ウエディングベルは幸せの足音と聞いていましたが、私には破滅の足音に聞こえます。

結婚式は逃亡の始まりです。

メイド達にこね回されながら体を磨かれ、香油を塗られて、今は肌の色が透けて見えるほど薄い生地のナイトウェアーで心許ない気持ちで着てソファーにすわっています。

ベッドの上には薔薇の花びらが散らばっており、それは・・それは・・屋敷のメイド達の歓迎ぶりがうかがわれます。

ヤッちまえって事ですよね？

カタカタと少しだけ震えています。
怖いからでは無く、ただ単に薄着のせいで寒いです。
チラリとベッドの方を見て・・・顔が赤くなる。
・・・・これからの事を考えるとやっぱりここのソファーに居るべきでしょうね。

閨の事を友人のシェリー伯爵夫人にアドバイスを貰ったのは結婚式当日の朝でした。
お父様のお世話に弟のヨシュアの教育！更に家の事を脇目も振らずに働いて来たので、自分の事はいつも後回しでしたから、当然社交界にも足を運ばなくなり・・・結果行き遅れで・・・閨の事も知らないままこの年になり・・・。

ダメだだんだん落ち込んできた。

社交界に行かなかったことが最大の間違いだったことに今頃気付くなんて！！
社交界にさえちゃんと行っていれば、噂話とかで閨の情報を余すことなく仕入れることが出来たのに！今更ながら後悔しています。

ゆっくりとドアが開いたことに気付かないで、テーブルのワインに手を伸ばすと私より二回りも大きな手が私の伸ばした手をそっと握った。

「クロード？」
顔だけをクロードに向けて呟くと、クロードは眉間にしわを寄せて睨んでいた。
「・・・・・」
クロードの手に力が入る。
痛くは無く、シッカリと握る彼の手に私の鼓動が早くなっていった。
「クロード」
もう一度クロードの名前を呼ぶと、クロードは握っていた私の手の甲に自分の唇を押し付けた。
唇の押し付けられた手の甲が熱を持ったように、熱く！感じる。
彼は唇を放すと、目を瞑り手の甲に頬ずりし、そしてまた唇を押し付けて私を見る。
クロードの顔は酷く苦しそうに見える。
こんな時・・・何と言ってクロードに声を掛ければ良いのか分からない。
私の顔は茹であがったように真っ赤になっている。

思考が停止したように、言葉が見つからない。
喉が張り付いたように、言葉が出ない。
クロードから目が離せない。

口が裂けた狼のように『食べてやると』彼の目が物語っていた。
何となくだが、これからクロードに食べられるんだと理解した。
食べられるのに、私の心は、風のない湖のように静かで、穏やかな気持ちになっていた。

「クロード」
やっとの思いで言葉が出た。
瞬く間にクロードの顔が近付いて、唇を噛み付く勢いで口内を弄られ、クロードの舌に翻弄される。
段々と息が出来なくなって苦しくなるがクロードの舌は、喉の奥まで侵されて、マリアは酸素を求めて唇を放そうとするが、それすら許してもらえなかった。

今のクロードの激情がマリアを怖がらせるには十分な行為だった。

マリアはクロードに壊されると本能で理解した。
マリアは、クロードとの結婚を今更ながら後悔している。

愛も囁いてもくれない、昔から話しをすれば眉間にしわを寄せて黙り込む、愛してもいない持参金目当ての男と何で結婚してしまったのだろうか。
後悔だけがマリアの心を凍らせていく。
この男が怖くてたまらない。

やっと唇を解放され、酸素を肺に大至急送り込むと、自然にマリアの口から言葉が出て来た。
「触らないで」と小さく震える声で。

マリアの言葉と涙目に凝愕したクロードはマリアの攻めるような目を背けて「怖がらせるつもりは無かった、今日はゆっくり休め」と言って部屋を出て行った。