「わかってる」
私が言う。
「なんだ、そんなに怖いのか?」
俊二が言う。
「俊二、そう言って隙があるとつけこまれるぜ」
一夢が言う。
「つけこまれるって、誰に」
俊二が言う。
「季目をさらいやがったやつにだよ」
一夢が言う。
「気をつけよ」
俊二が言う。
「じゃあ、2階に行こう」
私が言う。
「待て。その前に、左の通路にも鎖がふさいでいる場所があっただろう。そこを確認しておこう」
一夜の言う通り、左の通路にある鎖がふさいでいる場所を見る。すると、そこにはまだ鎖の壁があり、変わらず通れないようになっていた。
「通れないな」
一夜が言う。
「いいんじゃないか。まだ通れなくても。このまま2階にいけってことだよ」
俊二が言う。
「そう言われると、誘導されているみたいで気味が悪いな」
一夢が言う。
「最初から気味悪いってここ。それじゃあ、早く行こう」
私が言う。
「2階探索開始だ」
一夜が言う。
そして私達は、2階に向かった。
下に散らばる鎖を踏んで、2階へ上がる。
2階にもちゃんと明かりはついていて、そこには、6つの部屋と、部屋の前に1つずつイスがあった。やはりどのイスにも黒いひもがついていて、更にイスの上には、それぞれ違う動物の人形が置かれている。見えた順に、ネズミ、牛、トラ、うさぎ、馬、羊の人形だ。
そしてこの階に来た階段のすぐ隣には、3階へ行くための階段もあるようだったが、そちらに行くための階段は、やはりというか、なんというか、また鎖の壁でふさがれてしまっていた。
「良かった。イスはあったぜ」
俊二が言う。
「だが、3階には行けないようだな」
一夜が言う。
「待ってろよ、季目。絶対助けてやるから」
一夢が言う。
「この人形をどかせば、また音楽が鳴っても大丈夫よね」
私がそう言って、近くに会ったイスの上の、ネズミの人形をどかそうとする。
しかし。
「あれ。これ、どかせない」
「はあ?」
一夢が言う。
「おいおい、おどかすなよ。どうせわざとだろ」
俊二が言う。そして俊二が、私の次にネズミの人形をどかそうとする。
「こんなものどかせないわけが。あれ、ぬぬぬ、本当だ。持ち上がらない」
俊二がネズミの人形から離れる。その次に、一夜が近づく。
「本当なのか。ふん。本当だ。離れない。接着剤とかじゃないよな」
一夜がまだカメラを回しながら言う。
「この人形が乗ってるイスには、座れないのか。廊下のは全部、座られてるぞ」
一夢が言う。
「まだ部屋が残ってるだろ。そうあせるなよ、一夢」
一夜がそう言って、ネズミの人形が乗っているイスが近くにある部屋のドアを開く。
すると。
急に一夜が部屋の中に入って、すぐにドアが閉まってしまった。
「な、ちょっと一夜!」
私は一瞬あせる。
「おい一夜、ふざけるんじゃねえよ!」
一夢がそう言って、一夜が開けたドアをまた開けようとする。
しかし。
「く、全然開かねえ。おい一夜、一夜、マジでふざけんな!」
一夢がそう言って、ドアを叩く。
「自分が一人になるなって言ったんだろ。こんなところで遊ぶなよな」
俊二が言う。確かに俊二の言う通りだ。これが一夜の行動なら、たちが悪い。
けど、しかし。
私は、なんとなくここで、別の可能性を考えてしまった。
「ねえ、一夢。俊二。もしかして一夜は、出てこれないんじゃないの?」
「は?」
一夢が私を見る。
「ん?」
俊二が私を見る。
「試しに、他の部屋も確かめてみようよ」
私はそう言って、ネズミの人形が近くにあるドアから離れ、牛の人形が乗っているイスが近くにあるドアの前にくる。そして、この牛の人形を手に取ろうとする。
しかし。
「ダメ。この牛の人形もとれない。じゃあ、次に、私がこのドアを開けるね。もし私がこの部屋に入って、5秒たっても出てこなかったら、とじこめられたっていうことだから」
私が言うと、一夢と俊二はあわてた。
「待て、清美。もし清美も部屋から出られなくなったら、どうするんだよ」
一夢が言う。
「そうだぜ。そうなったら、ますます皆危険になるんじゃねえか?」
俊二が言う。
「たぶん、私はなんとかなる。二人も、他の部屋に入った方が良いと思う。じゃないと、なんの手がかりも得られないから。大丈夫、私は、怖くないよ。季目を助けるためだもん。あんた達は?」
私がそう言うと。
「季目は、俺が助けるんだ!」
一夢がそう言って。
「男に怖いもんなんてねえ!」
俊二がそう言った。
「それじゃあ、いくよ。なに、ただドアを開けるだけだもん。もしかしたらなんともないかもしれないし、ちょっと試すだけだって」
そう言って私は笑うと、意を決して牛の人形が近くにあるドアを開けた。
すると。
ドアが開いた瞬間、何かに押されるように体が部屋の中に入る。そしてすぐにドアは、ガチャンと閉まった。
この部屋も、明るかった。
部屋の真ん中にはテーブル。入って右に、赤い花が植えられた鉢。右の壁際の真ん中に、青い花の鉢と紫色の花の鉢。その奥、右端に黄色い花の鉢がある。
前方の壁の真ん中には本棚があり、本が数冊並べられていて、その本がある段の下には引き出しがある。そして左側の壁には、二つの引き戸がついた棚。最後にドアの隣には、小さな金庫が置いてあった。
ここに、イスはない。季目もいない。よし、すぐここを出よう。
すぐに振り返ってドアを開けようとするが、そのドアは、開くことはなかった。
「入る時は簡単だったのに、一夜もこんな状況なわけ?」
そう言って、ドアを開けるのを諦めて少し部屋の中を見回す。あれ、この花、まだ枯れてない。誰かが、世話をしているってこと?
その時、突然私の耳に、さっき聞いた音楽が聞こえてきた。
季目がいなくなる前に聞いた、あのオルゴールのメロディーだ。
もし、この音が鳴りやむ前にイスに座ることができなかったら、きっと私も季目と同じようにおそわれてしまうかも。
そう思っただけで、私はゾッとした。
「大変、早くイスを探さないと!」
そう言って、とにかく何かないか探そうとする。
すると、真ん中のテーブルに、紙が一枚あることに気がついた。私はその紙を見る。
紙には、こう書かれてあった。
牛をどかす玉は、金庫の中に入っている。金庫の鍵は、チョウチョが隠した。
チョウチョはこの部屋にある花の下に鍵を隠した。ただし、あかい花、あおい花、むらさきいろの花にクモが罠をしかけたので、チョウチョはそれ以外の花に隠した。
「なにこれ、牛をどかすって、本当?」
これは、つまり。この問題を解けば、いいってこと?
今こうしている間も、音楽は鳴っている。いけない、早くしなきゃ。
「今はとじこめられているんだし、いいわ、やってやるわよ。この問題!」
私はすぐに、部屋にある四つの花を見た。
赤い花、青い花。紫色の花、黄色の花。
「この花全部に、クモの罠があるんでしょ」
紙に書いてある通りならば、あかい花、あおい花、むらさきいろの花、つまりきいろとむらさきいろの花にもクモの罠があるはず。
「小学生並みのひっかけにとびつくわけないっての」
そして私は、別の部屋の中の物を見た。
本が並べられている棚は、まあ今はおいておこう。すると後残っているのは、もう一つの棚。
その棚に二つある引き戸の一つには、ピンク色の花の絵が描かれていて、もう一つには白色の花の絵が描かれていた。
「あの花のどっちかに、鍵が隠されている!」
私は急いで、まずはピンク色の花の絵の引き戸を調べた。
「引き戸は、開かない。鍵がかかってるかも。他には、何もない。動かせない」
焦りながらも、次は白色の花が描かれている方を調べる。こちらも引き戸は開かず、どうやらこの棚の引き戸にも鍵がかかっているようだった。
「こっちには何もない。後は本がある棚だけだけど」
すぐに本がある棚の前にくる。
「こっちの引き戸も開かない。けど、この戸だけ鍵穴がなくて、あと、棚には本が、なぜか五冊だけある?」
私はここで、棚に並べてある本を見た。本はスペースに余裕があるくらいに置かれている。そして、その本の背表紙はというと。
いろの本。
ろうそくの本。
はっぱの本。
なみだの本。
しかの本。
と書かれてあった。
「この本に、何か書かれてるの?」
私はそう思い、まずいろの本を手に取る。
けど、いろの本のページは全て真っ白だった。何も書いてないのなら、本ではないのでは。とにかく、いろの本を閉じる。
その瞬間、私はもしかして。と思った。
「花って、もしかしてこれ?」
急いで、本を並べ替える。
最初にあった本の並びでは、一番上の一文字目をとると、いろはなし。つまり、色は無しになる。けど。本を並べ替えれば。
しかの本、ろうそくの本、いろの本、はっぱの本、なみだの本。
これで、しろいはな。になる。
すると。
ガチャリ。
目の前から、何かが開くような音が聞こえた。
「!」
私はすぐに目の前の棚の引き戸を開ける。
するとその中には、ピンクの鍵と白い鍵、そして紙が入っていた。
紙を見る。すると言葉が書かれている。
クモは上にもいる。
「上?」
私は慌てて天井を見た。
しかし、何もない。かわりに、しろいはなと並び替えた本を見る。
「白い花に、クモがいるってこと?」
私はすぐに二つの鍵を持って、ピンクの花の絵が描かれている引き戸に近づく。
そして、まずピンクの鍵を使うと、鍵はそのまま開いた。
「やった!」
引き戸の中には鍵が一つだけ。私はそれと、あと一応白い鍵も持ってドアの近くの金庫に近づく。
金庫の鍵は、ピンクの花の絵の棚にあった鍵で開いた。その中に入っていたのは、ガラス製だと思われる白い玉。
「これが、牛をどかすのに必要な玉?」
その時。
ガチャリ。ギイー。
部屋のドアが、勝手に開いた。
「今なら出れる!」
私はすぐにこの部屋を出る。するとドアはまた勝手にしまった。
もうさっきの部屋に用はない。だって何もなかったんだから。それより後は、本当にイスに座れるかどうか。
「この玉があれば、牛はどくんでしょ!」
そう言って、牛の人形に玉を見せる。すると。
牛の人形は、こてんと転がって、イスの上から落ちた。そして次の瞬間、持っていた玉が砕け散る。
パリーン。
「きゃあ!」
私は驚きながらも、イスに座る。すると、次の瞬間、黒いひもが私の体を拘束した。
「そうか。座ったら、絶対にこうなるんだ。他の皆は?」
私は、すぐに他の皆の姿を見つけようとする。
その間も、幸い音楽は鳴り続けていた。
「じゃあ、このイスから離れるための、刃物を探さないと。たぶん、きっとどこかにあるはず。季目、お願い。やってくれるよね。あの三人のためにも」
「そんなあ、一人でここを歩くなんて、ムリだよお」
ここで季目は泣いてしまった。ムリもないか。私だってこの状況は泣きそうだ。
けど、今私は、季目を励ますことしかできない。
「大丈夫。こんなの平気だって。絶対ムリじゃない。季目ならやれる。今はまだ動けないかもしれないけど、その間は私がついてるから。だから、勇気をだして」
「う、うん。そうなんだけど、そうするしかないんだけどお」
うつむきがちな季目。でも私の声は届いている。これならきっと、いける。
そして、その時。
突然どこかから聞こえてくる音楽が、止まった。
「あ」
私が言う。
「音が、止まった?」
季目が言う。
そして。
「みいつけた」
知らない少女の声がどこかから聞こえた。
ガチャンッ。
遠くで何かが鳴った音。これは、ドアが開いた音?
何か、何かいやな予感がする。
「やだ、何何、なんなのよお」
季目が言う。私は周囲で何かが起こらないか目を凝らす。すると。
数秒後。館の奥から大量の髪の毛が伸びてきて、まるで数本の太いツルのように束になりながら私達に近づいて来た。
「きゃー!」
季目が叫ぶ。私は驚きすぎて、声が出なかった。
私達が何もできないでいる内に、大量の髪の毛は季目の体中にまきついた。
「やだやだやだ、たすけてたすけてたす」
髪の毛の束が季目の口を覆い、首をしめる。何もしゃべれなくなった季目が、髪の毛に引っ張られ、どこかへつれさられる。
「季目、季目ー!」
私は思い出したように、友人の名前を呼んだ。
けど季目は引きずられ、そのまま髪の毛と一緒に、右側の通路に消えてしまい、また館の中が静かになる。そして。
バタン。
どこかのドアが、閉まった音がした。
「なん、なのよ」
ジャラジャラジャラッジャラン。
更に、ここから見える、階段を通行止めにしている鎖の壁が自然と、いや、不自然にほどけ、下に散らばる。
「なんなのよ、一体」
バラバラッ。
「!」
座っていたイスが崩れる。黒いひもの拘束も解けた。イスはバラバラになって、私はしりもちをついたが、そのおかげで立ち上がれる。
「何これ、なんなの。季目は、何に、どこにつれていかれたの。なんで私達は出られないのよ!」
そこで思い出す。私は、イスに座っていた。季目は、イスに座っていなかった。
もしかして、その差?
そんなことで、季目は私の前からいなくなってしまったの?
「誰が、こんなことを!」
意識を切り替えろ、私。今は変な事を考えている場合じゃない。早く、季目を探さないと!
「季目!」
私は季目と髪の毛が消えた右の通路へと走る。そこで、一夜とばったり再会した。こいつ、こんな時でもカメラなんか回してやがる。
「どうした、何があった、清美」
「季目がさらわれたの。一夜は見なかった?」
「見ていない。こっちにさらわれたのか?」
「そうなの。気持ち悪い髪の毛にさらわれて」
「髪の毛?」
「季目がさらわれたって、本当か!」
すると後ろで、一夢が叫んだ。私は振り向くと、気まずくなりながらもうなずく。
「う、うん」
「なんでそんなことになったんだよ。清美、お前が一緒にいたんだろ!」
一夢が怖い目で私を見ながら、両肩をつかんでくる。私はとっさに、その手をふりほどいた。
「私はイスにしばりつけられていたの。あんたもそうだったんでしょ!」
「うっ」
一夢が言葉に詰まる。私だって、季目がいなくなったのは自分のせいかもって思ってるんだ。今焦っているのは、私だって同じだ。
「あー、すげえ体験した。一瞬あせっちまったぜ。いや、一分、二分、あせっちまったぜ?」
そう言って、一夜がいる方から俊二が現れる。私はそこで一度おちつこうとしてから、言った。
「とにかく今は、季目を探そう」
「ああ、そうだな」
一夜がうなずく。
「そうするに決まってる」
一夢が力強く言う。
「ああ、わかった。季目を探すんだな。そういえば、季目はどこだ?」
俊二がわかったようなわかってないようなことを言う。
「季目が消えたのは、右の通路。だから探すのは、開いてた二部屋と、食堂。そして、開かなかった部屋」
私が季目を探す場所を確認する。
「開いてた部屋の一つには、俺が入ってた。イスに座りたかったからな。まあ、そのイスも壊れてしまったが」
一夜が言う。
「一夜と違う部屋で、俺も座ってた。なんか急にイスにしばられたけど、すげえ体験だったぜ。ありゃきっと悪霊のしわざだな」
俊二が言う。
「やめてよ、悪霊なんて。じゃあ、後は食堂と、開かない部屋ね。そういえば、音楽が止まった時、たしかドアが開く音を聞いた」
私が言う。
「俺も聞いた」
一夜が言う。
「俺も聞いたな」
俊二が言う。
「それじゃあ答えは一つじゃねえか。きっとあの開かないドアは、本当は開くんだ」
一夢がそう言って、開かないドアに近づき、手を伸ばす。
しかし。
ガチャガチャ、ドンドン。
どうも、開かないようだ。
「くそ、開かない!」
一夢が焦る。
「となると、あと探せるのは食堂くらいか」
一夜が言う。
「そうだな」
俊二が言う。
「ちょっと待って。季目がいる可能性が高いのはこの部屋の中よ。それをあっさりあきらめるの?」
私が思わず言う。
「そうだな」
俊二が言う。
「だが、ドアが開かないんだからどうしようもないだろう。だからここはもう一つの可能性を消しておくべきだ」
一夜が言う。
「そうだな」
俊二が言う。
「なら、一夜が食堂を見てきて。私はここにいる」
私が言う。
「じゃあ、俺が見てこよう。俊二は、俺と来てくれ」
「そうだな。俺も一応食堂を見てこよう。もしかしたら何かあるかもしれないし」
「一夢は清美といてくれ。季目がさらわれた以上、ここで誰かが一人になるのはまずい」
「ああ、わかったぜ、一夜」
「全員で、ここを出るぞ」
一夜はそう言って、俊二と共に食堂へと歩き出した。
全員で、ここを出る。今は、季目がいないのに。
そこで、ふと思う。この館に来ようと言ったのは一夜だ。きっと、責任を感じてるんだ。
皆、自分がもっとちゃんとしていればって、思ってるんだ。
私はそう思って、一夢と開かないドアを開ける役を交代した。
結果、全然ドアは開かなかった。そうしている間に、二人が戻って来る。
「食堂のイスも壊れてた。けどそれ以外に違いはなかったし、季目もいなかった」
一夜がそう報告する。
「そっちはどうだ?」
俊二が言う。
「全然ダメ。このドア開かない。絶対、さっきこのドアが開いてたはずなのに」
私が言う。
「くそう、季目、季目え」
一夢が半泣きになっている。
「そうか。じゃあ、次は別のところを探そう。音楽が鳴っていた場所も気になる」
一夜が言う。
「あ、それじゃあその前に、季目のスマホを拾っておこう。季目と会えた時に、渡さなきゃ」
私が言う。季目と会えたら、だけど。いや、絶対会える。信じるんだ。全員家に帰れるって。
「そうか。どこにあるんだ?」
一夜が言う。
「出入口の前。そこで、私が警察を呼んでって頼んだの」
「警察。そうだ、警察だ。気づかなかった」
一夢がここで自分のスマホを手に取る。
「ああ、そうだ。警察も迎えも、よべりゃあいいんだが」
俊二もスマホを手にした。一夜も、私も、スマホを手に取り、警察へ連絡しようとする。
しかし。
「ダメだ。つながらない」
一夢が言った。
「なんだ、壊れたのか?」
俊二が言う。
「いや、俺のも通じない。きっと破損以外に理由がある」
一夜が言う。
「どうやら、自力で脱出しないといけないみたい」
私のスマホも、つながらなかった。
「それじゃあ、季目のスマホを拾ったら、探索再開だ。ここを出るためにな」
一夜が言う。
「そういえば、階段を上がるのをじゃましてた鎖が勝手に散らばったよ。今なら通れるけど」
私が言う。
「2階か。まあ、今は行ってみるしかないかな」
一夜が言う。
「なあ、清美。季目をさらったのは、どんなやつだった?」
一夢が訊いてくる。
「髪の毛の束よ。たくさん通路から伸びてきて、季目にからまって、つれさったの」
「それってガチ幽霊じゃね?」
俊二が言う。
「くそ、幽霊め、よくも。季目はなんにも悪くないだろ!」
一夢が言う。
「たぶん。季目はイスに座ってなかったから」
私が言う。
「そういや、出口前のイスには季目が座るんじゃなかったのか?」
俊二が言う。
「一緒に座ろうって言って、そうしたら、私の体だけがイスにしばりつけられて、季目が私の拘束をとろうとしたり、警察を呼んでもらってる内に、音楽がやんで」
そこで、言葉をとぎれさせる。あんな光景、怖すぎて思い出したくない。それでも、季目は助けないといけないけど。
「幽霊のご登場ってわけか」
俊二が言う。
「なあ。もし今また音楽が鳴りだしたら、やばいんじゃないか?」
一夜が言う。
「そういえばそうだな。食堂にあったイスも壊れてたし。まだ座らないといけないんだとしたら、もう座るとこなくね?」
俊二が言う。
「でも、2階には行けるんだよな」
一夢が言う。
「ひょっとしたら、2階にもイスがあるかもしれないわね」
私が言う。
「じゃあ、絶対行くしかねえな」
俊二が言う。
そう言い合っている内に、出入口にまで戻って来た。
「ん。おい、あれを見てみろ」
そこで、一夜が言う。
「ん?」
一夢が言う。
「どこどこ」
俊二が言う。
「ドアにかかっているプレートだ」
一夜の言う通りにプレートを見てみると、それは先程見た時は真っ白な面に黒字だったけど、今はところどころ赤くなっていた。明らかに変化している。
「見なきゃよかった」
私が言う。
「そりゃすまなかった」
一夜が言う。
「これは、誰かがすりかえたってことか。それとも、勝手に変化したってことか?」
一夢が言う。
「幽霊だ。幽霊のしわざだ」
俊二が言う。
「誰のしわざだって許さない。私は、こんなのにおびえたりしない」
私が言う。気持ちが負けてはいけない。体は、心が動かすものだから。
「そうだな。季目のスマホは、俺が持ってるぞ」
一夢が言う。
「どうぞ」
私が言う。
「ご自由に」
一夜が言う。
「執着がきもいなあ」
俊二が言う。
「うるさい。俺が季目に渡してやるんだ」
一夢がそう言って季目のスマホを拾う。
「よし。それじゃあ2階に行こう。もう一度言うが、絶対に一人にはならないようにな」
一夜が言う。
「わかってる」
私が言う。
「なんだ、そんなに怖いのか?」
俊二が言う。
「俊二、そう言って隙があるとつけこまれるぜ」
一夢が言う。
「つけこまれるって、誰に」
俊二が言う。
「季目をさらいやがったやつにだよ」
一夢が言う。
「気をつけよ」
俊二が言う。
「じゃあ、2階に行こう」
私が言う。
「待て。その前に、左の通路にも鎖がふさいでいる場所があっただろう。そこを確認しておこう」
一夜の言う通り、左の通路にある鎖がふさいでいる場所を見る。すると、そこにはまだ鎖の壁があり、変わらず通れないようになっていた。
「通れないな」
一夜が言う。
「いいんじゃないか。まだ通れなくても。このまま2階にいけってことだよ」
俊二が言う。
「そう言われると、誘導されているみたいで気味が悪いな」
一夢が言う。
「最初から気味悪いってここ。それじゃあ、早く行こう」
私が言う。
「2階探索開始だ」
一夜が言う。
そして私達は、2階に向かった。
下に散らばる鎖を踏んで、2階へ上がる。
2階にもちゃんと明かりはついていて、そこには、6つの部屋と、部屋の前に1つずつイスがあった。やはりどのイスにも黒いひもがついていて、更にイスの上には、それぞれ違う動物の人形が置かれている。見えた順に、ネズミ、牛、トラ、うさぎ、馬、羊の人形だ。
そしてこの階に来た階段のすぐ隣には、3階へ行くための階段もあるようだったが、そちらに行くための階段は、やはりというか、なんというか、また鎖の壁でふさがれてしまっていた。
「良かった。イスはあったぜ」
俊二が言う。
「だが、3階には行けないようだな」
一夜が言う。
「待ってろよ、季目。絶対助けてやるから」
一夢が言う。
「この人形をどかせば、また音楽が鳴っても大丈夫よね」
私がそう言って、近くに会ったイスの上の、ネズミの人形をどかそうとする。
しかし。
「あれ。これ、どかせない」
「はあ?」
一夢が言う。
「おいおい、おどかすなよ。どうせわざとだろ」
俊二が言う。そして俊二が、私の次にネズミの人形をどかそうとする。
「こんなものどかせないわけが。あれ、ぬぬぬ、本当だ。持ち上がらない」
俊二がネズミの人形から離れる。その次に、一夜が近づく。
「本当なのか。ふん。本当だ。離れない。接着剤とかじゃないよな」
一夜がまだカメラを回しながら言う。
「この人形が乗ってるイスには、座れないのか。廊下のは全部、座られてるぞ」
一夢が言う。
「まだ部屋が残ってるだろ。そうあせるなよ、一夢」
一夜がそう言って、ネズミの人形が乗っているイスが近くにある部屋のドアを開く。
すると。
急に一夜が部屋の中に入って、すぐにドアが閉まってしまった。
「な、ちょっと一夜!」
私は一瞬あせる。
「おい一夜、ふざけるんじゃねえよ!」
一夢がそう言って、一夜が開けたドアをまた開けようとする。
しかし。
「く、全然開かねえ。おい一夜、一夜、マジでふざけんな!」
一夢がそう言って、ドアを叩く。
「自分が一人になるなって言ったんだろ。こんなところで遊ぶなよな」
俊二が言う。確かに俊二の言う通りだ。これが一夜の行動なら、たちが悪い。
けど、しかし。
私は、なんとなくここで、別の可能性を考えてしまった。
「ねえ、一夢。俊二。もしかして一夜は、出てこれないんじゃないの?」
「は?」
一夢が私を見る。
「ん?」
俊二が私を見る。
「試しに、他の部屋も確かめてみようよ」
私はそう言って、ネズミの人形が近くにあるドアから離れ、牛の人形が乗っているイスが近くにあるドアの前にくる。そして、この牛の人形を手に取ろうとする。
しかし。
「ダメ。この牛の人形もとれない。じゃあ、次に、私がこのドアを開けるね。もし私がこの部屋に入って、5秒たっても出てこなかったら、とじこめられたっていうことだから」
私が言うと、一夢と俊二はあわてた。
「待て、清美。もし清美も部屋から出られなくなったら、どうするんだよ」
一夢が言う。
「そうだぜ。そうなったら、ますます皆危険になるんじゃねえか?」
俊二が言う。
「たぶん、私はなんとかなる。二人も、他の部屋に入った方が良いと思う。じゃないと、なんの手がかりも得られないから。大丈夫、私は、怖くないよ。季目を助けるためだもん。あんた達は?」
私がそう言うと。
「季目は、俺が助けるんだ!」
一夢がそう言って。
「男に怖いもんなんてねえ!」
俊二がそう言った。
「それじゃあ、いくよ。なに、ただドアを開けるだけだもん。もしかしたらなんともないかもしれないし、ちょっと試すだけだって」
そう言って私は笑うと、意を決して牛の人形が近くにあるドアを開けた。
すると。
ドアが開いた瞬間、何かに押されるように体が部屋の中に入る。そしてすぐにドアは、ガチャンと閉まった。
この部屋も、明るかった。
部屋の真ん中にはテーブル。入って右に、赤い花が植えられた鉢。右の壁際の真ん中に、青い花の鉢と紫色の花の鉢。その奥、右端に黄色い花の鉢がある。
前方の壁の真ん中には本棚があり、本が数冊並べられていて、その本がある段の下には引き出しがある。そして左側の壁には、二つの引き戸がついた棚。最後にドアの隣には、小さな金庫が置いてあった。
ここに、イスはない。季目もいない。よし、すぐここを出よう。
すぐに振り返ってドアを開けようとするが、そのドアは、開くことはなかった。
「入る時は簡単だったのに、一夜もこんな状況なわけ?」
そう言って、ドアを開けるのを諦めて少し部屋の中を見回す。あれ、この花、まだ枯れてない。誰かが、世話をしているってこと?
その時、突然私の耳に、さっき聞いた音楽が聞こえてきた。
季目がいなくなる前に聞いた、あのオルゴールのメロディーだ。
もし、この音が鳴りやむ前にイスに座ることができなかったら、きっと私も季目と同じようにおそわれてしまうかも。
そう思っただけで、私はゾッとした。
「大変、早くイスを探さないと!」
そう言って、とにかく何かないか探そうとする。
すると、真ん中のテーブルに、紙が一枚あることに気がついた。私はその紙を見る。
紙には、こう書かれてあった。
牛をどかす玉は、金庫の中に入っている。金庫の鍵は、チョウチョが隠した。
チョウチョはこの部屋にある花の下に鍵を隠した。ただし、あかい花、あおい花、むらさきいろの花にクモが罠をしかけたので、チョウチョはそれ以外の花に隠した。
「なにこれ、牛をどかすって、本当?」
これは、つまり。この問題を解けば、いいってこと?
今こうしている間も、音楽は鳴っている。いけない、早くしなきゃ。
「今はとじこめられているんだし、いいわ、やってやるわよ。この問題!」
私はすぐに、部屋にある四つの花を見た。
赤い花、青い花。紫色の花、黄色の花。
「この花全部に、クモの罠があるんでしょ」
紙に書いてある通りならば、あかい花、あおい花、むらさきいろの花、つまりきいろとむらさきいろの花にもクモの罠があるはず。
「小学生並みのひっかけにとびつくわけないっての」
そして私は、別の部屋の中の物を見た。
本が並べられている棚は、まあ今はおいておこう。すると後残っているのは、もう一つの棚。
その棚に二つある引き戸の一つには、ピンク色の花の絵が描かれていて、もう一つには白色の花の絵が描かれていた。
「あの花のどっちかに、鍵が隠されている!」
私は急いで、まずはピンク色の花の絵の引き戸を調べた。
「引き戸は、開かない。鍵がかかってるかも。他には、何もない。動かせない」
焦りながらも、次は白色の花が描かれている方を調べる。こちらも引き戸は開かず、どうやらこの棚の引き戸にも鍵がかかっているようだった。
「こっちには何もない。後は本がある棚だけだけど」
すぐに本がある棚の前にくる。
「こっちの引き戸も開かない。けど、この戸だけ鍵穴がなくて、あと、棚には本が、なぜか五冊だけある?」
私はここで、棚に並べてある本を見た。本はスペースに余裕があるくらいに置かれている。そして、その本の背表紙はというと。
いろの本。
ろうそくの本。
はっぱの本。
なみだの本。
しかの本。
と書かれてあった。
「この本に、何か書かれてるの?」
私はそう思い、まずいろの本を手に取る。
けど、いろの本のページは全て真っ白だった。何も書いてないのなら、本ではないのでは。とにかく、いろの本を閉じる。
その瞬間、私はもしかして。と思った。
「花って、もしかしてこれ?」
急いで、本を並べ替える。
最初にあった本の並びでは、一番上の一文字目をとると、いろはなし。つまり、色は無しになる。けど。本を並べ替えれば。
しかの本、ろうそくの本、いろの本、はっぱの本、なみだの本。
これで、しろいはな。になる。
すると。
ガチャリ。
目の前から、何かが開くような音が聞こえた。
「!」
私はすぐに目の前の棚の引き戸を開ける。
するとその中には、ピンクの鍵と白い鍵、そして紙が入っていた。
紙を見る。すると言葉が書かれている。
クモは上にもいる。
「上?」
私は慌てて天井を見た。
しかし、何もない。かわりに、しろいはなと並び替えた本を見る。
「白い花に、クモがいるってこと?」
私はすぐに二つの鍵を持って、ピンクの花の絵が描かれている引き戸に近づく。
そして、まずピンクの鍵を使うと、鍵はそのまま開いた。
「やった!」
引き戸の中には鍵が一つだけ。私はそれと、あと一応白い鍵も持ってドアの近くの金庫に近づく。
金庫の鍵は、ピンクの花の絵の棚にあった鍵で開いた。その中に入っていたのは、ガラス製だと思われる白い玉。
「これが、牛をどかすのに必要な玉?」
その時。
ガチャリ。ギイー。
部屋のドアが、勝手に開いた。
「今なら出れる!」
私はすぐにこの部屋を出る。するとドアはまた勝手にしまった。
もうさっきの部屋に用はない。だって何もなかったんだから。それより後は、本当にイスに座れるかどうか。
「この玉があれば、牛はどくんでしょ!」
そう言って、牛の人形に玉を見せる。すると。
牛の人形は、こてんと転がって、イスの上から落ちた。そして次の瞬間、持っていた玉が砕け散る。
パリーン。
「きゃあ!」
私は驚きながらも、イスに座る。すると、次の瞬間、黒いひもが私の体を拘束した。
「そうか。座ったら、絶対にこうなるんだ。他の皆は?」
私は、すぐに他の皆の姿を見つけようとする。
その間も、幸い音楽は鳴り続けていた。
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