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さよなら

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朝靄の中鞄一つを持って林道を歩いている女の姿があった。
女は少し歩き疲れたのか立ち止まり道の脇にある切株に座って持っていた水筒の水を飲んだ。

一息つくとまた女は前を向いて歩き出した。


朝露の中から馬車が1台現れた。
街に荷を運ぶために街へと向かっている。
それは街から街へと向かう2人の行商人だった。

馬車に乗っている男は、すれ違いざま街から離れて行く女を珍しそうに覗き込んだ。

こんな朝早くに一人で林道を若い女が歩いている事自体が珍しい。

何か理由でもある事だけは、理解したがその事について二人は詮索はしなかった。

行商人の二人にも聞かれたくない様な過去を一つや二つ持っている。

だが気になるのは致し方ない。
詮索するのは自由だ。

「・・・あの子・・・これからあの森を通るのかなぁ~さっき狼の遠吠えもしていたから危ないよなぁ~」
馬のたずなを握っていた男は女を振り返る様に見ながら言った。

「おい、ちゃんとたずなを、さばけよ危ないじゃないか!それに俺たちには関係無いだろ?」
隣に座っていた男がたずな引っ張りながら言う。

「確かに関係無いけどよ~あんなべっぴん、狼の餌にするのはチョット可哀想じゃねぇか?それによ、なんかよ!すれ違った時に良い香りって言うか、高貴な香りが漂っていた様な気がしてならねぇ!」
「フンそんなの知った事か!お前の脳味噌が腐っているからそんな匂いがしたんだろうよ」

「・・・相変わらずひでぇ事いいやがる」
「お前が言わせたんだろうが」

「そんな事はねぇよ!お前が冷てぇだけじゃねえか」
「・・・フン!あの女どうせ貴族様の愛人で奥様にでもバレて、屋敷から追い出されたんだろうよ!ざまぁねえよ」

「お前、相変わらず、お貴族様が嫌いなんだな?」
「・・・そんなの関係無いね!貴族だろうが平民だろうが同じ人間なのに貴族ってだけでお高く止まりやがって!・・・ケッ!気分が悪い」

「けどよ、もしその話が本当なら!可哀想だよなぁ~」
「・・・・・・フン自業自得だと言ってるだろ?いいから先を急ぐぞ!ビル」

「・・・でもよ~ジョセフ~」
「うるせえなぁ~そんなに気になるならあの女にでも聞いてみろよ」

「いっ、いいのか?ジョセフ」
「あぁ、うるせえぇ、行くのか行かないのか?どっちだ?ビル」

「行く行く!行ってくるよ!待ててくれよジョセフ」
「分かってるよ早く行け」

ビルは馬車から降りると走って女の後を追いかけた。
「おーーーいあんた!そこを歩いてるあんただよ」

ビルの大きい声に驚いて女はビルから走って逃げた。
「なんで逃げるんだよ!逃げる事ねぇじゃねぇか!おい!おい!ってばよう」
女の細足で逃げても、毎日荷物を担いでいる男の足には到底かなわない。

「ギィャァャャーーーー!
女は腕を掴まれると、思いっきりビルの腕を噛んだ。
叫んだのはビルだった。

ビルの叫び声にジョセフは直ぐに駆けつけ、女とビルを引き剥がした。

「なんて女だ、ひでぇめにあった」
ビルは噛まれた腕の歯型を摩った。

「そっちが悪いんでしょ?突然襲われれば誰だって噛み付くわよ」

「やい、誰が襲っただ!誰が!・・・ホントいてぇ!」

「貴方よ貴方」
女はビルに向かって指をさして言った。

「俺はただ、この先狼が出るから一度街に帰った方がいいと教えに来たやっただけだろう?」
「そんなウソ信じるとでも思ったの?馬鹿じゃない?」
「・・・ひでぇ、ジョセフより口の悪いぞ!この女」
ビルは女を指差してジョセフを見た。

「人が親切に危険だと教えてやったのに礼の一つも言えねえのか?このクソ女」
ジョセフは女を睨みながら腕を組んだ。

「そうだジョセフ!口の悪さならあの女にも負ける気がしねえなぁ!さすがわジョセフだ」
ビルも便乗してジョセフを褒めているつもりらしい。

「ビルもう喋るな!」
ジョセフは頭が痛くなった。

「クソ女ですって、私のはマリアと言う、ちゃんとした名前があるわ!決してクソ女じゃないわ・・この唐変木」

「・・・・この女!ジョセフの事を唐変木って言ったぞ!なんて命知らずな女?じゃなかった、マリア!」

「言い直さなくていいわ!」
「言い直さなくていい!」
マリアとジョセフは同時にはもった。

「・・・・」
ジョセフは片手を額に乗せて上を向いた。

「・・・・・・それから、そうね、親切に教えてくれてありがとう、でもね!大声あげて腕を掴まれた私の恐怖と言ったら幽霊より怖いわ!謝って!!」
「確かに驚かせちまった事は悪かったよな?ジョセフ謝れって言ってるけど謝った方がいいのか?」

「お前らいい加減にしろ!!」
青筋の立ったジョセフはマリアとビル両方の頭をゲンコツで殴った。

「痛った!!何するのよジョセフ」
「痛って!!何すんだよジョセフ」
マリアとビルもほぼ同時だった。

「お前らはそれで丁度いい」
苦々しくジョセフ言い放った。

マリアとビルが文句を言い出そうとした時、遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。

「狼が近くまで来たみたいだな」
「そうだなジョセフ、早く街に行こうぜ」

「お前、マリア、お前もここを離れた方がいい!お前の家はここら辺か?」
ジョセフが狼の気配を探りながら言った。

マリアはゆっくりと頭を横に振った。
また狼の遠吠えが聞こえた。遠吠えはさっきより近くに聞こえる。

「めんどくせえな、早く荷台に乗れ!ここにいたら本当に狼の餌になるぞ」

ジョセフの言葉にビックリと震え、一瞬ためらったが、ジョセフとビルの荷台に乗った。

狼の力強い遠吠えが聞こえた。





※※


『さよなら』

便箋の中には一言だけ書いてあった。




「どうして・・・・」
言葉が見つからなかった。

分かった事は一つだけ。

・・・マリアなしではこの先どう生きてよいかわからない。


ただ、ただ呆然と立ち尽くした。

宿で2人で気持ちを確かめ合った次の日マリアがクロードの前から消えた出来事だった。


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