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第7章 Welcome to the world

第7章第029話 "波"の事後処理

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第7章第029話 "波"の事後処理

・Side:ツキシマ・レイコ

 「よくぞっ! よくぞっレイコ様っ! 赤竜神の巫女様っ!」

 魔獣資源的に陸峡は残しておきたいので、女王蟻の居る集団からちょっと離れた山に強めのレイコ・バスターを打ち込み、蟻の集団を横薙ぎで吹き飛ばした後。
 ムラード砦に帰ってきて、砦の上に揃っていたウードゥル様やカステラード殿下に帰還の挨拶をしましたが。挨拶した途端に捕まりました。
 私の呼び方が"様"付けになってます、ウードゥル様。
 おおうっとっ! ウードゥル様が私を抱っこして、砦の下に見せるように私を掲げます。結構マッチョなイケオジですよ?ウードゥル様。

 「「「「うおおおおっっっ!!!」」」」

 砦に詰めていた兵達、そして砦の内側で私の帰還の報を受け城壁を見上げていた兵達。皆が一斉に歓声を上げます。

 「あの爆発の雲は見ておりましたからな。皆が心配しておったのです。応えてくだされっ!」

 照れながらも私も砦の下の人達に向かって手を振ります。レッドさんも片羽広げてパタパタします。

 「おおおっ!レイコ様っ!レイコ様っ!レイコ様っ!」

 「小竜神様っ!小竜神様っ!小竜神様っ!」

 ああ、なんかコールが始まってしまいました。やめてくださいやめてくださいやめてください



 …。
 とりあえず帰還の歓迎は落ち着きました。
 会議室にて、レイコ・バスターを撃った経緯を簡単に説明したあと。砦の方の状況も聞きました。
 …さすがに万を超える蟻に応戦したとなると、ムラード砦での被害もゼロとは行きませんでした。
 死者四名、手や足を失った人が七名。負傷者多数。
 いやまぁ、キルレシオで言うのならとてつもないのですが… 死者が出てしまいましたか。

 私も防衛戦に戻ろう…としたのですが。なんか気を遣われてしまい、先に休憩をいただけることになりました。というか休めと言われました。
 途中、診療所を通りがかったところ、結構混雑しているようです。…さすがにこのまま休むという気にもならず。何か手伝えることはないかなと中へ。
 女王が居なくなって蟻の圧が減ったのと、日が暮れて蟻がおとなしくなったということで、現場を離れてやってくる軽傷者が増えたそうです。
 縫合が出来る人の手が足りなかったので、私も傷を縫うのを手伝いました。

 医療用の消毒薬と縫い針は、砦の診療所にも用意されていました。医務官さんも、王都の方で研修を受けた方だそうです。
 研修と言っても。湯冷ましに塩を加えた生理食塩水での洗浄、アルコールでの消毒、傷口の縫合、予後のケア。怪我の対処としてはほんと初歩的な物なのですが。
 この医務官さんの話だと、砦でこれらを使い始めてまだ三ヶ月くらいだそうですが、怪我から化膿したりする人が激減して予後も良好だとか。今回も、止血さえうまくいけば、重篤になる者は出ないだろうと言ってくれてます。
 これ以上の改善は、抗生物質が必要ですね。さすがに工房で作るという物では無いので、学術施設から整備しないと行けないですが。
 消毒は純粋に痛いので、そこは怪我人の方には不評ですが。これは我慢して貰わないと。

 「イツツツ…クックク…イツツ」

 …皆、我慢強いんですけど。痛がりながらもなんか笑うんですよ、縫われている兵士さん。
 痛みが極まって逆におかしくなったのか?とも思ったのですが。なんでも、

 「赤竜神の巫女様に縫ってもらえたのなら、傷跡を死ぬまで自慢できる」

 ということだそうです。
 私としては苦笑するしかありませんけど。

 「クックーッ」

 糸を鉗子で結んだところで、助手のレッドさんがチョキンと切ってくれます。
 間近でレッドさんを見ている兵士さん。やはり痛がるのも忘れていますね。



 一通り怪我人の処置を終えて落ち着いてから、遺体を安置しているところに手を合わせに行きました。
 太ももの内側を切られてというのが二名。脇腹をかまれてという方が一名。首を掻かれた人が一名。全員が太い血管に損傷受けての失血死です。
 日本だとしても、外科手術と輸血の技術が無ければ助けられない事案です。まだこの時代ではいかんともしがたいです。
 聖教都でのマーリアちゃんの時は、マーリアちゃん自身がマナ密度が高かったおかげでレッドさんの処置が可能でしたが。普通の兵士さんでは、レッドさんがいてもどのみち手の打ちようが無かったそうです。

 輸血に関する知識は、すでに伝えてはありますが。この時代に用意できる機材を考えると、注射器で吸ってそのまま刺し戻すなんてこと位しか出来ません。血液型診断に、血液の保存やら輸液チューブやら、まだまだ課題だらけです。
 …やはり最初から全力でレイコ・バスターで仕留めに行けば良かったのか…

 「休んでいると思ったのだがな」

 いつの間に来られたのか、カステラード殿下が私の頭をポンと叩き、

 「レイコ殿がいなければ砦の全滅もあり得たし。我々は本来、レイコ殿がいなくてもあれらを処理できるようにならないといけないのだよ。レイコ殿が負い目を感じることはないぞ。皆が今回の"波"をしのげたことに感謝している」

 そうおっしゃってくださいました。

 「そうだぜ巫女様。兵士は死ぬことが仕事…だなんて達観したことまでは言わないがな、覚悟だけは皆しているつもりだ。こいつらは義務を果たした。悲しいことだが、こいつらの覚悟を誰かのせいにして悲劇ぶるなんてことは、誰も望まねぇよ。そうだ、勇敢に戦ったんだよ…」

 亡くなった方の同僚の方でしょうか、祈りに来ていた兵士さんが声をかけてくれます。

 「…はい」

 私は…ほとんど何も言えません。
 災害だけではなく事故病気等でも、「もし私が居たら助かった」なんて事案はいくらでもあるんでしょうけどね。
 「なんとか出来なかったのか」、こういう感傷には慣れることはないのではと思いますが。…やっぱ、一歩下がったところから見下ろすような意識が必要なのでしょうか? 赤井さんが、人の姿を捨てて人の住むところから離れて、赤竜神になった理由がわかる気がします。

 もう一度手を合わせ、そこを離れます。

 遺族が暮らしが困らないように金銭や仕事の斡旋等、負傷者には義足等の支給と仕事への配慮等、ウードゥル様がアフターケアを保証してくれました。
 私への報酬も彼らの遺族に…と言ったところ、断られました。私への報酬がなくなるとなると、それはそれで反感を買うと言われました。

 「最大の功労者が恩賞を辞退なんかしたら、他の者達が受け取り辛くなるだろう? 為政者としては、功は素直に受け取ってくれるとありがたい」

 だそうです。
 …それでもいただく分は、学校とか医療の事業への投資に全振りしましょう。



 次の朝。蟻が全滅したわけではないので、兵士の方達は徹夜で警戒と掃討を行なっていましたが。朝になって再び誘引機にさそわれた蟻の小群が断続的に門に押し寄せてきます。しかし迂回路を掘ってまでという行動はせず、ただただ虎口で渋滞している感じ。処理はぐんと楽になっています。
 レッドさんの偵察によると、砦から離れたところに居る蟻は現地解散状態のようでふらふらしています。今後はむしろそちらの方に要注意ですね。砦からそれて領都の方に流れることもですが、この中から女王蟻が再度出現しないよう、陸峡くらいまでは定期的な巡回と退治が必要そうです。むしろ誘引機を砦から持ち出して積極的に呼び寄せて狩ってもいいのではないかなとも。


 通常の警戒態勢でも大丈夫な程度に落ち着くのに一週間ほどかかりました。私も、掃討と治療といろいろ手伝いました。ついでに、森を切り開いて根をほじくり出す毎度の整地作業も。砦の増強もですが、蟻の素材の一次処理と保管に場所が必要なんだそうです。
 兵士さん達は、山積みになった蟻の処理が大仕事だとぼやいていました。さすがに素材として一度に使い切れず。保存できる程度まで処理した後はしばらく備蓄ということになりそうです。

 "波"を退けた件については、ユルガルム領都の方にはすでに連絡がいっていて、即日警戒態勢も解除。街では徹夜でお祭り騒ぎだったそうです。
 私も、領都の方に下がる日が来ました。ウードゥル様、カステラード殿下と護衛騎士団、それに私は馬車で砦を離れます。

 兵士達と砦の人たちが街道脇で手を振って見送ってくれます。皆で手を振って応えます。
 ここは対魔獣の最前線。またいつか…なんて言ってはいけない場所ではあるのですが。いろんな感慨を残しつつ…

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