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第9章 帝国の魔女

第9章第004話 綿飴と特許と

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第9章第004話 綿飴と特許と

・Side:ツキシマ・レイコ

 船団は現在、大海原をラクーン達の国ロトリーを目指して東進中です。
 蒸気機関と帆走を併用して、安定した速度が出ています。風向きが追い風なのも大きいですね。ロトリーのカララクルさん曰く、南の海域では東風が強くなるので、帰りはそれに乗った方が早くなるとのこと。この辺、地球の航海と一緒です。

 「雨が見えたぞ~っ! 準備しろっ!」

 前方に積乱雲と雨柱が見えてきましたね。帆を畳んで蒸気機関だけで進みます。
 飲食以外の真水確保や洗濯等の衛生用にするために、たまにわざと雨に突っ込んだりもします。レッドさんの偵察で、雨雲の位置とかもだいたい分かりますから。「本日の午後は雨対応準備」とか事前に告知されるくらいです。
 水の備蓄は予定の航海に十分ですが。満タンにしておくことに越したことはないですし、蒸気機関用の真水に手を付けるのは、ほんと非常事態です。船底の水タンクはバラストも兼ねていますからね、ここを海水で満たすのは最終手段です。
 洗濯物の準備とか、開いている樽と帆地を使って水を溜める準備とか、船員さんは忙しくなります。あとはまぁ、男性陣はパンツいっちょに手ぬぐい持って身体洗う準備とか。
 
 …私とマーリアちゃんは船室に籠もって、後で水のお裾分けいただいて、桶で身体を洗います。
 次の帆船には、お風呂欲しいですね。塩水から真水を取り出す装置を、蒸気機関の復水器の熱を使って作れそうなので。技師さんとは既に話しています。実際の開発はネイルコードに帰ってからですが。
 アライさんとカララクルさんは、甲板組に混じってます。種族が違うせいかその辺は気にしないようですね。レッドさんとセレブロさんも洗ってあげてください。



 セイホウ王国に着くまでの航海も、そこそこ暇だったのですが。そのときより航海は短いとは言え、やはり暇します。

 積み込んだ大量の砂糖。そしてアライさん達を見ていて… 綿飴…
 …ちょっと失礼かも知れないけど。綿飴を洗ってしまうアライグマの動画を思い出してしまいました。

 地球の猫なんかは、甘さに対して鈍感と言われていましたが。ファルリード亭での食事の感想を聞く分には、ラクーンは人とそう味覚は変わらないようです。肉や魚だけでなくパンや野菜も食べますし、お菓子も好きですよ。お茶だって嗜みます。
 農耕が出来るのなら、デンプンや甘さについての味覚は必須ですしね。

 交易品として積まれている砂糖は、氷砂糖状態です。真っ白ではなく、三温糖みたいな色が付いています。
 塊ですからね。お茶とかに入れるにしても、一旦臼で挽いて細かくする必要がありますが。持ち運ぶ分には、湿度を吸わない分、塊の方がいいそうです。


 綿飴機の構造… 外周にたくさん穴を開けて熱した缶に、穴からこぼれない程度の荒さの砂糖を入れて回転させれば、穴から遠心力で糸が出る…って感じでしたね。

 蒸気機関の技師の方にお手伝いをお願いしました。
 缶くらいの金属容器の側面にたくさん穴開けて、底面にはマナコンロを取り付けて加熱します。交易品の中に積まれていた扇風機の予備部品をいくらか拝借、モーターを取り付けて、予備の未使用の桶の中で回転させます。
 簡易的ではありますが、これで綿飴機の完成!

 甲板でやると風で飛んでしまうので。アライさんと手伝ってくれた技師さんと時間の空いている人が食堂に集まります。
 念のため、防火用に海水汲んだバケツも用意。これは調理場に常設されているやつですね。
 セレブロさんは、外でお昼寝です。

 マナコンロの加熱を開始して暖まるのを待って、モーターのスイッチオン。くるくる回る缶部分に、適度に砕いた砂糖をザララッと。
 …しばらく待って目を凝らすと。砂糖の焼ける香ばしい匂いと共に、出てきました綿状のものが。
 ちと細いですが肉や魚を焼くときに使う串を使ってくるくると… 結構たくさん出て来ますね。出てこなくなる頃には、スイカくらいのサイズが三本半ほど。いきなり砂糖入れすぎましたね。
 まずは、アライさん、マーリアちゃん、手伝ってくれた技師さんに渡します。小さいのはレッドさんに。
 アライさんとレッドさんが、くんかくんかしています。良い匂いしますよね。

 「かぶりつくのは食べづらいから。指でちぎりながらでいいよ」

 次の砂糖を注ぎつつ。どこから食べようか迷っているお三方に声かけします。

 一摘まみして口に入れるアライさん。口の中であっという間に溶けたのに驚いています。…ラクーンの笑顔は人とはちょっと違うのですが。うちではもう慣れっこです。
 レッドさんはそのままかぶり付いています。口が長い?とこういうとき便利ですね。

 「これはおもしろいてすね。甘いとおもったら、あっというまに消えてしまいます。まるて雲を食へているような」

 「たしかに。おもしろいお菓子ね。すぐに消えて食べた感じがしないけど」

 「…こんな簡単なものでこんな面白いものが… 子供達とかにはウケそうですね」

 「クーッ!」

 確かにインパクト勝負なお菓子です。味はただの砂糖ですからね。果物で色や風味を付けるという方法もありますが。

 他の船員さん向けにも作り始めましたが。なんか五本くらい作ったところで、さらに人が集まってきましたね。ちょと忙しくなりそうですが…

 「レイコさん、私にもやらせて貰えませんか?」

 「あ、レイコ。私もやってみたいっ」

 アライさんとマーリアちゃんが、綿菓子作ってみたいと言い出しました。
 実は私も、綿菓子作ったのは今日が初めてです。お父さんと言った祭りの屋台とかで、自分もやったみたいな…と思ったのを思い出しました。

 「砂糖は一回これくらいで。ちょっと待つと…ほら出てきた。棒をこうくるくると回して…」

 綿菓子一本は、あめ玉一個程度で作れます。
 ああアライさん、手まで綿菓子まみれに。マーリアちゃんと交代して、手に付いた綿菓子を食べてます。
 二人が楽しそうに綿菓子作っているもんですから、船員さんからも作ってみたいと立候補が相次ぎまして。もう食べたい人は自分で作れ状態です。
 
 この日の夕食では、他の船員さんも食後の嗜好品として綿飴機に群がるのでした。
 寝る前には歯磨いてね。


 ラクーン達が砂糖を欲しがるのなら、これも面白いかな?と思って作ってみましたが。思ったよりコンパクトに作れましたね。
 機関士の方にお願いして、もう一台をちょっと丁寧に作ってもらうことにしました。
 贈答品、献上品、そういった目的の貴重品、金銀宝石、反物、今回で言えば扇風機や時計、そういった類いはある積んであるそうですが。これらは"人"向けであって、ロトリーの文化に合うかが分かりません。
 ちなみにこれらは、現地での袖の下にもなることがあるそうです。まぁよろしい習慣ではありますが、スムーズに事を運ぶのには時には必要だそうで。もちろん後日、ネイルコードには報告しますので、司令らが後で贈賄で問題になることはありません。貰った側は知りませんが。

 「アライ殿。この綿飴機は贈答品として使えますかね?」

 ネタリア外相が聞きます。急ごしらえのお菓子製造機ですが。ロトリーで注目浴びそうなら、候補になります。

 「はい。皆甘い物は好きてすし。大喜ひすると思います」

 これもロトリーの王族に贈答品に決まりですかね?。

 「ちょっと待ってレイコ。これも奉納案件じゃない? アイリさんが騒ぎそうだけど」

 「確かに。アイリさん喜びそうだなぁ…あと子供達も」

 アイリさんも綿菓子気に入りそうですね。ハルカちゃん達も喜びそうです。

 「まず、贈答品の目録に明記すること。これで少なくともネイルコード産であることの記録になります。マナコンロはともかく、これに使われているモーターはユルガルム製ですからね。真似しようとしても簡単にはできないでしょうが。仕組みは簡単なので、輸出にするのなら部品単位が良いのか…いや、手回しで実現してしまうかも?」

 ネタリア外相が考え始めました。

 「…失念していましたね。確かに、ロトリーと国交に交易となると正教国の特許庁との条約も必要です。大陸…私たちの大陸では、教会への奉納は尊重することが国交の条件みたいなものでしたので、特許庁の仕組みもそのままスライドしていますが」

 この辺の各国への特許導入のスムーズさも、正教国に特許庁を任せた理由でもあります。
 食料の交易なら、食べちゃえば無くなりますが。工業製品となると、その技術や知識の保護は必須になりますので。ただ贈り物で終了…とは行きません。

 「しかし、ロトリー国では宗教も違いますから、正教国を使う手は使えないでしょうし。知的財産…でしたか。その取り決めも必要ですな」

 「ネタリア外相。となってくると、例の火筒はロトリー国の知的財産って事になりますけど」

 「ああ、こちらから技術が伝わることばかり考えていました。カララクル殿、その辺の仕組みはロトリー国ではどのようになっているんですか?」

 知的財産がよく分からなかったのか、アライさんから説明を受けています。 人の言葉は、アライさんの方が得意ですからね。
 少し話し合いをした後、アライさんが説明してくれます。

 「王族に品物を献上することて知識や技術の所有が認められます。その間その王族は利益の一部を受け取りますし。他の者か使用するには、登録者と王族に料金を払います。これはその王族か亡くなるまてか期限てす。継承権の低い王族には、そういうことを生業としているものもいるそうてす」

 要は、王族御用達ってことですね。
 王族ってことは王様以外ってことですが。年齢によっても、奉じられる物が変わってきそうですが。

 「たた例外もあります。火筒等軍備に関わるものについては王が権利を掌握しているそうです。王が亡くなっても、次の王に引き継かれます。陳腐化するまて王が持ち続けます」

 国防に重要な技術は手放さない…ってことですね。

 「ふぅ… いやいや、今気がついて良かったですよ。後で海をもう一度渡って再交渉なんて、面倒ですからね」

 ネタリア外相は、今回の航海で出来ることは全部やってしまいたいようですね。

 「…まだネイルコードとロトリーと国交結べるとは決まっていませんよ?」

 「そこは外相としての腕の見せ所ですよ。それに、それがアライさんを連れ帰る穏便な方法に繋がると思いますけどね。違うんですか?」

 いい笑顔で返すネタリア外相。
 …おっしゃるとおりだと思います。そもそもケンカしに行くわけではありませんしね。

 通商条約というと、外交官の治外法権とか関税の設定とか、そういうことだけだと思っていましたけど。
 共通の言語や文化を持たない国との国交。穴が無いか、もっぺん精査が必要なようですね。…ネタリア外相が。

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